第3話 先生の様子
「ねぇ、シオンちゃん」
「何ですか? シセラさん」
夕方、学校が終わった後の魔法図書館五階。
明日の授業の予習をしていた私に、対面に座っていたシセラさんが声をかけた。あ、リーロさんは昨日徹夜をしたらしく直帰しました。今頃は部屋のベッドで爆睡している頃だと思います。
私はノートに走らせていたペンを止めて、シセラさんと目を合わせた。
「シセラさん?」
「あ、ご、ごめんね。声をかけた私の方がぼーっとしちゃって」
「いえ、それ自体は構わないんですけど……もしかしなくても、セレル様のことですか?」
照れくさそうに頬を掻いたシセラさんは、三階のカウンターを見下ろした。私も一緒になって……いや、図書館を訪れた多くの学生が、無意識の内にカウンターへと視線を向けている。ペンを走らせる手を止めて、本を開きっぱなしにして、座ったまま呆然として、とある一点を注視している。
私もそんな人たちの一人で、深い溜息を吐いた。
「今日の先生、とっても機嫌が良さそうですね」
皆の視線を一身に集めている司書のセレル様は、いつもよりも数段魅力的な微笑みを浮かべながら、楽しそうに資料整理をしていた。鼻歌交じりにペンを走らせ、目を通した資料を横にスライドさせ、次の紙を手に取る。
単純な動作だけなのに、何故か視線が引き寄せられて、ジッと見入ってしまう
シセラさんは頬を紅潮させ、うっとりとした瞳をしながら頬杖をついた。
「普段も魅力的だけど、今日のセレル先生はいつにも増して格好よく見える。あれかな? 普段はかけてる眼鏡を今日はかけてないから、それが影響してるのかも」
「た、確かに今日は眼鏡をかけていませんね。いえ、でも傍には置いていますよ? 資料整理をするために外しているんでしょうか?」
「わかんないけど、とにかく絵になるなぁ……薬剤で固めて、一生私の手元に置いておきたいくらいだよ」
「さりげなく怖いこと言うのやめてもらっていいですか?」
先日の一件──演習場に現れた魔人の事件以降、シセラさんのセレル様に対する想いというか執着心は、一層強くなったような気がする……。変なことはしないと思うけど、恋する乙女の瞳に力が宿ったみたいな。凄く、綺麗になったとも言える、かな? 言動はかなり怖いんだけど……。
まぁ、実際にシセラさんがそんな凶行に走ったとしても、セレル先生なら簡単にあしらえるはずだけどね。
「でも、それくらい魅力的だよ? 今だって、女の子だけじゃなくて男の子の視線まで釘付けにしているし」
「凄いですよね。けど、今日はどうしてあんなに機嫌がいいんでしょうか?」
セレル様があんなに機嫌をよくしているのは初めて見た。私たちと一緒にいる時は愚か、フィオナ様が傍にいる時でさえ、あんな表情を見せないのに……。
何だか、無性に理由が気になってきたなぁ。
「シセラさん、ちょっと聞きに行きませんか?」
「どうしてそんなに上機嫌なんですか、って?」
「はい。気になって、勉強が手につきそうにないので」
「乗った!」
私たちは一緒に席を立ち、三階のカウンターまで下りてセレル様の元へ。
と、セレル様はトントンと分厚い資料の端を整え、向かってくる私たちに顔を向けた。
「何か、わからないところがありましたか?」
「いえ、そうではないんですけど……セレル先生、今日は凄くご機嫌そうだな、って思って」
「? そう見えます?」
首を傾げたセレル様は、周囲から注がれる視線には全く気が付いていない様子。
む、無自覚……!? あれだけの視線を注がれて尚自覚がないなんて……もしかしなくても、自分が魅力的な微笑を浮かべていることも、全く意識せずにやっていることなのかな? いや、絶対そうだ。
「はい。で、セレル先生がどうしてそんなにご機嫌なのかな? って思って」
「う~ん……子供じみたことですけど、笑わないで貰えますか?」
「子供じみたこと、ですか?」
私たちが小首を傾げると、彼はあはは、と恥ずかしそうに頬を掻いた。
「実は、とても面白そうなミステリー本を見つけまして。数年ぶりにここまで心躍らされる本に出会えたので、読むのが楽しみになっているんです。今は、その本は手元にないんですけどね」
「本が面白そうで……ふふ」
私はついつい笑ってしまった。
笑わないでって言われたけど、予想以上に子供っぽい理由なのが、ちょっとおかしくて。
「本好きのセレル様らしいですね」
「あはは……まぁ、仕事中に読むわけにはいかないので、夜のお楽しみですけど。今晩はワインを片手に、月明かりの下で読書に励みます。丁度、明日はお休みですし」
「仕事終わりに楽しみがあるので、わくわくしてるんですねぇ……どんな内容の本なんですか? セレル先生が好きなものだったら、凄く難しそうです」
「結構難しいですね。読み進めるには、色々な本の力を借りなくてはなりませんから。でも、謎を解き明かしながら読む本っていうのは、えてして素晴らしいものなんです。それだけ著者の知恵が注ぎ込まれているわけですから」
まるで冒険を前にした少年のような瞳で言い、セレル先生は笑った。この笑顔で十数人は追加でノックダウンしたのだけど、彼は全く気が付いていない様子。普段のセレル様は物事を客観的に見ていて、注意力や観察力も人一倍優れているのだけど、一つのことに熱中していると、盲目になるタイプみたい。
あれ、そういえば。
「フィオナ様は、いらっしゃらないんですか?」
「フィオナにはちょっとおつかいを頼んでます。一緒に護衛の方もいますので、安全面は考慮していますよ。まぁ、あの子は一人でも強いので、ついている護衛も一人ですが」
「王女殿下をおつかいに行かせるって……そんなことした人、きっと後にも先にもセレル先生だけだと思います」
「幼馴染の特権という奴ですね」
セレル様はそれを最後に、綺麗に纏めた紙の束を持って司書室に入っていった。
閉じられた司書室への扉をしばらく見つめて立ち尽くしていた私たちは、顔を見合わせて笑い合い、教材やノートを広げっぱなしにしていた席へと戻った。
■ ■ ■ ■
熱が下がらないまま書いてるので、後から修正するかもしれません。
おのれ、ワクチン。
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