第6話 禁呪に近しいもの

「傀儡って……どういうこと? ちょっと意味が理解できないんだけど」

「まぁ、言葉を聞いただけではそうだよね」


 当然といえば当然の反応だね。僕もフィオナの立場だったら、意味が理解できずにかなり困惑する自信があるよ。まぁ、冗談で言っているわけではないんだけど。


「僕が図書館で手にした膨大な知識を応用して、色々な魔法式を創造しているのは知っているよね?」

「そりゃあ、私もセレルが創ってくれたオリジナルの魔法を幾つか持っているし」

「そうだね。僕は今までフィオナに七つのオリジナル魔法を渡している。で、当然自分だけが使うために創った魔法を、僕は持っている」


 魔法式を創ることができるのに、自分だけが使えるオリジナルの魔法を使わないわけがない。フィオナは七つだけど、僕自身は彼女の三倍を超える数の魔法式を保持している。その中には、少々危なっかしいものまであるんだ。

 光球に照らされたことによってできた自身の影に指を触れ、僕は数回地面……というよりも影を叩く。


「何を?」

「見ていて」


 首を傾げたフィオナに一言だけ告げると、指で叩いた部分の影が黒い球体となって宙に浮かび、四つの小さな針状の影に分裂した。

 久しぶりに使ったけど、いつ見ても不気味で気味悪いなぁ。


「フィオナは、初めて見る魔法だね」

「うん。自分の影を切り離して、針を作ったの? それが傀儡にするための魔法だっていうのはわかるんだけど……」

「正直言って、見せたくはなかったけどね。これはあまりにも凶悪に過ぎる」


 そう前置きして、僕は宙に浮かぶ四つの影について説明する。


支配の影針ゼレーラ。とある禁書に記された動物を意のままに支配する魔法の式を応用した魔法だよ。詳しい説明は省くけど、この針を撃ち込んだ相手を僕は操ることができる」

「……禁呪、っていうことよね」

「公になれば、確実に禁呪認定されるだろうね。使えるのは僕だけではあるけど」

「だとしてもよ」


 フィオナは大きな溜息を吐き、僕の肩に手を置く。


「貴方の知的好奇心が強いのはよくわかっているわ。だけど、あまりそういう危険な橋は渡らないでほしい。もしもその魔法式が流出して、使うことができる者が現れたらどうするの?」

「……一度は廃棄しようと思ったんだけど、どうにも捨てられなくて」

「それが大災害の原因になったりするのよ。頭がいいのは結構だけど、その頭脳の使い方には注意して。天才と呼ばれる人たちが作り出した魔法によって何万という命が失われたことは、世界では幾つもあるの。セレルにはその発端になってほしくない」


 フィオナの言うことは尤もだ。最も最近で言うならば六十年前、とある小国の天才魔法学者が生み出した、生物を衰弱死させる広域魔法によって六千という数の命が失われた。人より優れた頭脳を持つ者は多くの発明を残すが、それによって多くの犠牲が伴うことがある。歴史を紐解けば、そういった事件は数えきれない。

 けれど、この魔法は現状を打開するためには必要なんだ。


「約束する。今回の件が終わった、この魔法式は廃棄するよ」

「これだけ言っても、今は使うのね」

「必要なことだからね。ただ、廃棄しても、一度雷天断章が記録した魔法は完全に消し去ることはできない。僕が望めば、いつでも蘇らせることができてしまうことは、承知してくれ」

「流出の心配がなくなるのなら、それでいいわよ。ただし、セレルも未来永劫この魔法を蘇らせることはしないし、今後は後先をよく考えて魔法を創ると約束して」

「うん。わかった、約束するよ」


 頷いたと同時に、僕は四つの影を隠し扉の僅かな隙間に滑らせ、電磁網で捉えている四つの人影に向かって飛ばす。「本当に、セレルにはつくづく甘いわね、私」とフィオナが自分自身に呆れる声は、この際無視しておこう。僕もフィオナに対しては滅茶苦茶甘い自覚があるので、やはり僕らは似た者同士ということで。


「──巡回を続けろ。但し、僕らが通り抜けたことは一切関知するな──」


 影の針が撃ち込まれたことを認識した僕は即座に命令を飛ばし、警備に当たっている兵士に僕らを見逃すように指示。兵士は今まで同じような動きをしているけれど、恐らく魔法は無事に発動しただろう。感覚でわかる。

 僕はフィオナに合図を出して一緒に螺旋階段を上り、隠し扉を開けて礼拝堂の中へと侵入。

 礼拝堂の中は歴史を感じさせるというか、とにかく他の修道院のものとは比べ物にならない程の厳かさを誇っていた。樹齢二千年を超える樹木を用いて造られたベンチに、壁に点在して月光を迎え入れる七色の薔薇窓。柱に施された彫刻や天井に描かれた天井画は圧巻のもの。


「相変わらず、綺麗な礼拝堂ね」

「うん。機会があれば、ゆっくりと見物に来よう。今はそれどころじゃないから、パスするけどね」


 警戒を怠ることなく、巡回している兵士を注視。彼らは真面目に警備をしているように見えるが、突如現れた僕らには何の反応も示さない。しっかりと魔法は効いているようだね。

 兵士から視線を外した僕は、頭の中に叩き込んである礼拝堂の見取り図を思い浮かべる。祭壇があるのは、礼拝堂の奥にある祭壇室。そこに続く扉は……見つけた。礼拝堂の右斜め前方、鉄仮面を被った騎士像の奥だ。


「行くよ、フィオナ。祭壇はもうすぐだ」

「はいはい。本当に、ここまで来ると盗人と同じね」

「探求者と──」


 言いかけて僕は言葉を切り、フィオナの腕を引いて騎士像の後ろに隠れる。彼女を胸に抱いた状態で、礼拝堂の入口付近を覗き込む。


「~~~~~~っ!!!」

「静かに」


 一瞬声を上げかけたフィオナを撫で着けると、身体を弛緩させて大人しくなる。ここで声を上げられたら、元も子もないからね。助かった。

 どうして像の後ろに隠れたかというと、修道院の入口扉を開けて、一人の兵士が入ってきたからだ。交代なのか、連絡事項の伝達なのかはわからないけど、とにかく間が悪い。一旦ここに隠れて、やり過ごさなければ。


『交代の見張りが遅れているので、お前たちはもうしばらく巡回に当たってくれ。全く、あの新入りは遅刻癖が目立つな』


 それだけ言い、礼拝堂に入ってきた兵士の男は出て行った。元々礼拝堂におり、尚且つ僕の魔法にかかっている四人は再び巡回に戻る。

 焦った。もしも全員が交代する羽目になったら、再び支配の影針を使用しなければならないところだった。しかも、魔法の特性上僕自身の影をくっきりと作る必要があるので、月明かりが差し込む場所に移動しなければならない。礼拝堂内で光の当たる場所に移動すれば、一発でバレてしまう。


「なんにせよ、一安心か……あ、ごめん」

「ぜ、全然、大丈夫……」

「には見えそうにないけどね」


 顔を赤くしながら脱力しているフィオナは、すぐには起き上がらずに僕の身体に体重を預けたまま。いきなり抱きしめたから、びっくりしたみたいだね。本当、僕からこういうことをすると一気にか弱くなるお姫様だこと。

 フィオナの身体を支えながら立ち上がった僕は、電磁網が捉えている反応に注意しながら、目的の祭壇室へと続く扉まで移動する。魔法にかかっている兵士たちは、当然のように僕らの存在を無視して巡回を続けているため、特に目立った危険もなく扉に辿り着き、中に入ることができた。

 さて、ついに儀式を執り行うことができる。ここまでの危険を払ったのだから、相応のリターンがあることを期待しているよ。


 淡い期待を胸に抱きながら、僕は祭壇室へと続く通路を抜け、奥に鎮座する紺色の扉を開いた。

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