第10話 学校長(強化形態)

「珍しいですね。貴方がここを訪れるなんて」

「まぁ、色々と事情が事情なのでな。あぁ、ありがとう」


紅茶を差し出し、僕はベフトが腰を下ろした対面のソファに着席。

背もたれの後ろでは、先ほどまでソファに座っていた三人の生徒。事前にベフトの姿を見ていたシオン様には動揺は見られないけど、初めて見るシセラとリーロは困惑気味に背もたれから顔を半分だけ覗かせていた。


「あ、あれが学校長?」

「いや姿変わりすぎっすよ。あれ、魔法士というか格闘家じゃないっすか」


どうやら、目の前にいるのが本当に自分たちの学校長なのか疑っているようだね。その気持ちはよくわかる。僕も初めて見た時は、何が起こったのかわからなくなったし。

隣に座っていたフィオナがちらりと背後を見やり、ベフトに一言。


「説明してあげなさいよ」

「ん? 何をだ?」

「後ろの子たちに、今の貴方の姿について。私たちは以前にも見ているからいいけど、この子たちは初めて見るんだろうし」

「あぁ、そうだったか」


カチャッと手にしていたティーカップをソーサーの上に置き、ベフトは随分と強面になった顔で笑顔を作った。普通に怖い。


「驚かせてしまったな。私は怒りが一定のラインを超えると、こうして身体が強化されるのだ。身体が急激に進化を遂げ、より男性的な姿へと成り代わる。いやはや、少々服が窮屈でいかんな。今なら何者にも負けんだろうという、自信は湧いてくるのだが」

「「は、はぁ」」

「誰にも負けない、ねぇ」


意地悪い笑みを浮かべたフィオナが足を組んだ。

あぁ、これは虐める気満々という表情だね。何度も見ているから、よくわかるよ。


「な、なにが言いたいのだね」

「い~え? 何物にも負けない自信があるのなら、ちょっとセレルと勝負でもして来たらどうかと思っただけよ。幸い、今日は宮廷魔法士団の訓練は休みだから、王宮の訓練場は空いているだろうし」

「か、勘弁してくれ!」


大慌てで両手を振り、真っ青な顔で僕とフィオナを交互に見る。


「嫌だぞ!? 攻撃しても全て逸らされ、尚且つ気絶しない程度の電流で激痛を浴びせられながら長時間戦うというのは!!」

「いやだなぁ。そんな酷いことをする人がここにいると思いますか?」

「以前やられたのだが!?」

「あれは貴方が怒りで我を忘れて襲い掛かってきたからでしょう? ちゃんと手加減していましたし、戦いが終わった後、肩こりや腰の疲れが消えるという不思議な体験もしていたはずです」

「いや、戦いの後なのに疲れが消えるという奇妙な体験はしたが……あの時のこと

を思い出すに、君の本性はやはり極度のドエス──」

「ん?」


片手に雷天断章ラミエルを召喚すると、ベフトは青い顔を白くさせた。


「い、いや、何でもない。とにかく、君と戦うつもりはないぞ。未来永劫な」

「僕の方はいつでも挑戦お待ちしていますよ。地獄の疲労回復コースで」

「勘弁してくれ……そもそも、君に喧嘩を売るためにきたのではないのだ」


ベフトそう言い、僕らの後ろに控える三人の少女たちに視線を向けた。


「安心したまえ。私を怒らせ、君たちに不快な思いをさせた愚か者共は無期限の謹慎処分にした。君たちには怖い思いをさせてしまったことを、あの馬鹿どもに代わって私が詫びよう。すまなかった」


膝に手を着いて頭を下げたベフト。

自身の不甲斐なさも同時に、反省していることが伺える。彼が頭を下げることは滅多に──僕らにはよくある──ないんだけど、今回は流石にそんなこともできないと考えたのか。

なんにせよ、僕としては及第点かな。


「あ、頭を上げてください学校長!」


シセラが慌てた様子で立ち上がった。


「その、嫌な思いをしたのは事実ですが、学校長が悪いことなんて──」

「シセラ、それは違うよ」

「え?」

「ベフトは学校長であり、責任者だ。学校に属する者が問題行動を起こせば、学校の問題として責任を取る。そしてそれは、教師も例外じゃない。今回は教師が生徒に対して恫喝まがいのことをしたんだ。彼らを監督する立場にある者が責務を怠ったから、このようなことが起きた。その責任はしっかりと取らないと」


そのための責任者だ。

ベフトは頭を下げたまま、僕に同意する。


「セレル君の言う通りだ。ここで私が頭を下げなければ、学校長など飾りだけになってしまう」

「許すか許さないかは、二人が決めなさい。今回の被害者は、貴女たちなのよ」

「も、勿論許し──」

「待つっす、シセラ」


言葉にしかけたシセラを止め、リーロがベフトに尋ねた。


「学校長、あの教師たちは謹慎処分なんすよね?」

「今は、そうだ」

「つまり、いずれは教育現場に復帰してくるということっすよね。生徒に恫喝してきた彼らが、また誰かを教え導くことになる、と」


不快そうに眉根を寄せるリーロ。

彼女の言いたいことは、僕も密かに思っていたことだ。無期限の謹慎なら十分な処罰ではないかと思うけど、僕からすれば甘すぎると思う。

謹慎期間が終われば、また奴らに教えられる生徒が出て来るのだ。一度だけとはいえ、道を踏み外した者を教育現場に戻していいものか。


「今は、と言っただろう」

「それは、どういう意味なのでしょうか」

「私は奴らに、一旦無期限の謹慎を言い渡したにすぎん。正式な処罰については、追って通達することにしているのだ」

「学校長の判断で、処分は決められると思うのですが……セレル様も、この図書館での問題行動に関しては自身で決めていますし」

「えぇ。国王陛下より、議会での裁判を通さず、その場で処罰を下してもよいと承っております。あくまで、簡単なものですがね。図書館への立ち入りを禁止したり、罰として僕の手伝いをする程度ですが」


鉱山送りとか、牢屋入りとか、処刑とか、そういった類に関してはきちんと裁判を通さなければならない。重刑が必要と判断した場合は捕縛して、騎士団へ、という形だ。


「私もセレル君と同様に、学校内での問題は私の裁量に任せると言われているが……これは、王国の未来を左右する話になるのだ。明日、陛下が他国へと行かれる前に相談するつもりだ。既に席は設けてもらっている」

「まぁ、それがいいでしょうね。最低な連中とはいえ、教師になれるだけの魔法士なのだし。そう易々と首にもできない。かといって、安易に復帰させることもできないし」

「……そうっすか。なら、自分は別にいいっす」


納得したリーロは頷く。

一応保留とはいえ、重い処分が下されることになるからね。


「ただ、何かあればすぐにセレル先生の元に逃げ込むので、そのつもりでいてほしいっす」

「了解した。シセラ君については、どうかね」

「わ、私もその、リーロと同じ感じで。一応、来週からは学校に行こうと思います」


シセラとリーロは学校に戻る、と。一応来週用の勉強内容を考えてあったんだけど、どうやらそれは無駄に終わりそうだな。


「で、今日ここに来たのはそれが目的ですか?」

「あぁ。問題の教師たちはしばらく学校には来ないということを伝えに来た。このままセレル君に預かってもらっていては、二人だけ飛び抜けてしまいそうでな」

「別に、優秀になる分には構わないんじゃないの?」

「それで他の生徒の心を折られても困る。いや、それ以前に、そんなことになればセレル君の元に生徒が殺到する事態になるぞ?」

「それはごめんですね。僕は教師ではないんですから」


肩を竦めながら言う。

そういう教育面は、本業の人にお任せしたい。僕に子供を導くという役は向いていないからね。


「それに現状、僕がしているのは解説程度ですからね。本格的な授業は行っていません」

「あら。私には随分と熱心に授業しているように見えたけど?」

「わからないところがあれば教えるさ。特に、三人は呑みこみが早いからね。教え甲斐がある」


背後の三人は皆照れくさそうにしているけど、全員学年トップ層に居る優秀な子たちだ。本当に、将来どんな存在になるのか。


「一先ず、教師たちの処分、再教育をよろしくお願いします。今回のようなことがないように、徹底的にね」

「わかっている。色々と迷惑をかけたな」


これでしばらくは大丈夫だろう。心配事はあるが、そこは僕の領分ではないからね。僕にできるのは、いざという時、彼女たちの拠り所となってあげることくらいだ。

そう再確認し、僕は手元のティーカップに口をつけた。

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