エピローグ

 ベメス教諭の魔人を完全に消滅させた後のことを話す。

 即座に駆け付けたベフトと三人の少女たちは、巨大な穴が穿たれた地面を見て驚愕(ベフトは半泣き。修理が大変とか言っていた)していたが、意識を飛ばしているフィオナを見てすぐに医務室へ彼女を連れて行った。

 僕は三人の少女に天球倍書の固有能力を使った反動で寝込み、しばらく安静にしていれば目を覚ますと説明し、フィオナを彼女たちに預けて現場に戻った。

 そこで魔人書の具体的な詳細をベフトに伝え、また学校の中でこのようなことが起きてしまったため、より一層の警戒を怠らないように通告。ベフトは頭を悩ませていたが、生徒の安全を護るために、仕方ないことだと了承。

 本来ならそれで解散のはずだったんだ。僕も疲れていたし、さっさとフィオナの傍に行って眠りこけようと思っていた。

 だが、残念ながらそれは叶わず。

 倒壊寸前の演習場や大穴が開いた地面など、一体どうしてくれるんだとお小言を受ける羽目になってしまった。勿論、ベフトは僕に強く出ることができないので、そこまで強烈な責任追及を貰うことはなかったが……かなり面倒くさかった。

 そもそも今回の件は、学校に危険な因子を簡単に入れたベフトの責任ではないのか? と言い返したところ、マジで絶望した表情に変貌。いっそ首を吊るか、なんてことを言い出したので、本気で宥めることになった。おかしい、以前はこんなにメンタルが脆い人ではなかったはずなのだが……。

 諸々の調査は残っているが、一先ず魔人の脅威は去ったと言えるだろう。一時的に、ではあるけど。

 そして、丸一日経った翌日、僕は再び学校長室に足を運ぶことになる──。



「で、何かわかったんですか?」


 魔法学校の学校長室。

 来客用のソファに座り、対面に座るベフトに尋ねると、彼は「幾つかな」と前置きして話し始めた。


「まず、魔人書とやらの供物に捧げられた者たちは、ベメスと同じく謹慎中だった教員二名だ。遺体が彼らの部屋で見つかったのだが……凄まじい殺され方をしていた。恐怖に引き攣った顔をしており、恐らく生きたまま心臓を──」

「ベフト、その辺で」

「ん? ……あぁ、すまない」


 話を途中で区切ったベフトは苦笑し、謝る。

 僕は一度頷きを返し、今の話を聞いて僕の腕を掴む手に力を込めた少女を落ち着かせる。


「ごめんよ、フィオナ。君はこういった類の話が苦手だったね」

「べ、別に苦手じゃない、わよ。ただちょっと、気持ち悪いなって思っただけで」

「それを苦手って言うんだよ。強がりしなくていいからさ」


 僕の隣に座っていたフィオナは、唇を尖らせ拗ねてしまった。

 昔から、生物の体内に関する話が苦手なんだよね。人体構造の授業をした際は、吐き気を催して途中離脱してしまったらしい。まぁ、体内の話をすると変な気持ちになるのは、わからないでもないよ。そういう子は図書館に来る学生にも沢山いたし。


「で、犠牲者が特定できたのはわかりました。他には?」

「事件当日の午前中、何者かが北口から学校敷地内に侵入した魔力形跡を発見した」

「「!!」」


 その情報に、僕とフィオナは揃って目を見開いた。

 それは、つまり──。


「何者かが、ベメス教諭を魔人になるように仕向けた、ということですか?」

「確証はない。魔力形跡も、私が入念に調べた結果、微かに浮かび上がったに過ぎないからな。学校に張られている結界に、人間が自然放出する魔力を感知しただけだ」

「でも、その魔力を消えないように保管して、詳しく解析を調べれば、その人物を特定できるってことよね?」

「いや、残念ながら量が少なすぎてな。わかるのは、何者かが学校に侵入した、ということだけだ」


 そう簡単には尻尾を掴ませてくれないということか。だけど、ないよりはマシだろうし、あとでその魔力を解析させてもらおう。


「で、生徒への説明はどうしているんですか?」

「あれだけの痕跡だし、かなり派手に魔法を使ったから、見ていた生徒もいたんでしょう?」

「無論だ。最初は私が新しい魔法の実験に失敗したとでも言おうと思ったのだが……生徒に危機感を促すためにも、襲撃者が現れたと説明する」

「魔人については触れずに、ね。まぁ、妥当な対応だと言えるわ」

「そうだね。最適な判断だったと言えるよ」

「君たち……あの修復がどれだけ大変かわかっているのか?」


 恨みがましい視線を僕らに向け、ベフトはほとほと疲れ切った表情を浮かべる。


「あれだけの破壊痕、私一人の魔法ではとても修復することはできん。修繕業者を呼び、大掛かりな改修工事を行わなければならない程だ。まぁ、ついでに演習場の補強も行うことにしたが」

「地面は僕たちですけど、壁に関してはベフトと魔人がやったではないですか」

「だとしてもだッ! もう学校であんな大規模な魔法は使わないでくれ。いよいよ、君の魔導書が能天書なのか疑わしくなってきたぞ……」

「あれは天球倍書の固有能力ありきのパワーですからね」

「わかっている。さぁ、君たちはそろそろ帰り給え。そろそろ、改修工事の業者が来る頃だ……はぁ」


 溜息を吐いて項垂れるベフトに、笑顔で親指を立てた僕とフィオナは、学校長室を後にした。彼の心労は理解できるが、責任を持つ者の運命だと、諦めてほしい。


「さて、早く図書館に戻らないと」

「もう行くの? 今はお昼前だし、何処かでご飯食べてからでもいいんじゃない? どうせお昼時なんて、図書館に人なんて来ないわよ」

「いや、そういうわけには……それもそうか」

「あら? 今日は随分とあっさりと提案に乗るのね。いつもは「そういうわけにもいかないよ~」って言うのに」

「まぁ、実際お昼って人がいなくなる時間だし、人がいない図書館で乾燥したパンを食べる必要もないかなって」

「そんな酷い食事をしているなら、普段からお昼はちゃんと休憩しなさいよ……仕事が忙しいのは、わかっているけど」


 呆れた目で僕を射貫いたフィオナは、唐突に僕の背中に抱き着いてきた。重みは感じるが、姿勢を崩す程のものでもない。僕は軽々と受け止め、肩越しに彼女へ目を向けた。


「どうした?」

「二人でランチって、凄い久しぶりじゃない? だから、ちょっとテンション上がっちゃって」

「まぁ、大体は図書館で簡単に済ませるだけだからね。何が食べたい?」

「セレルと一緒なら何処でもいいわよ。ほら、恋人と一緒に食べると、何でも美味しいって言うでしょ?」

「僕たちは恋人じゃないだろ。まぁ、僕が一方的にルールを決めているだけなんだけどさ。……ごめん、付き合わせて」

「いいのよ。それに、私もセレルの出自については知りたいし。……ね、ねぇ、もしも貴方の出自を知ることができたら、さ……」


 フィオナは急に顔を赤らめ、それを隠すように背中に顔を押し当てた。

 まぁ、これだけ言われて、自分の気持ちにも自覚があって、これがわからないようでは男じゃないよね。

 あぁ、丁度いい。この際、言っておくべきだ。

 僕はフィオナを一旦引き剥がし、振り向いて彼女の耳元に顔を近づけた。あんまり、大きな声で言いたくはないから。


「その時は、覚悟しておいた方がいいよ」

「──」

「知らないかもしれないけど、僕は独占欲がかなり強いから」

「…………はぃ」


 どんな光景を想像したのか、フィオナは更に顔を茹でだこのように真っ赤にし、両手で顔を覆ってしまった。

 まぁ、詳しくは言わないけど、そういうことなので。


「さ、早く行かないと店が混み始める。僕は並ぶのが大嫌いだから、急ぐよ」

「え? あ、ちょっと──」


 フィオナの腕を取り、僕は急いで学校を後にする。

 近い未来、こんなやりとりが当たり前になる日が来るのかな。そうなってくれれば、とても嬉しい。

 だけど、なぜだろう。

 幸福な未来を掴んでいる僕の姿が──全く想像できなかった。


■ ■ ■ ■ ■


二章は終了です。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

三章は、謎解きと日常編にしたいと思います。

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