第19話 実技訓練予定

「明日は学校の演習所で、魔法実技の練習でもしましょうか」


 夕暮れ時。

 学校の授業を終えて図書館にやってきたシオン様に、僕はそう提案した。

 予習用の参考書を机に置いていたシオン様は硬直し、瞬きを数度繰り返した後、少々青褪めた表情を浮かべた。どうしてそんな反応をするのか。


「魔法実技って……エゼル様と同じようになさるということですか??」

「あそこまで派手に戦うようなことはしません」


 僕を一体何だと思っているのだろうか。そもそもエゼルは王国最強クラスの魔法士であり、派手な戦い方をするから僕も応戦しているのであって、まだまだ魔法の未熟な雛を痛めつけるようなことはしません。


「以前屋敷の庭園で行ったように、水系統魔法の精度を上げる訓練ですよ。継続的に行っている魔法の発動や維持、そこに加えて初級の攻撃性魔法の射出ですかね」

「? それなら、屋敷の庭園で行えばいいのでは?」

「模擬戦を庭園で行うわけにはいきません」


 最悪、庭園に植えられている花々が駄目になってしまう。今までは発動と維持という簡単なプロセスのトレーニングだけだったので行うことができたが、攻撃性魔法の発動ともなれば周囲に被害が出かねない。きちんと魔法の発動を前提に作られた施設を使う方がいい。


「模擬戦……私と、セレル様がですか」

「怪我をさせるようなことはしませんから、安心してください。あくまで、シオン様が生み出した水球などに雷撃を加えて消失させる程度と考えています。消失した直後に再構築する能力を鍛えるトレーニング、とも言えますね」

「それなら……」


 十四歳の少女を相手に大人げないことをする程の悪人ではないよ、僕は。無論、敵対する輩に対してはとことんやるけどね。

 と、シオン様が少しやる気になっているところで、お願いしていた書類仕事を終えたフィオナが傍にやってきた。王女殿下が図書館にいるとあって、周囲ではちらちらとこちらを伺う視線が。やっぱり、目立つよね。


「終わったわよ、セレル。後はやることある?」

「ありがとうフィオナ。今日は特にないから、裏で休憩していてくれ」

「とか言って、貴女は一人で仕事する気でしょう? 駄目よ、貴女が仕事をしているのなら、私も一緒に仕事するからね。一人だけ休憩なんてできないわ」

「困った王女様だね……。何かあったかな」


 特にやることは見つからないな。来館者が探している本を見つけることも、僕の検出デバがないとできないし、整頓も既に魔法で終わらせてしまった。禁書室については来館者がいる状態でできるわけもなく。


「困ったな。フィオナができそうなことが何一つ見つからない。しいて言うなら、シオン様の勉強を見てもらうことくらいかな」

「シオンは賢いし、一人で嚙み砕いて理解するでしょう? 実質、対面に座っているだけになってしまうわ」

「そうだね」

「第一、この子に座学を教える意味なんてあるの?」


 疑問気に言うフィオナは、その視線をシオン様へと向ける。

 確かに、シオン様はとても賢い子だ。僕が教えるまでもなく、学年でも上位五人に入り込んでいるのだから。だから、はっきり言って僕が教えることも偶にでしかない。


「フィオナ様、私でも間違えることや理解できないことはありますよ」

「でも、それも稀でしょ?」

「そうですが……あ、セレル様に教えてもらいながらだと、躓いたことはありませんよ」

「セレルの説明を受けて理解できなかったら、その子の頭が残念なだけよ。理解できて当然だと思いなさいな」

「僕がそこまで教えるの得意じゃないんだけど……あ、そうだ」


 閃き、僕はフィオナに言う。


「フィオナも明日の実技訓練に参加してくれないかな?」

「実技訓練?」

「そう。学校の演習場を借りて、シオン様の魔法訓練をしようかと思ってさ。ほら、座学も大事だけど、魔法士として最も重要なのは技量なわけだし」


 どれだけ勉強をしても、実戦で活かせなければ意味がない。

 と思っていたんだけど、何故かフィオナは椅子に座っている僕の背後に回り込み、両頬に手を添えてきた。ひんやりと、少し冷えた感触。


「ねぇ、どうして私に黙ってシオンと訓練しようとしてたの?」

「ん? さっき思いついたことだし、その時君は書類仕事をしていて、この場にはいなかったじゃないか」

「だ・と・し・て・もッ!! そういうことは私がいるところでしなさいよ!」

「フィオナ様、あんまりセレル様を困らせるようなことは言わないでください! セレル様は、私のことを考えてご提案してくださったんですから!」

「シオンは黙っていなさい。これは私とセレルの問題なのよ」

「違います! 実技訓練のことなんですから、私も関係してきます! それなら、フィオナ様こそ横やりを──「痛ッ」」


 立ち上がりヒートアップしてきた二人の指先に電撃を浴びせ、強制的に静かにさせる。


「図書館内ではお静かに。言いつけ、守れない?」

「「ご、ごめんなさい」」

「よろしい。シオン様もすぐに熱くならないでください。フィオナも、あまり無茶な注文はしないでくれ。我儘すぎるよ」


 軽く説教をすると、二人は意気消沈したように俯いてしまった。そこまで強く叱ったつもりはないけど、普段叱ることが少ないから、結構心に響くんだろう。

 ちょっと罪悪感が湧くけど、叱ることも必要だから甘やかすのは堪えよう。


「話が逸れたけど、どうする? フィオナも、特に予定はなかったよね? 明日は図書館も休館日だよ」

「行くわ。魔導書の扱いなら、私も役に立つことがあるかもしれないし」

「……お願いします」

「不服そうにしても、そうはいかないわよ。ふふ」


 勝ち誇った表情のフィオナとは対照的に、シオン様は悔しそうに歯噛みする。

 高位の魔導書を持つ魔法士から指導を受けた方が色々と吸収できることも多いんだから、我儘を言わないでほしい。僕の熾天書は、下位の魔導書とは全く別物なんだから。


「でも指導って言っても、シオンの魔導書……水天慈章サキエルだっけ? の、固有能力はわからないわけだし……」

「固有能力に関しては考えなくていいよ。明日行うのは、あくまで汎用魔法の特訓だからね」

「固有能力の把握は今後に回すということね。まぁ、魔導書と一緒にいれば嫌でも理解すると思うから、一先ず後回しでいいでしょう。ただ──」


 と、フィオナは疑問気に僕に尋ねた。


「演習場って、使えるの?」

「ベフトには連絡を取って、許可は貰ったよ。問題を起こした教師たちは今謹慎でいないし、使ってくれて構わないってさ。ただ、壊すなって言われたけど」

「そう言われると壊したくなるわね」

「駄目だよ。後から直すのは僕なんだし、流石にそれは面倒くさい」


 王宮訓練場の二の舞なんて御免だ。流石に学校の演習場はあそこまでの広さはないけど、どっちみち直すのが面倒なことに変わりはない。シオン様はそこまでの出力は出せないだろうし、いらない心配かな。フィオナには今夜、強く言い聞かせておこう。


「とりあえず、明日に向けて今日は早めに就寝してくださいね。長時間魔力を行使することになりますので、想像以上に疲れると思いますから」

「わかりました」

「フィオナも、今日は遅くまで晩酌はしないからね」

「わかってるけど……せめてマッサージ」

「はいはい。仰せのままに、王女殿下」


 仕事を手伝ってもらってるし、それくらいはしてあげよう。

 マッサージという言葉を聞いたシオン様が「なんですかそれ!」と立ち上がり、再び口論になりそうな予感がしたので、三人そろって司書室に引っ込んだ。

 二人には一度、図書館での過ごし方について教える必要がありそうだ。

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