第12話 教え子の不安

翌日、王都南部にある商業地区。

数多くの店が立ち並ぶこの地区には、休日になるとたくさんの人が訪れる。喫茶店に宝飾店、はたまた魔道具店等、目的のものは大抵この地区に来れば買うことができるので、王都の民には非常に重宝されているのだ。

僕もここには何度も足を運んでおり、日用雑貨等はここで買い揃えている。値段も安く、良質な物が揃っているからね。財布にも優しい。

既に見慣れたものとなっている光景を扉から眺めていると、不意に僕の肩が突かれた。


「ん?」

「ねぇセレル。どっちが似合うと思う?」


宝飾店内にいたフィオナが二つのネックレスを持ち、僕の意見を求めて来る。

右手には蒼く球体に加工されたサファイア、左手には紅く正方形にカットされたルビーのネックレス。どちらも綺麗で、美人なフィオナには似合いそうだ。


「どっちも似合うと思うけど……強いて言うなら、サファイアかな」

「こっち?」

「うん。蒼い方が、僕の好みだ」

「じゃあ、こっちに──あ、ちょっと!」


フィオナを無視してサファイアのネックレスを奪い取り、そのまま会計。そこそこ値は張るけど、普段使わずに溜め込んでいるので痛手ではない。

試着は済ませていたし、とても似合っていた。


「別に自分で払うのに」

「プレゼントってことで。それに、少しは格好つけさせておくれ」

「……ありがと」


そっぽを向きながらも嬉しそうにしているフィオナに、僕は店員さんから受け取ったネックレスを着ける。こっそり彼女の綺麗な髪の感触を楽しみながら、後ろ首で留めた。

正面を向いたフィオナは、太陽のように輝かしい笑顔。そんなに嬉しいのかな。


「うん、綺麗だよ」

「へへ、大事にするわね。貴方からの五十六個目の贈り物」

「なんで数を覚えてるんだよ」

「忘れるわけないでしょ。全部、思い出に残っているんだから」

「どんな記憶力しているんだよ、君は」


呆れながらも、一つも捨てられていないことを嬉しく思う。

自分が贈ったものを捨てられるのは、やっぱり寂しいからね。特に、僕はフィオナに適当に選んだものをあげたりしないし。

それに、プレゼントを貰ったフィオナはとても嬉しそうにするから、ついついね。


「で、次は何処にいく?」

「そろそろお昼だし、喫茶店にでも入ろうか。美味しい店を知っているんだ」

「じゃ、そこにしましょう。ふふ、いいわね。こうして羽を伸ばして休日を満喫するのって!」


僕の腕に抱きついたフィオナは嬉しそうに言い、僕らはそのまま腕を絡めた状態で歩きだす。

その際、ちらりと、道端に置かれている大きな看板の方を一瞥。

先ほどから僕らをじ~っと見つめている、顔馴染みの少女たちを視界に入れ、小さく溜息を吐いた。


「バレバレですよ、お嬢様方」



セレル様がちらりとこちらを一瞥したのを、当然私たちは確認していました。その間もずっと、フィオナ様がセレル様に身体を押し付けていることも!


「あ~、これは確実にセレル先生気が付いてるっすねぇ」


へらへら笑いながらリーロさんがそんなことを言います。わかっています。わかっているけど、ここまで来てやめることなんてできませんよ。

折角今日は朝早くから集まって、セレル様とフィオナ様がおでかけするのをつけてきたんですから!


「リーロさん」

「はいはい」

「あの二人、これからどこに行くと思いますか?」

「もうお昼時っすからね。そろそろ昼食に行く頃かと。自分耳がいいんで、二人の声は少しだけ聞こえてましたし」

「問題は何処で昼食を取るか、ですか」


商業地区には外食店が幾つもある。

果たして何処に行くのでしょうか。最悪のパターンは個室のある店に入られることですけど……ありえますね。今は御忍びとはいえ、彼女は王族ですから──あ!


「曲がり角に!早く追いかけないと──」


と、私が駆けだそうとした時。


「シセラがいるんで見失うことはないっすよ」

「……速い」


唖然とする私の視界の先──二人が曲がった角のすぐ傍に、もう一人の同行者の姿がありました。セレル様の前にいる時のような、おっとりした雰囲気はまるで皆無。獲物を狙う猛獣のように視線を鋭くして、ただ一点を見つめています。

それが誰なのか……わかっているけど、認めたくない。だって、普段と全然違い過ぎるッ!!


「だ、誰ですか、あれ」

「現実逃避はよくないっすよー。何処からどう見ても、シセラじゃないっすか」

「し、シセラさんはあんな殺し屋みたいな目をしていませんッ! 目に光がないです! というか手に何を持っているんですか!? 氷で刃物を生成してますよ!?」

「お、落ち着くっす。幾ら何でもシセラはそんなことしないっす。というか仕掛けてもセレル先生に返り討ちに遭うだけっすから!」


言いながらも、私たちは急いでシセラさんの元へと駆ける。駄目。このままあの人を一人にすれば、いつか過ちを犯してしまう!


「し、シセラさん!」

「……あれ? シオンちゃん? さっきまで一緒にいたはずだけど」

「無意識!? 無意識であんな殺意を剥き出しにしていたんですか!?」


私たちが声をかけるとシセラさんの目には光が戻り、氷の刃も霧散しました。

危ない。注意しないと、彼女は危ないです。


「そもそも、今日はなんでこんなことしてるんすか? 自分が合流した時には、二人共気合と熱意に満ちていて、何も説明されなかったんすけど」

「決まっています!」


気怠そうにするリーロさんに熱意を持って説明する。


「最近、セレル様はフィオナ様につきっきりで、私たちに全く構ってくれません。このまま放置していたら、あの二人の関係が進展してしまいます!」

「も、勿論選ぶのはセレル様なので、文句を言うことはできないんですけど……後をつけて、軌道修正するくらいのことはしてもいいかと」

「なんて言ってますけど、これただのストーカーですからね」

「「……」」


視線を逸らす。

わかってはいましたけど、改めて言われると心に刺さりますね。でも、だとしてもこのまま黙っているわけにはいかないんです!


「はぁ、恋する乙女ってのはこれだから……」

「ひ、否定はしませんけど……あれ? ということはシセラさんも──」

「え? あ、そのぉ……」


上を向きながら顔を赤くするシセラさん。その行動は、肯定ととって問題はないですね。あぁ、そうですよね。セレル様って、競争率とてつもなく高いですよね。


「ちなみに言っておきますけど、図書館に来る女性たちって、セレル先生目的に来る人も多いっす。あの人、基本的に誰にでも優しいし、あの外見っすからね。勘違いする人が多いんすよ。本人は鈍感じゃないんで、ほとんど気づいてはいるけど手出しはしないみたいな。フィオナ王女と一緒にいれば、大半の人は諦めるようですし」

「や、優しくされたからって勘違いするなんて」

「ちょろい人もいるものですね」

「いやどの口が言ってるんすか」


呆れた様子のリーロさん。

べ、別に私は優しくされたからというわけでは……。二度も命を救われていますし、恋心を抱くのは半ば当然というか。

と、とにかく、私はそこいらにいる簡単に落ちるような人たちは違うんです!


「まぁ、いいっすけどね。それより、いいんすか? あの二人、もう見えなくなりましたけど」

「「あ」」


我に返った私たちは、すぐに二人が消えた方向へと走り出します。

ここで監視せずに放置したら、最後まで突き進んでしまうかもしれません。絶対に、逃すわけにはいきません!


「あーもう、セレル先生。恋する乙女なんで、許してあげてください」

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