第5話 隠し通路

 教会の正面広場から移動した僕らがやってきたのは、教会の裏手に当たる北側。南側とは違い明かりの消えた建物が多いここには、警備をしている兵士は見当たらない。ここには教会の中へと入る扉などはなく、年季の入った白い壁があるだけだからね。こんなところを狙って侵入しようとする者など皆無だ。正直警備するだけ無駄。


「ねぇセレル。見た所、建物の中に繋がっているような扉も抜け穴も、一切見当たらないんだけど。というか、本当に抜け穴なんてあるの?」

「そりゃあ、パッと見ただけでわかるような場所に抜け穴なんて作らないだろうさ」


 それでは抜け穴の意味がない。

 そもそも抜け穴というのは、建物の中にいる人を誰にも見つからずに外へと脱出させるための道であって、大抵はわからないように巧妙に隠されているものだ。

 僕は周囲に誰もおらず、巡回している警備の兵士たちが遠くにいることを電磁網で確認してから、教会裏手にある古びた井戸に近づいた。


「ここだ」

「まさか、この井戸が教会の内部に繋がっているってことなの?」

「そのまさか。ほら、行くよ」


 雷天断章を召喚し、僕はフィオナを横抱きにかかえ、誰もいない内に光のない真っ暗な井戸の中へと飛び込んだ。同時に、空間遊泳メグアを発動し、落下速度を落として中を進む。と、地上から二十メートルほどの地点に不自然な窪みを発見し、そこに降り立った。

 そのまま先に進もうかと思ったんだけど……そうだ、失念していたよ。


「相変わらず、暗い場所が苦手なんだね……」

「しょ、しょうがないでしょ……だってここ、全然光源がないんだから……」

 

 抱きかかえていたフィオナは僕の首に腕を回し、身体を震わせてしがみついている。これは、しばらく離れてくれそうにないな。

 昔からなんだけど、フィオナは暗い場所が苦手なんだ。いや、多少暗かったり、周りに人が多くいる場合は平気。だけど、今のように少人数、且つ何の光源もない完全な暗闇だと、こんな感じになってしまう。

 子供じゃないんだから、ちょっとは慣れてほしいのに。


「大丈夫だよ。僕もいるし、これから先は光球クレリムを使って先に進むから」

「……何も、出ないわよね」

「大丈夫、何も出ないよ──」


 安心させるためにフィオナの背中を摩った僕は、こっそりと足元にあった小石を浮かせ、洞穴の中へと飛ばす。数秒後、床に落下した小石はカーン、と音を立て、それが洞穴の中に反響した──瞬間、フィオナが叫び、僕に抱き着く力を強めた。


「い、今何か音がしたッ!! ねぇ、この先に何かいるわよッ!」

「ふぃ、フィオナ……首が……」

「あ……」


 フィオナが力を緩め、僕は苦しみから解放された。咄嗟に防音魔法を展開しておいたから、今の叫び声が外に漏れていることはないけど……いや、ここまで怖がるとは思っていなかったな。


「ごめん。この先に道が続いているかの確認で、僕が小石を投げたんだよ」

「道が続いているのを確認したいのなら、光球を使えばいいじゃない!!」

「それはほら、ちょっとした悪戯心」

「次やったら容赦しない……ねぇ、本当に怖いんだけど」

「手を繋いでいてあげるから。ほら、行くよ」


 眼前に光球を出現させる。

 暗闇に支配されていた洞穴の中が照らされ、今まで見えなかった先の道や周囲の壁がよく見えるようになった。壁に描かれているのは……壁画かな。


「凄いね。恐らく、この教会が出来た頃に描かれた壁画だよ」

「よくここまで綺麗に残っているわね。もしかして、公にされていないだけで、国側には既に知られているのかしら。で、定期的に手入れされているとか」

「だとしたら、この洞穴の入口は塞ぐとい思うけど……いや、今はよそう。目的が他にあるんだし」


 壁画──小さな炎が、少年と思しき人の真上で燃える絵──から目を離し、僕らは明るく照らされた道を真っ直ぐに進む。

 事前の情報通り、分岐道などはなく一直線のため、迷わずに終着点まで行くことができるだろう。

 と、僕の腕を抱きかかえながら歩いていたフィオナが不意に問うた。


「ところで、どうしてセレルはこの洞穴のことを知っていたの?」

「魔法図書館には、国の法典みたいな重要な書物も所蔵されているっていうのは知っているだろう?」

「えぇ。以前教えてもらったわね。あ、もしかして──」

「まぁ、お察しの通りだよ」


 図書館を管理する司書としての特権を行使させてもらったというわけさ。


「君が買い出しに行っている間に、地下一階──重要文献書物所蔵室に行って、この教会の最古の見取り図を見つけて、それを読ませてもらった」

「悪い人ね。許可なく鍵を使って部屋の中に入るなんて。バレたら、幾ら司書と言えども何らかの処罰が下るわよ?」

「承知の上さ。けど、絶対にバレないとは思っていたし、例えバレたとしても怪しい魔力を感知したから、って言えばお咎めはなしだろう? 最近は魔人書のこともあるし、怪しい芽を摘んでおきたいのは国も同じだろうし」

「そうだけど……あぁ、駄目ね。この手の話でセレルを打ち負かせる自信がない」

「そりゃ、どうも──あれが終着点みたいだね」


 真っ直ぐに広がっていた洞穴の行き止まりが見えた。同時に、そのすぐ傍に造られた小さな石造りの螺旋階段も。


「恐らく、この螺旋階段の上は礼拝堂の西側に立ち並ぶ七体の聖騎士像の内、中央の像の足元だけど……面倒だな」

「礼拝堂の中にも、兵士がいるのね」


 僕は頷いた。

 常時展開している電磁網に、礼拝堂の中を歩く反応が四つ。中に展示されている聖遺物などを警備しているのだろうけど、想定よりも一人多かった。

 教会最奥にある聖杯の祭壇に行くためには、この洞穴を抜けて礼拝堂を通るしか道はない。従って、巡回している兵士を搔い潜らなければならない。


「ただ、そもそも外に出るために床扉を開く時点で、多分バレるんだよね」

「当然ね」


 突然床が開いたら、絶対に注目の的になる。

 一瞬、僕が勢いよく飛び出して警備兵を無力化することも考えたけど、少しでも不自然な音を立てれば外にいる兵士をも呼び寄せてしまう。そうなれば、もはや僕は犯罪者だ。いや、今でも結構すれすれなんだけどね。

 こっそりと移動するのは、恐らく無理。戦って兵士を無力化するのは論外。

 現状、僕たちが安全に聖杯の祭壇に行くためには……よし、決まった。あれで行こう。


「フィオナ」

「うん? あ、もしかして諦める?」

「いや、そうじゃない。ただ、僕は今から礼拝堂の中にいる兵士を無力化する」


 それを聞いたフィオナは、途端に顔を曇らせた。


「大丈夫なの? 言っておくけど、少しでも騒ぎになったら終わりだからね?」

「わかっているよ。大丈夫、僕はここにいながら兵士を倒すから。まぁ、倒すって言い方も少し違うけどね」

「? 何をするの?」

「あー、引かないでね?」


 僕は頬を掻きながら、螺旋階段の上を見つめる。

 この魔法は、正直使いたくはないんだよね。何といっても、禁止されている魔法をヒントに僕が作ったオリジナルの魔法で……僕自身、凶悪過ぎて公表なんて絶対にできないと思っているから。


「僕は今から兵士たちを──傀儡くぐつにする」

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