第13話 デート観察

セレル様とフィオナ様の後をつけてやってきたのは、黒い屋根と白い壁が特徴的な喫茶店。隠れた名店とも言える場所なのか、店内にいるお客さんは比較的少なく空いています。

内装はとてもお洒落で、観葉植物や間接照明が店内を彩り、ここで紅茶を飲んでいると凄く落ち着きます。店内にいるお客さんの中には本を片手に紅茶を飲んでいる人もいて、長時間いることもできるようですね。

そんな物静かなカフェの一階最奥の席に、二人は座っていました。

向かいあい、注文したホットサンドを仲睦まじげに食べている様子は本当に恋人のようです。セレル様は普段と変わらぬ笑顔を浮かべていますが、対面のフィオナ様はそれはもう幸せそうな笑みで……嫉妬してしまいます。


「いいなぁ、フィオナ様。私もセレル様と一緒に……」

「まぁ、想い人とデートするのは誰しも憧れますからね。特に、年頃の女の子でしたら、ああいう雰囲気を羨ましく思うのも無理ないっす」


一階が見えるカフェの二階に上がった私たち。

リーロさんが手元のサンドイッチを食べながら頷きます。その隣では、シセラさんが微笑を浮かべながら紅茶を啜り、虚無の瞳を開いて言いました。


「恋に恋する子たちが多いからね。恋人と一緒にデートしたり、同じ時間を過ごしたいと思うのは当然だよ。歳上だし、普段は大人に見えるかもしれないけど、フィオナ様も年頃の女の子だし。セレル先生と同じ十八歳の、家柄も容姿も完璧な女の子……」

「シセラさん、目が全く笑っていないです。怖いです」

「大丈夫だよ、シオンちゃん。私はとっても落ち着いているし、穏やかな心境だから」

「全然信用できません!」


思わずツッコみます。

以前からセレル様に好意を持っているかもしれないと思っていましたが、ここまでとは……。一人の男性を巡って、戦いが起きる予感までします。

幸いだったのは、フィオナ様がセレル様に夢中でこちらに気が付いている様子がないことですね。いえ、とっくに気が付いていて、それでも気にしていないだけかもしれませんが。


「というか、二人はそれでいいんすか?」

「いい、とは?」

「いや、端的に見て二人はセレル先生に想いを寄せてるライバルなわけじゃないっすか。恋敵って普通、一緒に行動しないものだと思うんすけど」


リーロさんの問いは尤もです。

敵同士、牽制し合い決して仲良くすることはありえません。けど、別にそうしなければならないというわけでもありませんからね。気が合うという点では、良い友人関係を築いています。

まぁ、あと──。


「今の私たちに、互いを牽制している暇なんて全くありませんよ。その間にフィオナ様に横取りされます」

「今でさえチェックがかかっている状態ですから。あと一手もあればチェックメイトです。争う余裕はありませんよ」

「そ、そうっすか。あと横取りは御二人の方だと思うんすけど。多分、フィオナ王女の方が想ってる期間長いと思いますし……」

「「う」」


そ、それはそうかもしれませんが……。

言い返せない私たちに、リーロさんが追撃します。


「こんなこと言うのはあれかもしれないっすけど、セレル先生も若干、というかあと一押しすれば完璧に倒れるくらいまで、フィオナ王女に気持ちが傾いていると思います。今は何か、理由があって彼女への気持ちを抑えているみたいな?」

「ど、どうしてそこまでわかるの?」

「人間観察は自分の十八番っすから。想いを寄せる人物を前にすると、人って意外と行動に出るんすよ? まぁ、その点で言えばセレル先生はちょっと違和感がありますけど」

「違和感、ですか?」


私とシセラさんが首を傾げると、リーロさんは少し頷いた。


「なんていうか、普段はそんなことないんすけど、時折人間味がなくなるというか」

「具体的には、どんな風に?」

「上手く言えないんすけど、異常に神々しく見えるというか、とてつもない気品が滲み出るというか……同じ世界で生きている人間とは思えなくなるんすよ」

「「??」」


言っている意味がよく理解できませんね。

同じ世界で生きている人間ではない、なんて。まるでセレル様が私たちとは違う生物ではないみたいな言い方です。何処からどう見ても、彼は立派な人間だというのに。ま、まぁ、確かに私たちとはかけ離れた魔導書と契約はしていますけど。二人には言えませんね。


「ま、あんまり気にしなくていいっすよ。単に先生が格好いいんで、学校にいる男子とかと比べ物にならないってだけっすから。先生のおかげで、うちの学校は恋愛成就率が異常なくらい低いですし」

「え? そうなの?」

「そうっすよ。というか、シセラみたいな子が多いからっすからね?」


言われたシセラさんは理解できていないようだけど、私はわかりました。つまり、こういうことですよね。


「セレル様という理想が近くの図書館にいるので、自然と学校の男子生徒のレベルが低く見えてしまうんですよね。低位階の魔導書で宮廷司書になり、尚且つ智天書を持つ魔法士と同等以上の実力です」

「うちの学校は優秀な生徒も多いっすけど、それと同じくらい位階に絶対の自信を抱いている馬鹿も多いっす。高位階だから自分は強いと。で、そういう間違った自信を持つ男子が好きな女子に告白しても、失敗するんすよ」

「まぁ、女の子は理想を追いかけるものですから」

「というか、シセラが月に何度も告白を受けているのに全て断っている理由はそれじゃないっすか」

「そ、そうですけど……」


ちらり、とシセラさんは遠くの席にいるセレル様を見やり、溜息。


「今更、他の男の子と付き合いたいなんて、思えません」

「「……」」


頬を赤くしながら俯いたシセラさんは、同性である私たちから見ても魅力的に視えます。これは惚れてしまう男の子も多いでしょう。玉砕率百%の高嶺の花ではありますが。

……罪な人ですね、セレル様は。

なんてことを思いながら、私は手元に運ばれたチーズケーキをフォークで突き刺し、一口。ほんのりと甘く、美味しいです。


「シセラさんは、何がきっかけで?」

「えっと……」


再び頬を赤く染めたシセラさんは、両手をそこに当てながら小さい声で呟きました。


「わ、私、一年生の時は魔法が苦手の落ちこぼれで……。容量も悪かった私に、セレル先生は根気強く勉強を教えてくれたんです。で、その、気がついたら」

「なるほど……」


よくあるパターンですね。よくしてもらっていたら、自分も気づかぬうちに目で追ってしまっていた。乙女力高いですね。


「そ、そういうシオンちゃんは?」

「私はセレル様に命を助けてもらってから、ですね」

「へぇ、命の危険に晒されたんすか?」

「はい。以前取り潰しになったグランツ伯爵家によって病をかけられ、一時は死の間際にまで。魔法医ですら見放したその病を、セレル様は失敗することも恐れずに治療してくださって……とても格好よかったです」


あの時のことを思い出すだけで、頬が緩んでしまいます。普段の優しい表情とは違い、決死の表情で雷を操るセレル様は一生忘れません。


「セレル様がいなければ、今この場に私はいません」

「なるほどぉ。それは好きになっても仕方ないっすねぇ~」

「そうです! 私は必然的にセレル様に──「あ」」


私とシセラさんはあちらに聞こえない程度の小さな声を上げ、目を剥きました。


「お、同じフォークであーんしましたよ!? ふ、不埒です!」

「フィオナ様のあんな表情、見たことありません! あの方も、あんな恋する乙女の顔をなさるのですね…………(カチャ)」

「ちょっとシセラ何を持ってるんすか。それフォークの持ち方じゃないっすよ!?」



他のお客さんに迷惑がかからないよう、三人の周囲に静音魔法をさりげなく発動し続ける。この静かなお店で騒がれては困るからね。後であの子たちには言っておかないと。

あと、遠く離れているからって本人と同じ空間で恋話はやめてほしい。僕は常に電磁網を展開しているから、彼女たちの声は空気の振動として自動的に集音してしまうんだから。丸聞こえ。恥ずかしすぎるよ。

と、彼女たちに若干呆れていると、前方から不機嫌そうな声が。


「もう。何処に意識を割いてるの?」

「え? あぁ、いや──」

「今は私に集中、して?」

「……」


そうだね。今は、君だけに集中することにするよ。

差し出されたフォークに乗ったベリーを食べながら、僕は思う。

上機嫌の時のフィオナは、とてつもなく可愛いね。

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