第16話 天神
翌日。
「いいですよ、シオン様。その調子です」
「は、はい……」
仕事を早々に終わらせた、休憩時間中。
図書館の司書室のソファに腰を下ろした僕は、片手に紅茶を持ちながらシオン様に視線を向けた。
シオン様は司書室の端に直立し、彼女の魔導書──
彼女が行っているのは一定量の水を生成し、その形状を一定時間安定に保つ訓練だ。将来魔法士として活躍する中で絶対必要になるスキルであり、最低限できなくてはならないことでもある。
最初は意識を魔法に向けないと維持することも難しいけど、慣れてくれば意識を他に向けていても魔法を維持することができるようになる。大体一ヵ月程でマスターする子が多いけど、シオン様にはこれを二週間でできるようになってもらいたいね。
「シオン様。もう一つ水球を増やしてみましょうか」
「こ、これ以上ですか?」
「はい。そのまま水球を維持した状態で。今のシオン様ならできると思います。頑張ってください」
「わ、わかりました」
おずおず、意識を極限まで集中させ、シオン様は小さな水球を一つ生成し、自身の周囲へと漂わせる。と、今まで維持していた水球が一斉に一回り小さくなり、一斉に床へ向かって垂直に落下してしまった。
床に着地する寸前、僕は風魔法で空気の渦を生み出し、シオン様が生成した水球を宙へと浮かべて掃除用のバケツへと入れた。床を水浸しにするわけにはいかないからね。
「すみません……」
「大丈夫ですよ。しかし、もう少し集中力を鍛えましょうか。智天書を持つ魔法士なのですから、相応の実力を身に着けないと」
僕の言葉に、シオン様は肩を落としてしまった。少し言い方が厳しかったかな?でも、これくらいのことでめげるようではいけない。魔法と同時に、精神力も鍛えないと。
と、僕の対面に座っていたフィオナが苦笑した。
「貴方も結構厳しいのね。この訓練は、まだ彼女には厳しいと思うのだけど?」
「厳しいとは思ってるよ。同年代の子たちに比べて、難しいことをさせていることも理解している。だけど、僕はシオン様を信じてる」
手招きしてシオン様を僕の隣に座らせ、頭を撫でつけた。
「この子には才能があるんだ。既に一度、水天慈章の力を引き出すことができている。今はまだ未熟でも、将来確実に国を支える魔法士になってくれるよ」
「あ、あの、セレル様。嬉しいのですが……あまりプレッシャーをかけないでほしいです」
「大丈夫。僕が立派な魔法士にして差し上げますからね。来年には、水天慈章の固有能力を使いこなせるようになりましょう」
「は、はい!」
水天慈章の固有能力はまだ不明だけど、恐らく水に関連する能力だろうね。古城の貯水層で使った、あの力。使用者の水系統魔法を飛躍的に向上させる……いや、そんな単純なものではないか。他の智天書や熾天書の例に漏れず、複雑な能力だと思う。
フィオナは僕がシオン様の頭を撫でつけているのを不満そうに見ながら、口を開いた。
「固有能力って、
「本当はね。でも、シオン様の水天慈章はそういうわけにもいかないんだ」
「どういうこと?」
困惑気味のフィオナに、シオン様は説明する。
「この子の固有能力は、まだわからないんです」
「? 所有者なら、契約した魔導書の固有能力は契約時に理解しているんじゃ?」
「いえ、契約した時にはその情報は流れ込んでこなくて。でも、古城に連れ去られたとき、この子の声が聞こえたんです。私と貴女は一心同体だから、って」
「魔導書が自我を持っているなんて、聞いたことないけど」
普通はそうだ。幾ら契約する書物だとしても、所詮は本。命が宿るものではないし、ましてや喋るなんてありえない。これが一般的な考え方だ。
でも、僕は少し違うと考えている。
「魔導書には、何か特別な存在が宿っているんじゃないかな」
「特別な存在、というと、精霊とか?」
「そうだね。それもありえる。シオン様、魔導書と契約する時はあくまで対等な関係でお願いした方がいいと言ったのは、覚えていますか?」
「はい。勿論です」
「つまり、セレルは魔導書には精霊のような存在が宿っていて、それがシオンに語り掛けたって言いたいわけ?」
「可能性はゼロじゃない。魔導書を当たり前のように使っているけど、全てを理解しているわけじゃないんだから。勿論、僕の
「──(静音結界を構築)、ある意味、熾天書なんて一番謎だらけじゃない」
紅茶を飲みながら、僕も苦笑する。
フィオナの言う通り、熾天書は謎が多すぎる。正直、これほどの力を一個人が持っていていいのかと思ってしまうくらい。
「契約している僕ですら、わからないことが多いんだからね」
「どうしてそんなに強い力を持っているのかっていうのもあるけど、私が一番疑問に思うのは、どうして熾天書を持つ『天神』は全員例外なく頭のネジが外れているのかってことね」
「頭の、ネジですか?」
シオン様が首を傾げる。
昔から常々言われていることだけど、そこに関しては僕は不服を申し立てたい。
「フィオナの言う通りだと、僕も頭のネジが外れていることになるんだけど?」
「間違ってないでしょう? 性格とかは問題ないけど、この図書館の本を全て網羅している時点で外れてるわ。脳内で処理できる情報量が人間を凌駕しているのよ」
「ぐッ……」
「ま、貴方に関してはそれだけね。他の『天神』は全員性格からしてイカれているから。強さと引き換えに、人間としての常識や人格が崩壊しているのよ」
そこまで言うか。
僕は直接会ったことないんだけど、フィオナの話を聞く限り相当ヤバイのは理解しているよ。でも、ちょっと誇張しすぎじゃないかな?
「フィオナ様は、他の『天神』と会ったことがあるのですか?」
「公務で何度かね。それでも会ったことがあるのは従順に国に仕えている二人だけ。他の四人は国に仕えていることになってはいるけど、それは紙面上だけ。実際は国の命令何て一切聞かずに自分たちの組織を作ったり、一人で自由に行動している人が多いわ」
「そ、そうなのですか」
「で、たちが悪いことに、他者とは隔絶する力を持っているから、例え王であっても口出しすることはできないの。魔法士の軍を向かわせても、『天神』にはたった一人で殲滅するだけの力があるからね」
その力こそ、彼らに『神』の呼称がつけられる由縁。『神』に対抗することができるのは、同じ『神』の名を冠する者だけだ。
「智天書以下の魔導書にも固有能力が一つ存在しますが、熾天書は固有能力が三つ存在しています」
「三つ……」
「はい。しかも、その全てが強力無比で複雑な能力です。例えば、僕の
「あら?
「あれは熾天書なら全員持っているデフォルトだよ。だから、固有能力じゃない」
「あの焔と天秤以外に、二つですか……」
そりゃあ、強さのバランスが崩壊してもおかしくないよね。正直
「シオンも立場的に、いずれ会うことになるかもしれないから憶えておきなさい。『天神』は全員人格異常者ってね」
「流石に酷い気がしますけど……一応、気を付けておきます」
「フィオナは大袈裟だよ。僕は別に大丈夫なんだから、他の人たちだって──」
「だ・か・ら! 貴方は本当に珍しいだけだって言ってるでしょッ!!!」
がるるッ! と威嚇するように唸ったフィオナはそれからしばらく、どれだけ『天神』がやばいのかを力説した。
そこまで言われると逆に会ってみたくなったのは、言わない方がよさそうだ。
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