第21話 魔法の劣化条件

 翌日の昼頃。


「ほらリーロ。攻撃されることを怖がって、攻めることができなくなっているよ」

「は、はい!」


 学校の演習場中央。

 僕は魔導書を片手に持ち、相対しているリーロにアドバイスをしつつ、右手指先に紫電を纏わせる。対するリーロも片手に赤い魔導書を持ち、荒い息を吐きながら思考を巡らせていた。どうすれば僕に攻撃を当てることができるのか、この状況で有効な手段は一体何なのか、と未熟な頭を必死に動かし勝利への活路を模索していた。

 

 当然、これはあくまで実技の稽古をつけているだけなので怪我をさせるようなことはしない。生徒さんを傷つけた、なんてことになれば僕の悪評が瞬く間に広まってしまうからね。

 けど、怪我はしないとは言っても稽古に変わりはない。僕が指先に纏わせている紫電は一瞬痛みを伴う程度の弱いものだけど、それを受ければ当然ながらびっくりするし、痛い。リーロは先ほどからこの紫電を何度も何度も受け続けているため、その痛みに身体が本能的に怖がって間合いに入ることができなくなっている。

 恐怖心が先行する気持ちはわかるけれど、これではとても魔法士になることなんてできない。


地走雷エンバルッ!」


 汗で額に張り付いた前髪を拭ったリーロは地面に手を触れさせ、蛇のように這い対象へと迫る雷系統魔法──地走雷を発動。

 万全の状態ならば地を焦がし、木々などを真っ二つに裂く威力を持っているのだけれど、リーロが発動したそれは出力も速度も万全とは言えない。まぁ、反撃される恐怖心を抱いている状態では、攻撃も十全に発揮することができるわけがないんだけど、彼女自身はどうして半端な魔法になってしまったのか、わかっていない様子だ。

 雷を即座に相殺し、リーロに接近。

 再び雷で撃たれると身構えた彼女の頭頂部に手刀を落とし、少ししゃがんで視線を合わせる。


「ここまで。まだまだ修練と勉強が必要だね」

「め、面目ないっす……」

「いいよ。誰だって初期は怖いものだし、全然落ち込む必要なし。悪いところばかりじゃなくて、成長したところもたくさんあるからね」


 一先ず落ち込んでいるリーロを慰め、演習場の端にあるベンチに移動する。そこに置かれていたタオルと水筒をリーロに手渡し、汗を拭いて水分補給している彼女に先ほどの模擬戦(?)の反省点を伝える。


「最初の方は緊張しながらもしっかりと魔法を発動することができていたし、良かったと思う。最後に見たのは二年生の時だったけど、その時に比べると本当に成長しているように思える」

「ありがとうございます……」

「ただ、自分でもわかっていると思うけど、自分の攻撃が無効化されたり、躱されたり、とにかく通用しないと途端に余裕を失ってしまう傾向にある。そして、結果として魔法の発動に支障が出て、最後のように性質が劣化した魔法が生まれてしまう、ということになるね。どうしてこうなるか、わかる?」

「えっと……魔導書は魔法士の脳と密接な関係を持っているため、集中力を欠くと魔法式が上手く機能しなくなってしまうため、だったっすか?」


 流石に図書館で勉強しているだけあって、しっかりと理解できているようだ。学年でもかなり上位の成績を維持しているそうだし、学問だけで言えば文句はないだろう。

 でも、僕の考えは少し違う。


「その解釈も正解だ。魔導書は魔法士の脳と魔力回路で繋がっていて、その処理能力を最大限に行使して魔法を発動させている。焦りや不安など、余計な感情で思考をかき乱してしまうと、その分魔法の発動が邪魔されて劣化した魔法が完成する。けど、それだけではない」

「それは、どういう?」


 小首を傾げたリーロから、演習場の奥──シセラと一緒にフィオナから指導を受けているシオン様を見た。大変そうに、だけど一生懸命言われたことを習得しようと努力している姿が見受けられた。三人の手には、それぞれが契約した魔導書が。


「以前シオン様にも言ったことなんだけど、魔導書は魔法士と対等な存在。契約の際には命令ではなく心の底から懇願することで、その気持ちに答えてくれる。で、契約後は一心同体の存在になる。一緒に戦っている人が焦って恐怖心に怯えていたら、魔導書もそれなりの力しか発揮できないってことだよ」

「つまり、魔導書の力は魔法士の感情にも左右される、ってことっすか?」

「簡単に言えばね。魔導書の力を常に最大限に引き出したかったら、常時冷静に、常時闘争心を燃やし、常時集中している必要がある。大丈夫、自分とこの魔導書ならできると自己暗示をかけてみると、結構恐怖心も薄れると思うよ」


 パートナーが自身に満ち溢れていれば、不思議と自信が湧いてくる。魔導書と人間は同じような存在で、心の状態に影響を受けるってことだ。


「なので、リーロが鍛えるべきは精神力かな。焦ってしまうような場面でも心を落ち着けて、冷静に状況を判断する。魔法技術に関しては結構上達しているから、精神面を鍛えれば君は格段に強くなるよ」

「精神面っすか……中々ハードな練習になりそうっすね」

「身体よりも、心を鍛える方が難しいからね。ある程度の上の実力がある人と模擬戦を繰り返せば、成果は出るはずだ」

「あ、じゃあもう一度──」

「今はもう駄目。集中力も切れているし、もう八回も繰り返して魔力もかなり消耗してる。余った時間は、ベンチに座りながら君に必要な座学項目を簡単に復習することにしよう」


 長時間の練習は、残存魔力的にも好ましくない。演習場で座学をやることは普通ないんだけど、余った時間は有効活用しないとね。

 

「……向こうも大分集中しながらやってるっすね」


 そういうリーロの視線の先では、シセラとシオン様が真剣にフィオナからのアドバイスに耳を傾けていた。

 フィオナが二人に教えているのは、二つの系統の魔法を合成する方法と、その最も基本的な練習方法。初歩の初歩だし、説明が多いけど、二人は退屈そうにしていない。魔法に対する意欲が高いのは良いことだ。


「シオン様にはまだ複合魔法は早いけど、憶えておいて損はない。水系統の魔法は、もう結構上達しているしね」

「なんか申し訳ないっすね。自分たちはシオンさんのついでなのに、自分がセレル先生から直接指導を受けさせてもらって」

「順番だから、あとでシオン様も見るよ。機会は平等だから気にする必要なんてない」

「そうかもしれないっすけど……」


 それでも尚申し訳なさそうにするリーロ。

 確かに、今日は本来シオン様だけを稽古するつもりだった。が、閉館ということを忘れて図書館にやってきたシセラとリーロは、自分たちも一緒に指導してほしいとお願いしてきたのだ。

 どうしようかと一瞬迷ったものの、以前リーロに指導をつけてあげると約束していたので、これ幸いと了承した、というわけである。シオン様も「競争相手がいる方が上達が早まるかもしれません!」と快く了承してくれたのだ。

 

 悪いな、と思うことができるのは美徳だけど、必要のないことまで悪いように思わなくていい。

 僕は彼女の両頬を両手で挟み込む。


「へ、へんへぇ?」

「引け目を感じる必要はないよ。シオン様は今、フィオナのところで頑張っているんだし、シセラだってそう。与えられた機会は平等なんだから、リーロは今、僕と一緒に頑張って魔法の上達に努めよう。ね?」

「……ふぁい」

「よろしい」


 頷いたリーロを解放すると、彼女は一度溜息を吐いて僕にこんな忠告をした。


「先生、これは生徒というより女の子としての忠告なんすけど、あんまり無暗にこういうことしない方がいいっすよ」

「こういうこと?」

「いきなり仲良さげなスキンシップを取ることっす。頭撫でたり、頬に触れたり。自分は先生が子供扱いしている時にそういうことをするってわかってるっすけど、多感な時期の女の子には結構刺激的で、勘違いする子が結構でるっす」

「……」


 露骨だけど、目を逸らした。

 改めて考えてみると、あんまりこういうことはしない方がいいのかもしれない……。思わせぶりな態度は慎むように、とフィオナからも散々注意を受けたけどさ。無意識の内にやってしまうことって、どうしても直らないのかも。


「ちゅ、忠告ありがとう。今後は意識して気を付けるよ」

「そうしてください。でもまぁ……」


 リーロは隣に座る僕の耳元に顔を近づけ、内緒話をするように言った。


「私は全然、嫌じゃないっすよ♪」

「……自重するよ」


 からかっているリーロにそう返しつつ、僕は思わず額に手を当てた。

 これからは、気を付けよう。余計なトラブルを生まないように。

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