第9話 道標

「……へぇ、そういうことね」

「どうやら、僕らの目標物はあれらしいよ」

「僕らっていうか、セレルの探し物よ。私は別に探していたわけじゃない」

「はいはい。僕の探し物だね」


 軽口を叩き合いながら、僕とフィオナは天井裏の西側──窪みに嵌めこんだ鏡に反射した光線が当たる場所に向かって歩く。

 窪みに鏡を嵌めこんだ直後、聖杯の光線は進行方向を変え、僕らが向かう先に延びて行った。恐らく、光が指し示す場所に何かあるのだろう。そう考え、僕らは無暗やたらに近づくことなく、ジッとそこを注視していたんだけど、やがて変化は起こった。僕らの探し物であり、本に書かれていた言葉の最後。


「うわ、もしかしてこれ、本物?? 干からびてミイラになっているけど、ちょっと気味悪いわね」

「そんなこと言わない。寧ろ、これが三千年以上昔のものだとしたら、凄く貴重な発見だよ? 貴重な資料として、厳重に保管しておくべきだと思う」

「そうは言っても……蛇の死骸よ?」


 そう言って、フィオナは床──水分が抜けて干からびている、蛇の死骸を指さした。本に書かれていた最後の単語は、遺骸に道標。その言葉通り、辿り着いた屋根裏には蛇の遺骸が存在した。

 僕はその場で膝を折り、ミイラ化した蛇に手を伸ばす。


「でも、驚いたね。聖杯の光線が当たった何もない空間に、突然蛇が出現するだなんて」

「条件を満たしたら姿を現す魔法……現代にもそういう魔法は存在するけど、これはその元になる古代魔法なのかしら」

「その可能性は大いにあると思う。ただ、その考察はまた後で。今はこの死骸……もとい遺骸を調べようではないか」

「楽しそうね」

「楽しいよ。とっても」


 こんなに童心に帰ったのはいつぶりだろうか。何にせよ、いけないことをしているという自覚もあるので、僕は今とても楽しい。

 わくわくとした気持ちを抑えることなく口元を歪めながら、僕は蛇の身体を隅々まで調べる。眼球のない瞳の内部や体表の傷、口の中まで、余すことなく目を通す。

 しかし、道標となるようなものは一切発見することができなかった。


「もしかして、これもまた何か条件を満たさなければならないのかな。道標になりそうなものが何処にもない」

「そもそも何が道標になっているのか、わからないじゃない」

「そうだけど……僕の予想は身体の中に地図が入っている。だったんだけどな」

「でも、何もなかったんでしょ? 消化されちゃったんじゃない?」

「干からびたミイラがどうやって消化するんだよ。消化液なんてほとんど残っていない」


 ヒントも何もないとなると、頭を捻ることしかできない。道標とは一体何なのか。でも、何もないのに不思議な蛇の遺骸がこんなところにあるのはおかしい。どうやら、あの本の著者は相当意地悪と言うか、謎解きが好きと言うか、とにかく探索者を混乱させることが好きらしい。考え抜いても諦める姿を想像して笑っていたとか……そう考えるとムカつくな。絶対に、何が何でも解き明かしたい。

 顎に手を当てて長考していると、不意にフィオナが蛇の干からびた体表を突いた。


「お腹を裂いて開いたら、身体の内側に書かれている地図が見られる、とか?」

「腹を裂くのは最終手段かな。それで違ったら、取り返しのつかないことになりそうだし」

「でも、もう他に考えられることなんてないでしょう? 何処にも道標らしいものなんてないんだし」

「それはそうなんだけど……」


 考えるが、何も浮かばない。

 ここはフィオナの言う通り、お腹の中を裂いてみるしかないのか? まあ、もともと死んでいるし、今更損傷させたところで大差ないか。

 右手に魔力を集わせ、氷で鋭利なナイフを生成する。加えて、魔力を纏わせ引き裂きやすいように。


「じゃ、いくよ」

「うん」


 顔を見合わせ、互いに頷き合い、僕は蛇の腹部にナイフの切っ先を当てる。

 と──。


「ん?」


 微かに感じた違和感に、僕は手を止めて蛇を注視した。今の感覚は……。


「どうしたの?」

「いや、でも確かに……」


 自分が感じた感覚を信じ、僕は呟き再びナイフの切っ先を蛇に当てた。

 すると、どういう原理なのか、ナイフに纏わせていた魔力が蛇の遺骸に吸収されていく。纏わせている魔力が微量なので、集中していなければ気づくことはなかったかもしれない。とにかく、この現象を捨ておくことはできない。僕は氷のナイフと魔力を霧散させ、蛇の腹を掴んで魔力を直接流し込む。

 その様子を、フィオナは訝しげな表情で眺めていたけど、僕の真剣な表情を見てか、口を挟むことはなかった。様子をジっと伺い、これから起こる変化を見逃すまいとしている。

 他者の魔力を吸収する性質を持つ蛇の遺骸。本来どんな生物であろうと、そんな性質を持つ死骸は生まれない。となれば、この蛇は一体、何の生物なんだ? 

 疑問と好奇心が沸々と湧き上がる中、気が付いた。


「フィオナ、この蛇……蘇っていないか?」

「い、言われてみれば」


 僕の魔力を吸収した蛇は段々と体表が生きている蛇に近づいている。それどころか、無かったはずの眼球が再生し、身体は微かに震えているようにも感じる。まさか、僕の魔力を吸ったことで生き返ったのか? いやそんなはずはない。幾ら魔力を込めたからといって……魔法が神秘の結晶であるとしても、死んだ生物を蘇らせることはできないはず。

 そのことを考えると、この蛇は普通の生き物ではない。魔力で蘇る、いや、本物のような蛇に姿を変える魔法ということだ。こんな魔法、見たことも聞いたこともないけど。

 更に数分が経過した頃、変化は如実に表れていた。

 蛇は僕の手から離れ、柔らかそうな身体をその場でくねくねと躍らせている。ギョロギョロと動く眼球、時折奏でる蛇の声、チロチロと動く長い舌。これを見て、先程までミイラでしたと言っても信じる者は皆無だろう。何かに憑依されているんだと言われ、エクソシストの元を訪れることを勧められる。

 だが、誰が何を言おうとも、この蛇は先ほどまでミイラでした!


「ミイラが蘇ったわね」

「そうだね。ただ、そういう魔法があっても不思議ではないかな。古代魔法なんて、解明できないものの方が多いわけだし」

「それにしても、衝撃強すぎるのよね。言ってしまえばこれ、死人が健康な肉体で蘇ったってことなのよ?」

「それについては僕も同意見だね。でも、実際に起きたことを否定しても仕方がない。今は、この蛇の動きを見続けよう」


 先程からその場でくねくねと動くだけで、全く前進する気配がない。僕らを襲う気もないようで、まるで興味を示さない。ますます謎が深まるばかりだよ。段々と身体の表面が白くなってきたし、同時に動きも鈍くなっている。


「一体何がしたいんだろうか」

「見る限り、脱皮よね。ミイラから蘇ったと思ったら、今度は脱皮するなんて、忙しい蛇ね」

「まぁ、蛇は月に一回脱皮するというし、三千年前からって考えるとこれから物凄い回数脱皮してもおかしくは……脱皮?」


 脱皮とは、古い皮を脱ぎ捨て新しい皮を身に纏うということ。蛇は月に一度という回数で脱皮をすること、その脱皮する姿から不老不死の象徴とも言われている。

 いや、今はそんなことどうでもいい。今着目するべき点は……川が脱ぎ捨てられてるということだ。

 先程蛇の全身を見た時、道標になるようなものは一切なかった。そこで体内に書かれているのではないか、という発想に至り、腹を裂こうとした。

 もし、もし仮に、道標が蛇の体内──皮の下に書かれていたのだとしたら?

 脱ぎ捨てた川に書かれているのだとしたら?

 そのタイミングで、蛇は脱皮を終えたらしく、白い古皮を脱ぎ捨て僕らが入ってきた天井の穴から屋根裏を出て行った。

 その姿を見届けた直後、僕は蛇の抜け殻を手に取り、丁寧に広げ──。


「あ」

「フィオナ、これだよ。これが道標だよ」


 歓喜に満ち溢れた声音で呟き、僕は蛇の皮に視線を落とす。

 そこにえがかれていたのは、二つの像が聳えたつ、とある神殿の絵だった。

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