第14話 続・追跡

喫茶店を出た後も、私たちのストー……追跡は続きました。

食器類などの小物を扱うお店や洋服店、お茶菓子を扱うお店など、様々な場所を回りました。商業地区全体を網羅したのではないでしょうか?王都でこれほどまで歩くというのは、初めての経験です。

お店に立ち寄る度にフィオナ様とセレル様は何かを買われていたようで、店内から出て来るとセレル様の両手の荷物は増えていました。まぁ、それも途中からは魔法で周囲に浮かせるだけだったのですが。何時間も魔法を維持し続け、尚且つ電磁網と並列発動、加えてフィオナ様と買い物を楽しまれるなんて、もはや人間技ではありません。当のセレル様は全く苦労している様子もなく、終始微笑みを浮かべられていましたが。


そんな二人を追いかけているとあっという間時は流れ過ぎ、気がつけば空が茜色に変化する夕方。遠くでは烏の鳴き声が木霊し、夜が訪れることを告げていました。

商業地区にいた人もまばらになり、家族連れなどは既に帰路についているのでしょう。他にも、少し早めの夕食を取るためか、酒屋やレストランにちらほら人が入っていきます。

そんな中、私たちの視線の先──商業地区の噴水広場にあるベンチではフィオナ様とセレル様の二人が並んで便利に腰かけ、道中の露店で購入したフルーツジュースを飲んでいました。

透明なガラスの容器に入れられたフルーツジュースは色鮮やかで、容器の表面には結露した水滴が幾つも浮かんでいます。ちなみに私たち三人も同じものを買いました。甘酸っぱくて、とても美味しいです。飲み終わったら容器回収箱に入れないと。


「いやぁ……今日は滅茶苦茶疲れたっすね」


リーロさんがちびちびとジュースを飲みながらぼやきます。その表情には疲れが見て取れました。


「そうですね。身体というよりは、心が疲れました」

「お、同じく」

「あぁ~、格の差を見せつけられたというか、一緒に過ごした時間の違いってやつを感じちゃいました?」

「「遺憾ながら」」


不貞腐れた私たちは一気にジュースを半分ほど飲み干します。

大変、大変遺憾で認めがたいですが、現状ではフィオナさんが一歩リードしているようです。セレル様の気持ちも、彼女に傾いています。


「でも、まだ完全に決まったわけではありませんから」

「そ、そうです!人生っていうのは、どう転ぶかわからないものなんですから!」

「諦めない気持ちは評価するっすけど、私としてはあまり野暮なことはしない方がいいかと」

「野暮とはなんですか!恋路に障害物はつきものなんですよ!?」

「では、フィオナ王女にとっては二人は障害物となるわけっすか」

「リーロ。恋敵というのは互いに障害物である存在なのよ」

「やっと初恋が来た人にそんな恋愛上級者のようなことを言われても」


リーロさんのジトッとした視線に、シセラさんは下手な口笛を吹きならします。初恋とは上手くいかないものだと聞きますが……前途多難そうですね。

でも、その言葉が本当とは言えません。いつだって、本人の努力次第なんですから!


「ま、フィオナ王女が羨ましいのはわかりますけどね」

「「え?」」

「セレル先生がどうっていうより、初恋の人とああいう関係になれて」


仲睦まじく寄り添う二人を、リーロさんは見つめます。


「フィオナ様が初恋って、どうしてそんなことが?」

「だって、聞けばあの二人は幼馴染のような間柄だそうじゃないっすか。小さい頃から一緒にいて、しかも王女という立場的に他に恋に落ちるような子が身近にいたとは考えずらい。なら、きっと彼女の初恋の相手はセレル先生っすよ」

「でも、そうと決まったわけでは──」

「昔から今と同じような性格だったなら、箱入り娘の王女様は簡単に落ちると思うっすけどねぇ。それも自分がその立場だったなら、間違いなく」


説得力がありますね。確かに、今の歳でさえこうなのです。男の子に理想を抱いている幼少期ならば、ほぼ確実に落ちてます。というかフィオナ様は毅然としているように見えて、意外と惚れっぽい性格ですからね。

シセラさんも同じように考えているようで、頷いていました。

と、その時、フィオナ様が突然セレル様に抱き着きました。それはもう、幸せそうに頬を緩めて。王女殿下ともあろうお方が人前でそんなお姿を晒してもいいのかと、ついついお説教してしまいたくなるほどだらしない笑みです。


「な、なにをしているんですかあの人はッ!!!」

「感極まった感じ?というか雰囲気に流されたみたいな感じっすね。幸せそうでなにより──シセラ一旦手の力を緩めてください容器に皹が入ってるっす!」

「え?いけな──あ、シオンちゃん!」

「へ?って、冷た!」


慌てたシセラさんが手にしていた容器に残っていたジュースを零してしまいました。その中身は、私の首筋にかかって……よく冷えていたこともあってびっくりしてしました。


「ご、ごめんね!」

「いえ、これくらい──」


申し訳なさそうにハンカチを取り出したシセラさんに大丈夫と伝えようとした時、どこからともなく純白のタオルが投げ渡され、私の首にかかりました。

洗いたてのようで、とてもいい匂いがします。

リーロさんがタオルの飛んできた方向を注視し、首を傾げました。


「どなたからっすか?」

「うちのメイドですね。最初からついてきているのは分かっていましたから。ジュースが零れたのを確認して即座に、だと思います。一応姿を現すわけにはいかないと考えて、投げ渡したと。別に堂々と出てくればいいのですけど」


私たちは一応、王国の貴族という身分です。

その身に何かあれば一大事ですので、常に護衛をつけることが義務付けられています。今も私たち三人を、遠くから見守っている護衛の人たちがいるはずです。特にうち──ベルナール家は、普段はメイドとして働いている使用人の方々も、並大抵の実力ではありません。

このタオルは、一応メイドとして、というところですかね。

受け取ったタオルで濡れている箇所を拭きながら、私はベンチに座る二人を見ました。

力強く抱き着いたフィオナ様の頭を、セレル様は優しく撫で付けています。困った妹をあやすようにも見えますが、まんざらでもなさそう。きっと、二人にとっては日常茶飯事なんでしょうね。羨ましい限りです。


「私も、いつかあんな風になれる時が来るのでしょうか」

「それはわからないっすね。魔法士の戦い同様、最後に勝つのは一人だけっすから」


……戦いの勝者は一人だけ。

しみじみと呟いた私は、タオルを首からかけ、西の空に沈みゆく夕陽を見つめるのでした。



やれやれ、そろそろいいかな。

フィオナをあやしながら、僕はちらりと後方で僕らの様子を窺う少女たちを見やる。結局最初から最後までついてきたみたいだけど、退屈だっただろうな。別に僕らの買い物なんて変わったところもないだろうし、ただ移動しただけにすぎない。僕らが店内にいる時も、彼女たちは外にいたようだし。これならこっそりジュースでも買って渡しておくべきだったかな。


まぁ何にせよ、喫茶店を出てからは声を拾わないように配慮もしたし、十分フィオナだけに意識を集中することが出来たと思う。

あ、ちなみに彼女たちのことは当然──。


「フィオナも気が付いていたんだろう?」

「当たり前でしょう。あんまり私を舐めないでよね」

「もしかして、彼女たちに見せつけるために必要以上にひっついていたの?だとしたら性格が悪いと思うんだけど」

「そんなわけないでしょ。単に、私がそうしたかったからよ」

「ならいいよ」

「いいの?」

「これくらいなら、僕にも叶えてあげることができるだろう。無理のないお願いなら、大体は受け入れるよ」


言うと、更に力を込めて抱きしめ顔を胸に埋めて来る。

流石に力が入りすぎると痛いかな。でも、これくらいのことで満足するなら。

それに……流石に色々と言っておかないといけないからね。主に貴族の令嬢たちが尾行行為をするとはなにごとか、という感じのことを。はぁ、休日にお小言を言う羽目になるとはね。


僕は一応フィオナの了承を得て、追跡してきていた三人の少女たちを手招きした。

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