第23話 変質
「これは……いや、でも違うか?」
「どうしたの?」
僕が電磁網で捉えた奇妙な魔力に困惑を露わにしていると、フィオナが傍に近寄り僕の顔を覗き込んできた。
「いや、電磁網に奇妙な魔力が引っかかってさ」
「奇妙な魔力?」
「そう。以前捉えたことがあるような魔力で、だけど初めて捉えるみたいな、そんな魔力だ」
「? 説明されてもいまいち理解できないわね」
首を傾げるフィオナに、僕は苦笑する。そりゃあ、こんなに曖昧な説明じゃあどうやっても伝わらないよね。けど、僕としてはこれが一番具体的な説明なんだ。
「まぁ、変な魔力っていう認識でいいよ」
「そういうことにしておくわ。でも、ここは魔法学校の敷地内よ? 休校日とはいえ、学校の図書館には真面目な生徒が詰めかけているでしょうし、他にも教員を始めとした職員が滞在していると思うのだけど」
「そうだとしても、僕が一々気になるような魔力じゃないよ。仮に彼らだったとしたら、新たな魔力として感知するか、感知済みの魔力と認識する」
「それもそうね。だとしたら、一体誰の魔力なのかしら?」
「ここでそれがわかったら苦労はしないんだけどね……は?」
僕は今しがた起こった現象に、驚きの呟きを零した。
「何かあったの?」
「……電磁網が捉えていた魔力反応が消えた」
「消えた? 魔力を意図的に隠蔽したってこと?」
「そうらしい。でも、このタイミングでってことは……僕の電磁網が広がったことに気が付いたのか? いや、それこそあり得ない話なんだけど……」
僕の電磁網は改良に改良を重ね、僕だけの
「なんにせよ、妙なことが起きているってわけね。ここは学校の敷地内だし、学校長に連絡を入れておいた方がよさそう」
「そうだね。頼める?」
「勿論」
すぐに通信具を取り出し、フィオナはベフトに連絡を取る。
その間に、僕はベンチに座っている三人に近寄った。一旦訓練を中断することになるから、そのことを言っておかないと。
「すみません、僕は少しここを離れるので、貴女たちは休憩していてください」
「構いませんが、セレル様はどちらに?」
「野暮用です。すぐに戻ってきますので、ご安心ください」
「えっと……私たちは自主練をしてますね」
「休憩は十分に取ったっすから」
上級生の二人は先ほど僕が言った改善点を纏めた紙を手に持ち、それぞれの魔導書を片手に立ち上がった。やる気があるようでなにより。
僕は「倒れないように」とだけ言い残し、その場を去ろうと背を向け──裾を軽く引っ張られた。
「シオン様?」
「あの、本当に大したことではないの、ですよね? 何だか、その、少し嫌な予感がしていて……」
シオン様は
ただ、どう答えるべきか。嘘を吐いて安心させる方がいいのかもしれないけど、問題が起こって後から怒られるようなことは避けたい。しょうがない、ちゃんと話すか。
「実は先ほど、妙な魔力を探知したので、様子を確認してくるつもりです」
「妙な魔力……それって──」
「学校長はすぐにこっちに来るって」
「あ、了解」
フィオナからの報告を聞いて、校長室から演習場の道のりを思い浮かべる。多分、ベフトは普通に歩いてここまで来るだろうから、十分もかからないくらいかな。風系統魔法を使えば、もっと早くに到着できるんだけど。
「僕は少し様子を見てくるよ」
「今から行くの? 学校長がここに来るまで待ったほうがいいんじゃない?」
「電磁網で探知できた場所は、ここからからそう遠くなかった。警戒する意味でも、様子を見に行くほうがいい。まぁ、すぐに戻って来るから」
それでも不安そうな二人の頭を撫でつけ、僕は一人演習場を出て、電磁網が感知した場所へと向かう。演習場から北東の場所──一般校舎の渡り廊下付近だ。
ただ、奇妙な魔力反応を示していた者が現在何処にいるのかわからないので、警戒は最大限にしておかなければならない。
「数秒程度なら大丈夫かな」
そう判断し、常時展開している電磁網を学校全体に広げ、尚且つ微細な魔力ですら逃さないように強化。途端に鋭い頭痛が走るが、数秒の我慢だと耐えることに。流石に十分以上もこの痛みが続くのは耐えられないけど、これくらいの時間ならね。
「って、そこか」
先程感知した奇妙な魔力は、僕のすぐ近くにいた。まだ視認できるような場所ではないけれど、確実にいることはわかる。
場所がわかったので、電磁網を通常状態にまで戻し、目的地へと向かう。念のため
と──。
「……司書」
石柱から聞こえた声に、足を止めてそちらを見る。この声は……正直鼓膜を揺らすだけで不快になる声だ
「確か、ベメス魔法教諭、でしたっけ?」
「……」
無言で柱の陰から姿を見せたのは、頬の瘦せこけた一人の男性。何処か暗い雰囲気を持つ彼は、僕に憎悪のような感情を剥き出しにして睨みつけてくる。
そんな目を向けられる謂れはないのですが。
「確か貴方は、生徒への恐喝行為で謹慎処分を受けているはず。どうしてこんなところをうろついているのでしょうか? 学校長の許可は貰ったので?」
「……」
質問には一切答えず、ただ僕をジッと睨みつけてくるベメス教諭。
謹慎のショックで喋れなくなったわけではないと思うけど……と、僕はそこで気が付いた。
彼の黒いローブが、何処か色濃く、また湿っていることに。
「貴方、どうしてそんなに濡れて──」
「智天書は何処だ」
ベメス教諭がゆっくりと右腕を上げた瞬間、僕は一瞬で紫電を走らせ、彼の右腕を切断した。どうやら、シオン様の嫌な予感は見事に的中したようだね。高位の魔導書を求めることもそうだけど、何より、今しがたが切り落としたベメス教諭の腕が独りでに浮遊している!
「クソッ!!」
一気に後方へ跳躍し距離を取る。
まさか……学校内にも脅威が迫っていたとは、思いもよらなかった。
「智天書……更なる、高位へ──アアアアアアアアアッ!!!!!」
ベメス教諭は人間とは思えない程に裂けた口から咆哮を発し、その衝撃波に当てられた学校中のガラス窓が砕け、そこかしこにまき散らされる。
「
頭上から降り注ぐ鋭利なガラス片を、球状に吹き荒れる風の防御壁で弾き飛ばす。僕が雷系統ばかり使っているから皆忘れがちだけど、
僕を起点として吹き荒れる風の中からベメス教諭を見ると、彼は身体中から赤い瘴気を噴き出し、いつか見たアトスと同じような状態になっている。切断した右腕はしっかりと繋がれており、額には牙が生えた口が出来上がっている。
魔人書。
人間の心臓と魔導書を供物として捧げることによって、自らの魔導書が変化した存在。その所有者は自らも人間離れした姿へと変わり、凶暴であり異様な再生能力を持つ。
ローブを濡らしていたのは水ではなく、供物として捧げた人間の血だったわけか……。
「一体誰を供物に捧げたのかは、この際後回しだ」
今は、この化け物を倒すことを最優先にしなければ──と。
「足り、ない……」
禍々しい魔人書を宙に浮遊させたベメスは、そんなことをブツブツと呟き、再生した腕をローブの中へと入れ──鮮血が滴る心臓と、一冊の魔導書を取り出した。
それを見れば、彼が一体何をしようとしているのか、事情を知る僕は容易に想像ができる。
「二冊目、だと……?」
俄かには信じられないが、思い返せばアトスも言っていたような気がする。シオン様の智天書は後から奪えばいい、と。
それはつまり、供物として捧げることができる魔導書は一冊だけではないということを表していると言ってもいい。だが、その結果どうなるのかは、見たことのない僕ではわからない。
とにかく、予感に従って阻止するまでッ!
「
蛇を模った八つの雷はベメスを灰と化すべく迫り進む。
しかし、雷撃はベメスの身体から噴き出していた赤い瘴気に触れた瞬間に霧散。一部を除いて、強制的に魔力へと戻されてしまった。
「く──ッ」
更なる追撃を加えようと腕に紫電を纏わせたが、既に手遅れ。
ベメスの赤い魔人書に、彼が手にしていた心臓と魔導書が吸収された。
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