第2話 謎解き開始

「全く意味がわからないわね……陽が消える空、祈る牧師の拠り所……聖杯の祭壇、清血の儀式 蛇の懐、遺骸に道標。大層な文言ね」

「まぁ、まだ文字を浮かび上がらせて読み上げただけだし、考察はこれからだよ」

「う~ん……」


 小さく唸ったフィオナは立ち上がり、棚の上に置かれていた万年筆とメモ用紙を手にして戻ってきた。僕は火の上から机に古書を置き、書かれている文言の意味を一つずつ読み解いていくことに。


「まず、陽が消える空っていうのは、普通に考えれば西の空っていうことになるよね。陽は東から上り、西に沈んでいくものだから」

「そうね。となれば、恐らくこれは西の方角を示しているんだと思う。で、西にあるのが祈る牧師の拠り所……教会のことかしら?」

「牧師が祈りを捧げる場所と言えば教会だね。修道院という解釈もできるけど、そこは牧師やシスターが共同で生活する場所だし、何より王国の西側にあるわけではない。だから、ここでは除外しよう」

「で、肝心の教会だけど……」


 僕とフィオナは王国の地図を頭の中に思い浮かべ、該当する教会がないかを模索する。西の方角にある教会……幾つか該当するものはあるけど、その中で三千年以上も昔の歴史を持つ教会と言えば……。


「南部の街テテン。そこにあるエリシアード教会は、三千年前に建設されたと言われているね。建国される以前から存在している建造物の一つで、補強工事も一切なく、当時の姿のまま残されている」

「テテンはエリシアード教会を中心に作られた街だからね」


 フィオナは言いながら、メモ用紙にエリシアード教会と書き記す。正解かどうかはわからないけど、答え合わせなら行ってみればいい。そこで正誤はわかるはずだからね。


「二つの言葉はエリシアード教会を示しているものと仮定して……続きね。聖杯の祭壇、清血の儀式、蛇の懐、遺骸に道標。これに関しては?」

「現状では、さっぱりだね」


 何を示しているのか、全くわからない。聖杯も儀式も、神学的な要素を多く含んでいる言葉だからね。魔法士としての知識や雑学を多く身に着けているとはいえ、その分野は僕が少し苦手としているところだね。

 だけど、今は学校のテストとは違う。自らの頭に格納されている知識をフル活用して、問題を解かなければならないわけではないのだ。

 即ち、わからないなら調べればいい。幸いにも、ここは王国内で最も多くの知識が集まる場所だ。

 こういう時は、本の力を借りればいい。

 僕は司書室を出て、魔導書を召喚。


雷天断章ラミエル──検出デバ


 膨大な量の書物を紫電が覆い、その中から特定のキーワードについて記されている書物を一気に検出する。

 聖杯の祭壇、清血の儀式、そしてエリシアード教会。

 この三つのいずれかについて記されている書物があれば僕の元に飛んでくるのだが……僕の元に飛んできた本は、全部で三冊だった。一冊見つかればいい方だと思っていたので、結果としては上出来。雷天断章を消し、三冊の本を抱えて司書室の中へと戻った。


「三つもあったの?」

「うん。これなら、その二つについて書かれていると思う」


 机の上に置き、早速僕とフィオナはそれぞれ本を広げて調べ始めた。パラパラと流し読みをしながら進め、次々に頁を捲っていく。この本を書いた著者には申し訳ないけど、今は必要な情報以外に目を通す気はないんだ。

 読み始めてから、およそ五分。

 僕は目的のキーワードのうちの一つを見つけ、フィオナに声をかけた。


「あったよ。聖杯の祭壇についてだ」


 記されている行を指でなぞりながら、その文言を読み上げる。


「『聖杯の祭壇──世界中に点在している信仰の祈りを捧げる教会の中には、聖杯を納める祭壇が作られている。その多くは教会最奥に造られた神を模した彫刻の中心に作られており、人間が立ち入ることを許さない神聖な場所である』。だってさ」

「人が入ることができないっていうの? それだと、誰がその場所を掃除したりするのかしら」

「牧師じゃないかな。神様への忠誠を誓っている人なら立ち入ってもよい、みたいな特別ルールがあるんだと思う」

「何事にも穴はあるものね。あ、セレル」

「ん?」

「こっちにもあったわよ。清血の儀式について」


 僕は読んでいた本をずらし、今度はフィオナが探し出した頁に目を移した。

 そこには幾つもの図が記されており、その内の一つ──四方位に供え物と思わしきものが並べられた図の下に、儀式についての詳細が書かれていた。


「『清血の儀式は、自らが汚れた血ではないことを神に誓うことである。北に氷、東に馬のたてがみ、南に果実酒、西に塩を置き、その中央に自らの血液を垂らす』。準備するものって結構沢山あるのね。しかも、自分の血を垂らすなんて」

「指先を少し切る程度でいいと思うけどね」

「だとしても、痛いじゃない」

「まぁ、耐えられるけどね」


 それよりも痛いことを、何度も受けてきたからね。痛みに対する耐性というのか、そういうのがついてしまったよ。

 ところで、この二つの情報が手に入ったことだし、考察を続けようか。


「この二つの情報的に、恐らくは聖杯の祭壇でこの清血の儀式を行え、ってことなんだろうけど……」

「限られた人しか入れない聖杯の祭壇には入れないし、実質不可能よ。大変興味深い謎だけど、これでは諦めるしかないわね」


 残念ね、とフィオナは僕の肩を叩きながらそう言った。

 確かに、エリシアード教会は歴史も古く、建造物自体がとても貴重な遺産だ。例えフィオナが王女だとしても、管理者が首を横に振ること間違いなし。いやそもそも、この謎解きは誰にも知られてはならないのだ。

 他を頼ることはできない。僕とフィオナの二人で立ち向かわなければならない難題なんだ。壁確かに立ちはだかった。けれど……これしきのことで、諦められない。


「こうなったら、暁星王書ルシフェルの力を開放して、教会を無理矢理襲撃するしか……」

「ちょっと待って何を考えているのセレルッ!!!」


 呟きを聞いたフィオナは僕の両肩を強く掴み、身体を揺さぶってくる。正気を取り戻せ、という感じだけど僕は正気だ。

 

「謎解きのために今後の人生を溝に捨てることはないのよッ!? 目を覚ましてッ!」

「だけど、これを公にしてしまえば大抵の人間は僕に傅くことになるし、一言命じるだけで聖杯の祭壇を開放すると思うよ」

「そうだとしても!! お願いだから未来を考えて!」


 涙目になりながら必死に懇願するフィオナ。あまりにも一生懸命にお願いする姿に、僕は思わず吹き出して彼女の頭を撫で着けた。


「冗談だよ。そんなことしないって」

「貴方のは冗談に聞こえないのよ……」

「流石に、暁星王書を使うことはしないよ。ただ、ここで諦めることはできない」

「……何をするつもり?」


 笑顔で答える。


「明日は図書館の休館日だ。エリシアード教会は午後九時で観光客が入れなくなるし、その時間を狙って、教会に忍び込む。で、無人になったところで儀式を行う」

「セレル。お願いだから自分がいけないことをしようとしている自覚を持って……」

「確かに倫理的にはアウトかもしれないけど、教会はあくまで公共物だ。何かを盗んだりしない限り、法律には触れないよ。見つかったらせいぜい、怒られるくらいだ。あと、出禁になるかな」


 ただまぁ、謎解きに潜入はつきものという定番だし、僕としては面白くていいね。それに、僕の魔法をもってすれば、見つからずに儀式を執り行うなんて造作もないことだ。


「フィオナが行かないなら、僕は一人でも行くよ。この本の暗号を全て解き終えるまで、僕は絶対に立ち止まらない」

「貴方の行動力は何処から……あぁ、もう!! どうなっても知らないからねッ!!」


 なんだかんだ言いながらも、フィオナは結局ついてきてくれるらしい。

 一人で行くと言えば、付いてきてくれると思ったよ。想定通り。


「じゃあ、今日仕事が終わった後、テテンに向かおうか。僕がフィオナを抱えて突っ走れば、二時間程度で到着できるはずだ。残りの仕事はやっておくから、フィオナは儀式に必要な素材を揃えてきてくれ」

「もう、なんでこんなに活き活きしてるのよ」

「いいかい、フィオナ。ロマンは男を何処までも突き動かすものなんだ」

「女の私にはわからないわよ!」


 そう捨て台詞を残し、フィオナは素材を集めに司書室を出て行った。

 無理につき合わせることになるし、今度、何でも一つ言うこと聞いてあげることにしよう。どんなお願いをされるのかは、わからないけどね。

 僕は再び本を手に取り、残りの単語の意味を調べ始めた。


■ ■ ■ ■ ■


 ワクチン接種後数時間で熱が出始めました。若者が副反応が出やすいのは本当だったらしいです。

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