第20話 努力のない魔法士
「シオン様は水系統の魔法発動、維持、放出の工程を集中的に鍛錬するべき。シセラは氷結魔法と風魔法を合成した複合魔法を一種類かな。で、リーロは……」
図書館の戸締りを終えた頃。
僕はすぐには屋敷に戻らず、司書室の机に座って明日の実技練習の内容を簡単に考えていた。
行うことを決めた後、いつものごとくシセラとリーロが僕の元にやってきたので、ついでに一緒にやることになったのだ。リーロは前から実技の相手をしてほしいって言っていたし、この際だから丁度いい。ただ、三人とも得意な系統が違うし、内容は変わってくるから事前に何をするかを決めておかないといけない。
あの子たちは皆、優秀な魔法士の雛だ。
しっかりと成長できるように、大人である僕らが導いてあげないと。
で、僕が図書館に残っているので、必然的に同居人であるこの子も一緒にいることになる。
「あの子たちには、まだ戦いの経験を積ませるのは早いと思うわ。なるべく怪我をしないように、安全面を考慮した内容にするべきよ」
「そうだね。でも、いずれは危険な体験も必要になってくるから、よく言い聞かせておかないと。結局、経験を積むことに勝るものはないんだし」
「でも、まだその段階ではないから、技術の習得を優先させなさい。特にシオンは……智天書を持つ魔法士の雛は、それだけ貴重なんだし」
ソファの上で一緒に特訓内容を考えてくれていたフィオナは、人差し指を立ててそう忠告。確かに、彼女の言うことは的を射ている。シオン様に何かあれば、それはこの国にとっても大きな損失になるわけだ。だからと言って過保護にしすぎるつもりはないんだけど、その辺りは配慮しなければならない。
紙面にペンを走らせて内容を纏め、僕はそれを持ってフィオナの隣に腰を下ろした。
「悪いね、付き合わせて」
「いいのよ。魔法士の雛を育てるのは、年長の魔法士の務めなんですもの。前線でバリバリ戦うわけじゃなくて、あくまで補助向きの私が教えるのはあれかもしれないけど」
「いや、フィオナは前に出ても十分に戦えると思うけど」
「そうだとしても、私の
確かに、一理ある。
信じられないかもしれないけど、フィオナの魔導書は完全にサポート向けの固有能力を持っている。この子単体でもとても強くて守られるだけのお姫様じゃない。が、それ以上に他者との連携が恐ろしい。敵に回すと、非常に厄介な存在になるんだ。
天球倍書の能力は、関係者以外には知られていない。
「僕が教えるのは、あくまで魔法まで。いずれ学ぶ戦い方は、他の人に任せるつもりだ。その候補にフィオナも入ってる」
「? 私より沢山魔法を使えて、実戦経験の豊富なセレルからの方が、得られるものが多いと思うけど」
「いや、寧ろ正しい過程を積んで魔法を習得した君からの方が、僕よりも何倍もお手本になってくれる」
「そんなこと──」
「あるよ。フィオナはわかっているだろう? 僕の戦い方は……紛い物なんだってことは」
魔法士とは、弛まぬ努力を積み重ねることによって強くなるもの。
血反吐が出る程の努力を積み、少しずつ己のものとしていく。それが王道であり、魔法士としての覇道だ。その努力の中で技術だけでなく、人間としても成長していくもの。孤高の魔法士ならばともかく、後世を担う雛鳥に技術を伝授する者は人一倍の努力を重ねていなければならない。
けど、今の僕を作る土台に、その努力はないんだ。
「僕が持つ戦いの技術の大半は──他者が培った物を複製しただけ。たまたま人より理解する能力に優れていたから、手にできただけにすぎない」
「……」
自嘲気味に呟くと、フィオナは僕の右手に自身のそれを重ねた。慰めてくれているらしい。本当に優しい子だ。
僕は学校に通い、魔法を習得したわけじゃない。膨大な数の魔法書を読んで、独学で大半の汎用魔法を習得。そして、己のものとした知識を用いてとある魔法を作り──それを乱用したんだ。僕にしか使うことができない、固有魔法を。
「確か……
「そうだ。他者が持つ特定の経験──魔法の行使や戦いの経験や記憶を複製して、己のものとする魔法だ。複製だから、その経験は実際に当人が持つものよりも数段落ちるけどね。オリジナルが百本中百本の矢を的に当てられるとしたら、僕はその半分しか当てることができないくらい、劣化したものになる」
以前シオン様に説明した、僕が戦い方を学んだ方法。
オリジナルに勝ることは絶対にできない。が、それを様々な人間から複製することができるわけだ。劣化版とはいえ、反則もいいところの魔法だ。これが一般人に流布すれば、あらゆる経験を数日足らずで積んだ歴戦の猛者が大量に生まれることだろう。
けど、経験複製はそれほど便利なものではない。
経験を肉体に刻むということは、脳を酷使することになるのだ。この魔法自体人間一人の情報処理能力では処理することができないほど、脳を酷使する。
おまけに、複製する経験の中にはとてつもない恐怖が含まれることもあるんだ。
多大な魔力、心が壊れない精神力、並列思考を可能とする程の処理能力。
これが揃っていなければ、同じ芸当はできない。
「確かに、今までに実戦経験は何度も積んだよ。でも、土台は他者から複製した劣化版の経験を使っているにすぎないから、先日のように魔人書に後れを取ることもある。あの三人には、しっかりとした王道を歩んでもらいたい。だから、あんまり僕を見本としてもらいたくないんだよね」
「……言いたいことは理解できたけど、これだけは言わせて」
「ん?」
僕に人差し指を向けたフィオナは、こう言い放った。
「固有魔法を自分で作ることができる時点で、貴方は十分超人よ! だから、自分をそんなに卑下するのはやめなさい! あの子たちに戦い方を教えるのは手伝うけど、セレルもしっかり教えること!」
「いや、だからそれだと──」
「あの子たちだって、セレルから教えてもらいたいと思っているはず。年下の子たちの願望は叶えてあげなさい!」
気合の入った声で言われ、僕は返す言葉が見つからなかった。
つまり……魔法を教えたのだから、最後まで責任をもって教えろ、ということか。
参ったな。僕は魔法だけ教えて、実戦教育からは手を引くつもりだったんだけど。
「本当に、いいのかな。僕が戦い方を教えて」
「寧ろ、貴方以外に教わることは認めないと思うわよ。あの子たちにとって、一番凄い魔法士は誰かって聞かれたら、貴方だと答えるだろうし。勿論、私もね」
「大袈裟な……」
「そんなことないわ。能天書で智天書と渡り合う魔法士なんて、他に知らないもの」「そうかもしれないけど、さ」
「それに、貴方が学校で魔法を学ぶことができなかったのは、王家にも責任があるの。邪道だなんて、言わないで。誰かに頼らず、一人でそれだけの技術を手にした貴方は、王道を歩んできた者たちよりも格好いいと、私は思う」
「……」
ストレートな言葉の数々に、僕は思わず顔を背け片手で覆った。
恥ずかしいな、こうして褒められるのは。というか、フィオナももう少し照れるなりなんなりしてほしい。僕だけ照れてるのは……指の隙間から見えた彼女の頬は、少し赤くなっている。恥ずかしくないんじゃなくて、恥ずかしさを無視して言葉を連ねているようだった。
その事実に少し安心した僕は、一度深い息を吐き、再度フィオナに向き直った。
「その、ありがとう」
「どういたしまして。さ、帰りましょう。お腹すいちゃったわ」
「うん、そうだね」
立ち上がり、鞄を肩にかけて出口に向かったフィオナの後ろ姿を見つめる。
いつまで経っても、敵わないな、この子には。
熱を持った頬を冷ますように一度仰ぎ、僕は照明を消してフィオナの後を追った。
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