謎の写本

プロローグ

 昼下がりの魔法図書館三階、カウンター前。


「ご苦労様でした」


 発注していた新書の配達に来てくれた業者の人にお礼を告げ、僕はテーブルの上に二つの木箱を床に下ろした。

 この魔法図書館には毎月決まった日に新しい本が入荷されるのだが、今月は新書の冊数が少なかったのか、図書館に入荷される本も少なめ。多い時だと木箱の数が十を超えることもあるので、二つというのは如何に少ないかがわかる。

 新しい本との出会いが少ないのは寂しいけれど、本の情報を登録する時間が少なくなるので、ありがたくもあるんだよね。ちょっと複雑だ。


「どんな本が入荷されたのか……」

 

 二つある木箱の内の一つに手を伸ばし、僕はその蓋を開けて中を覗く。

 紙が放つ独特の香りと、防虫防湿薬の匂いが鼻腔を擽る中、一冊一冊タイトルを確認していく。膨大な数の本を読んだせいなのか、タイトルを読めば大体どんなことが書かれている本なのかがわかる。まぁ、本というのは中身に関連したタイトルをつけるのが基本なので、どんな内容なのか予想できる、というのはある意味当然かもしれないけどね。

 木箱の中にあった本の半分は医学や哲学、魔法学についての学術書。残りの半分には、魔法書や小説など、様々なジャンルの書物だった。僕が好んで読んでいる小説の続刊も含まれていて、少し嬉しくなったと同時に、前巻が出てからもうそんなに時間が経ったのか、と時の流れの早さに驚いた。


「あ、新刊?」


 木箱の本を手に取って確認している時、司書室で休憩していたフィオナが僕の肩に両手を置いて、後ろから本を覗き込んだ。


「さっき届いたんだ」

「そうなんだ。今月は何か、面白い本はありそうなの? 特に小説」

「僕が読んでるミステリー小説なら入荷されてるけど、フィオナが好んで読む恋愛小説は一冊もないかな。今月は本の出版冊数が極端に少なかったみたいだし」

「なぁんだ。つまらないわね……」


 ムスッと頬を膨らませたフィオナは手近な椅子に腰を下ろし、木箱の中を注視して溜息を吐いた。まぁ、そう都合よく毎月自分が気に入る本が入荷されるわけではないからね。だからこそ、自分に合う本を見つけた時は凄く嬉しくなるわけだし。


「セレルは気になる本があったの? そのミステリー小説以外で」

「うぅん、今のところはないかな。読むには読むけど、僕は哲学とかにはあんまり興味はないし。知識として頭の片隅に入れておくだけ。好んでは読まないな」

「でも、全部読むんでしょ?」

「当然。僕の検出デバは一度読んだ本にしか効力を発揮しないからね」


 検出が使えないと、本が何処にあるのか尋ねられた際にすぐに見つけることができない。そのため、新書が届いたらまず僕は全て読むという作業が発生するんだ。今月は木箱二つと少ないためすぐに終わるだろうけど、十箱以上ともなるとかなり時間がかかってしまう。他の仕事もあるし、そういう場合は休憩時間を潰し、並列思考の魔法を行使して読み進めることになる。


「さ、一箱目は確認したし、次に行こうか」


 箱の外側に張られていた伝票と照らし合わせながら確認しているけど、欠けている本は一冊もなかった。一箱目は問題ないので、二箱目に入っている本の確認作業に移行することに。

 木箱の蓋を開け、先程と同じ香りを感じながら中を覗く。


「こっちは歴史書が多いわね。あとは、神話学」

「そうみたいだね。本の注文は僕の担当じゃないんだけど、担当者は歴史とか神話が好きな人みたいだね」

「だからって何十冊も入荷しなくていいと思うけど」


 ブツブツと文句を言うフィオナは、自分が求めているような恋愛小説が全く入っていないことを不満に思っているらしい。この図書館はジャンルに関わらず多くの本が置いてあるので、当然恋愛小説も沢山置かれている。来月の入荷分には、恋愛小説を大目に発注するようにお願いしておこう。実際、この図書館を利用する女性は小説を好んで読む人が多いし。

 そのことを頭の隅に留めながら、僕は伝票と入荷本の確認作業を進めていく。この作業自体は時間がかかるものではないので、ものの数分で終えることができた。


「こっちも問題ないね。頼んだ本は、全て入ってる」

「お疲れ様。まだお昼休憩取ってないでしょ? 行って来たら?」

「そうだね。流石にお腹も空いたし、司書室に行って──」


 と、何気なく床に置かれていた木箱の蓋に目を移した時、僕は気が付いた。

 背表紙が見えるように収納された木箱の一番下に、横向きに入れられた本があることに。タイトルを見ることはできないが、それほど分厚くない本であることはわかる。

 言葉を途中で止めた僕を不審に思ったフィオナが、一緒になって木箱の中に視線を落とした。


「どうしたの?」


 僕はフィオナの問いには答えず、木箱の中に入っていた本を全て取り出して机の上に置き、箱の底に入れられていた本を手に取った。

 下敷きになっていた本は、表紙も頁も白い謎の本だった。タイトルは書かれておらず、所々虫に食われたような形跡も見受けられる。いうなれば、古書だった。


「な、何? その古本」

「わからないけど、伝票には記されていない本だ。業者の人が、間違えて入れてしまったのか……でも、こんなものは本来普通の本屋さんにはおいてないと思うんだけど」

「どういうこと? こんな汚い本は本屋さんには売ってない、ってこと?」

「いや、そうじゃなくて」


 僕は首を左右に振り、本を持った手に微かに感じる感覚を伝えた。


「この本、魔力を内包しているんだ」

「魔力を? ってことは、魔導書ってこと?」

「わからない。だけど、この魔力量……少なくとも、座天書に匹敵する程の魔力だ」

「座天書に匹敵する程の魔力……つまり、ただの汚い古本じゃなくて、何かしらの力を有する書物ってことね……なんでそんな代物が木箱に入っていたのか」

「間違って入れてしまったかどうかは、後で業者の人に確認を取ればいいよ。一先ず、この本は司書室の中に持っていこう。図書館内に濃密な魔力を有する書物を置いておくわけにはいかないし」


 ここに置きっぱなしにして、子供たちが手に取る様なことがあってはならない。危険な行為は結果を予想し、事前に避ける行動を取るべきだ。

 それに、木箱の中に入っていた魔力を有する謎の書物。ミステリー好きの僕としては、とても興味がそそられる。


「面白い玩具を見つけた、みたいな顔してるわよ」

「現に面白そうじゃないか。謎の本って、いい響きだし」


 そう返した僕に呆れたのか、フィオナは溜息交じりに「男の子なんだから……」と呟いて司書室に入っていった。何とでも言うがいい、男は皆、ロマンを追い求める生き物なのだから。

 今一度白い古書に視線を落とし、僕も司書室の中へと入っていった。


 これが、僕と謎の古書の出会いだった。

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