第22話 課題
「君たちも、そろそろ休憩にした方がいいよ」
僕は熱心にフィオナから教授を受けるシオン様とシセラにそう声をかけ、冷たい水の入った水筒を彼女たちに投げ渡した。二人とも額には汗の雫が張り付いていて、相当魔力コントロールの訓練に力を入れていたことが伺えた。
「ありがとうございます」
「いただきます。リーロも休憩中?」
「そうっすよ。まぁ、疲れた割にコテンパンにされたっすけど」
苦笑いしていたリーロは先ほどの訓練の様子を思い出し、若干肩を落とした。実戦経験もないんだし、寧ろあれ以上に戦えたら逆に驚くくらいなので、気落ちする必要はないのに。まぁ、自信が折られて落ち込んでいるのはわかるけどさ。
と、フィオナが僕の元に歩み寄ってきた。
「確かにちょっと疲れたし、休憩にするわ。セレル、私にも水筒頂戴」
「どうぞ」
「ありがと」
水を飲んで一息ついたフィオナは、近くのベンチに並んで腰を下ろしたシオン様とシセラにアドバイスを。
「二人とも強力な魔導書を持っているし、魔力コントロールのセンスも悪くない。けど、早く魔法を発動させようという焦りが随所で見受けられるわ。特にシオン」
「は、はい。えっと、自覚はあります……」
頬を掻くシオン様は視線を泳がせる。彼女はまだ魔導書と契約してから日も浅く、まだ初心者と言ってもいい。課題は盛沢山だろう。
「貴女の
「わかりました……」
「次にシセラ」
「は、はい!」
自分の番が来たシセラが肩を震わせる。顔には……不安の表情。恐らく指摘されることが自分でも何となくわかっているのだと思う。
「貴女は魔導書の固有能力を上手く発動させることができているし、学年でもトップレベルの出来栄えだと思うわ。その代わり、魔法を連続行使する度に精度が劣化している。百回目に発動した魔法が最初に発動した魔法よりも精度で劣るのは、集中力や魔力の問題もあって仕方がない。だけど、シセラはそれが早すぎる。十回目で精度ががくんと劣化しているから、集中力の維持を当面の課題にしなさい」
「はい。えと、頑張ります」
それぞれの課題を聞き、二人はしっかりとメモ帳に言われたことを書き記す。すぐに紙に記録することができるのは、とても褒められたことだ。是非とも、維持してほしい。
「フィオナのアドバイスはとても適切でためになるので、常に頭の片隅に入れておいてくださいね。きっと、成長の役に立ちますから」
「私よりも、セレルから教えられた方が成長できるとは思うけどね」
「そんなことないよ。君の教え方がとても上手だし、的確だ。もっと自信を持っていいよ」
「……ありがと」
水筒に口をつけながら視線を逸らすフィオナは、何処か照れくさそう。彼女はもう少し、自分の教えに自信を持ってもいいと思うんだけどな。謙虚なのは、いいことだけど。
僕は次いで、ベンチに座っている少女三人にそれぞれ口添え。
「僕からもちょっとしたアドバイスを。まずはシオン様ですが、少々急ぎすぎてしまう性格がありますね。恐らく、魔法の発動に少し慣れたからそうなってしまっているんだと思います。初心を忘れず、ゆっくりと確実に行いましょうね」
「はい。慣れて疎かになっているのは、今日凄く実感しました……」
「そこに気が付くことができた時点で、訓練の意味はあります。これからは、発動のプロセスをしっかりと意識していきましょう」
魔法士が必ずと言ってもいい道だけど、慣れてくると魔法の発動工程を疎かにしがちになる。これをそのまま放置しておく人は、所詮そこまでの魔法士になってしまう。逆にこのことに危機感を覚え、しっかりと改善していけば一流の魔法士へと一歩前進することになるわけだ。言ってしまえば、ここが魔法士の将来を左右する分水嶺となる。
「次にシセラ。フィオナが言っていたように集中力の維持も必要だけど、全体的に見ればはかなり優秀だ。で、集中力を向上する鍛錬も行いつつ、君は魔法のレパートリーを増やした方がいい。君は冷気による氷結系統の魔法を得意としているから、それと相性がいい風系統の魔法を大目に習得するといい。まずは、初歩的な
「冷気を風に乗せて遠くまで飛ばす、ということですか?」
「そう。有効範囲が広がれば、それだけ幅が広がるし、応用もできる。難しいことがあれば、僕も協力してあげるからさ」
「わ、わかりました! いずれ、周囲の全てを凍らせることができるように頑張ります!」
「周りの迷惑も考えてね」
全部凍らされたら困る。最低限、コントロールを失わない程度のところで留めてほしい。
「最後にリーロ」
「はい」
「さっきも話したとは思うけど、常に冷静でいることが大事だ。君の魔導書──
リーロの魔導書である複製天書は、僕から見てもかなり面白い固有能力を有している。位階は
だから、というわけではないが、この子たちにはしっかりと魔法について学んでもらい、自分自身が誇れるような魔法士になってもらいたいのだ。
「流石にセレル先生のようにはなれないっすけど、自分が納得できるように頑張るっす」
「いや、君たちは皆僕より高位の魔導書なんだし、固有能力も特徴的だ。心配しなくても、そう遠くない内に僕を超えることができる──」
「何度も言ってるけど、図書館の書物を全て網羅するような知識お化けを超えることなんてできるわけないでしょ」
僕の言葉を遮り、フィオナがジトっとした視線で僕を射貫いた。
「魔導書の位階は関係ないって言っていたのは、セレル自身でしょ? 貴方よりも高位の魔導書を持っているからって、越えられるわけないじゃない」
「いや、無関係というわけではないよ。でも、それ以上に努力がものを言うっていうだけで」
「あの、私にはセレル様を越えることはできないと思います」
「「同じく」」
「君たち……」
最初から無理と言ってどうするんだろうか。やってみないことには、未来がどうなるかはわからないだろう。……確かに、
「まぁ、僕を越えられるかどうかは、いいです。今は各々に課した課題をしっかりとこなすことができるようになってくださいね。時間はかかるかもしれませんけど、時間をかければ必ず成長します。困ったことがあれば、すぐに僕やフィオナに相談してください。大抵は、図書館にいますから」
「あと、学校長に相談するのもいいかもね。なんだかんだ、あの人も王国内で上位の魔法士なんだし」
「学校長、ですか」
シオン様がそんな風に言うのは、以前僕とフィオナから叱責を受けている学校長を見たからだろう。あの時は威厳の欠片もなかったけど、普段はちゃんとした魔法士なんだよ。信じられないかもしれないけど。
「とにかく、周りには頼るべき大人がいますから──」
と、その時──僕が展開していた電磁網が、奇妙な魔力を探知した。
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