第17話 処遇

シオン様が帰宅し、図書館の戸締りを終えた後の夜。僕は魔法技能修練学校校長室を訪れていた。以前来た時よりも物が少なくなっている校長室はやや殺風景。これはフィオナが来ても被害を少なくするためなのかな? 用意周到なことで。

ソファに座りながら室内を見回していた僕だったが、眼前の机にクラッカーやチーズ、生ハムなどの軽食と、グラスに注がれた赤ワインを前にそちらに視線を移した。


「ベフト。今日は飲みにきたわけではありませんよ」

「なに、気にするな。軽くつまむ程度のこと、誰も咎めはせんよ」

「そういうことではなくてですね……いや、野暮ですね。いただきますよ」


対面のソファに座った学校長であるベフトはグラスを片手に、微かに口角を吊り上げる。

以前のような感情が身体に現れた状態ではなく、小柄な青年のような風貌。まだ完全にとはいえないまでも、怒りは静まっているようだね。

グラスの高級ワインに口をつけ、つまみにだされた生ハムをフォークで刺して食べる。濃い味付けの生ハムはワインととても合う。凄く美味しい。


「美味しいですね。これは何処の生ハムですか?」

「王都の商業地区にある”マイル”という食肉専門店のものだ。店員に生ハムが欲しいと言えば、出してくれるだろう」

「先日行ったばかりなのですが、これは早々にもう一度行かなくてはなりませんね。きっと、フィオナも好きになります」

「二人で晩酌の際に楽しむといい。と、まぁ無駄話はこれくらいにして」


グラスを机に置いたベフトは、足を組み一拍置いた後に口を開いた。


「先日国王陛下と話し合いをし、彼らの処分を決めたよ」

「そうですか。して、どのように?」

「三ヵ月間の謹慎後、彼らには事務仕事へと回ってもらう。生徒を脅すような者を指導する立場には置いておくことはできん。だが、魔法士としての戦力としては惜しいのでな。学校の職員としては残すこととなった」

「今後は、生徒と接触することもほとんどないというわけですか」

「あぁ。謹慎期間中に、自らがしたことをよく反省して頭を冷やしてもらいたいものだ」


甘いとは言わない。いけ好かないとはいえ、彼らが魔法士としてそれなりに優秀なことは理解しているからね。人間性はともかくとして。有事の際、人手はないよりあったほうが当然いい。学校長と国王陛下の判断は、間違ってはないかな。


「陛下は何と?」

「既に君たちから事情は聞いていたようだが、お嘆きになられていたな。今後は魔法技能だけでなく、人間性も重視するべきだろうと。勿論、今までも人間性は評価の対象にしてはいたが」

「より厳しく、ということですか」

「あぁ。魔法士は我の強い性格が多いことは承知している。だが、少なくとも生徒を脅すような人格者には注意せねば」

「真っ向から反抗して、尚且つ相手の心が折れるまで言葉の暴力で叩き潰すフィオナのような子ならともかく、気弱な子はそれで魔法士を諦めてしまうかもしれませんからね」

「それは避けねばならん。魔法士はこの国の宝なのだから」


今の若人が未来の王国を──ひいては世界を作るのだ。有望な子らの未来を奪う人は、事前に選別しないと。今後のベフトの働きに期待、かな。


「何かあれば、僕もお手伝いしましょう。子供たちを護るのは、大人の役目ですからね」

「私から見れば、君もまだまだ子供だと思うが。十八だったか?」

「はい。と言っても、血液から年齢を測定した結果ですが」

「……そうか。君については、色々とわからないことが多いのだったな」

「そうですね。誕生日に関しても、僕がフィオナと初めて会った日になっていますし。決めたのはフィオナです」

「記念日であることに変わりはないのだろう? それこそ、フィオナ君にとって自分が生まれた日よりも大切な日なのだと思う」

「と、思ってくれているのならば、僕は嬉しいですけどね」


会話の合間に、グラスのワインを一気に飲み干す。

このワインも一気飲みできるくらいに美味しい。流石に値が張るだけのことはあるな。


「そういえば、フィオナ君はいないのか? 君がここに来るとき、彼女はいつも必ず一緒にいると思うのだが」

「今日は御留守番です。といっても、図書館での仕事が少し多かったので、疲れたのでしょう。とても眠そうな顔をしていたので、流石に休ませた方がいいと思いまして」


少し多い、と言ってもフィオナの負担は大きかっただろうね。疲れた状態で同行させるわけにもいかないし、知己の使用人さんにフィオナを託してここに来たというわけ。


「そうか。今は彼女も労働の大変さを学んでいるところか」

「元より公務を行っていますから、労働の大変さは理解していると思いますけど」

「公務は精神的に疲れるのだろうが、図書館での仕事は、そちらよりも肉体的な疲れが伴う。上階へ行くだけであれだけ疲れる建物など聞いたことないぞ」

「それは同意しますが、魔法を使えば簡単に上り下りができますし、そこまで苦には感じませんね」

「それは君の魔力量が異常だからだろう。君の雷天断章ラミエルはどれほどの魔力を保有していたんだ? いや、そもそも君の内包魔力が尋常でない量だったのか」

「後者ですね。昔から、魔力だけは多かったので」

「羨ましい限りだ」


魔法士というのはどれだけ魔力があっても足りないもの。微々たる量でも、多ければ多い程にいいのだ。魔導書との契約時には魔導書自体が持つ魔力を丸々行使することができるようになるが……それほどの量を持つのはどれも高位の魔導書だ。能天使パワーズで膨大な量の魔力を持つというのは、普通考えられない。


「それよりも意外なのは、フィオナ君が素直に君を一人で出歩かせたということか。てっきり、是が非でもついてくるものと思っていたよ」

「勿論、相当駄々は捏ねましたよ」


眠気からいつもより甘えん坊になったフィオナは終始僕の服を掴んで離れず、最終的には「私と一緒にいるのが嫌なの!?」と涙を滲ませ始めた始末。流石に心が痛くなったけれど、そこは付き合いが長い僕の経験が勝ったね。


「帰ったらたくさん甘えさせてあげると言ったら、すぐに引き下がりました。帰ってからが大変ですね。眠っていることを期待しますけど」

「相変わらずか。本当に、もう結婚すればいいのではないか? 陛下からも言われているだろう」


心底不思議そうにワインを注ぎ足すベフト。これは、陛下から話を聞いたのかな。あの人もお喋りなことで。


「僕にも、色々と事情があるんですよ」

「他に女性が?」

「図書館に籠りきりだと、出会いがありませんよ。そうではなくて、僕は自分の目標を達成するまで結婚することはできません。特に、フィオナは王族ですから」

「だが、彼女も十八だ。加えて、あれほどの美貌。縁談などは山のように来ているだろうに」

「国王陛下とフィオナ自身が全て問答無用で却下しているようでして」

「だろうな。一度見初めた相手を、そう簡単に手放すとは思えんし。愛されている証拠ではないか。それで応えてやらぬのは、男の恥だぞ?」

「……まぁ、今はまだその時ではありませんから」


逃げの言葉だとわかっていても、口にせざるを得ない。このまま話を進めたら、確実に失言をしてしまいそうだからね。

まぁでも、僕としても応えてあげたいとは思ってるよ。


「ふふ、その辺りはまだ年相応か。何かあれば、年長者の私を尋ねると言い。相談くらいは乗ってやろう」

「その時はお願いします。まぁ、極力自分の力で解決しますけど」


そう返し、僕は再びワインに口をつけたのだった。

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