第9話 教え子の事情
翌日の図書館司書室にて。
「それで、フィオナ王女と一緒に住むことになったんですか……?」
シオン様が手にしていたペンを机に落とし、悲しみというか絶望というか、とにかく負の感情を表情に滲ませながら僕を見る。
彼女に並んで座っていたシセラも目を見開いて僕を凝視し、リーロは何故かニヤニヤと笑いながらその様子を見ていた。
そんな顔を見るのは非常に心苦しいのだけど、言わねば。
「まぁ、そうですね。なにぶん、国王陛下からの頼みですので、断るわけにもいきません。それに、実際最近は物騒な人が増えていますから。護衛が少なくなるので、ということです」
「だとしても、王女殿下には護衛が何人もついていますよね? どうしてセレル先生がその役目を担うことになったのですか?」
「探知能力の差でしょうね。僕なら、フィオナに近づく不審な魔力を事前に察知して対処することも可能ですから」
流石にシセラとリーロの前で魔人書のことを言うわけにはいかないので、色々と誤魔化して会話を進めている。いや、本当ならこのこと自体言うべきではないんだけど……どこぞの王女殿下が上機嫌に喋ってしまったから、ね。
もう少し考えてから喋るべきだと思う。
「御父様の命令なんだから、仕方ないわよね? 脳筋で何でも力で解決してしまえばいいみたいなことを言う人だけど、かなりの心配性だし。娘の私を護るには、セレルが常に傍にいるのが一番効果的だって思われたのよ」
「……フィオナ様が一緒って、とても危険な気がするのですが」
「セレル先生、自分の身を護った方がいいっすよ?」
「先生なら、きっと無事でいられます!」
何故か僕に激励を向ける三人の少女たち。
別に危険に晒されているわけじゃないのに、とてもありがたく感じた。
「だから貴女たちの中で私はどんなイメージを持たれてるの? か弱い女の子って普通襲われる側じゃないの?」
「「「……え?」」」
「何よその反応ッ!!!」
歳下にからかわれて憤慨するフィオナは、横から見ていても面白い。
最近、弄られキャラになってきた気がするな。頭も良いし実力もあるし、家柄も凄い。だけど、どうしてかからかいたくなる。可愛いことなんだけどね。
でも、僕らと一緒にいる時は威厳とかは皆無だ。
ちょっと強気で空回りしやすい普通の女の子になる。僕はそっちの方が好みだけど。
「一緒に暮らすと言っても、ほとんど図書館にいるので普段と大差はありません。仕事は沢山ありますし。しいて言うなら、普段の仕事をフィオナが手伝ってくれるくらいですよ」
「でも、夜も一緒なんですよね?」
「それはそうですが、別に変なことは起きませんよ。というか、させません」
「「……」」
「ま、セレル先生は刺されない程度にしておいた方がいいっすよ~」
「ふふ、その時は私が護るから大丈夫よ」
「好き勝手なこと言わない。三人は課題、フィオナは書類の整理終わったの?」
「「「「とっくに」」」」
「そうですか……」
無駄に優秀なだけあるな、全員。ちゃんとやることはやってから御喋りに興じるあたりは素直に褒めるしかない。
「ところで、シセラとリーロは来週から、どうするの?」
「どうする、というのは?」
「学校のことっすよね」
頷くと、シセラは表情を曇らせた。
トラウマになってしまったんだろうね。教師から恫喝だなんて、普通のことじゃないし。
「今週一週間は図書館で勉強していたと思うけど、明日は休みだ。来週からは学校に行くか、このまま図書館に来るか、決めないと」
「そう、ですよね。このままずっと図書館に来るわけにも、行きませんし……」
「無理にとは言わないけど、流石にご学友の子たちも心配していると思うよ。多分、教師たちに関しては制裁が下されていると思うし」
僕はシオン様に視線を向ける。
この中で学校の事情を知っているのは、彼女だけだ。
「学校の教師たちは、どんな様子でしたか?」
「様子というよりも、見かけていませんね。授業も別の先生がやっていましたし」
「見かけていないとなると、謹慎処分ですかね。学校に出てこれないのなら僥倖です。ベフトも、いい判断をしてくれたものですね」
普段は僕らにからかわれているだけだが、流石は王国有数の魔法士。仕事はしっかりとこなすし、思い切った判断もできる。事実を確認した上で、僕らも納得する裁定をしてくれたようだ。
と、シオン様が「ただ」と続けた。
「その、学校長の様子……というか、姿が少し、いや、かなり変だったんです」
「学校長の様子?」
シセラが首を傾げる。
「シオンちゃん、それって、学校長が変な服を着ていたということ?」
「普段から変な服着てるっすけどね。両肩にシルクハット乗ってますし」
「いえ、服ではなくてですね。えっと、身体が大きくなって、顔も変わって……あ、雰囲気も」
必死に説明しようとするも、上手く言葉に言い表せないシオン様はもどかしそうにする。
シセラとリーロには上手く伝わっていないけれど、僕とフィオナは理解できたよ。
事前に知っているから、だと思うけど。
「ベフト……学校長の姿が変、というのは服装の話ではないんです。背中が異様に盛り上がっていたり、背丈が普段よりも大きかったんですよね?」
「は、はい!」
「要するに、怖くなったって感じね。雰囲気とか、声質も低くなっているはずよ」
「あの姿、生徒たちから怖がられると思うんだけどね」
「ま、今回は仕方ないわ。来週には元に戻っているでしょうし、それまでの辛抱よ」
「あの、御二人はご存じなんですか?」
興味深そうにこちらに視線を向ける三人。
まー、別に話したところで不利益はないだろうし、大丈夫だろう。
「学校長が特殊な種族の血を引いているのは?」
「はい。確か、妖精族だと」
「そう。だけど、学校長は通常の妖精族ではなく、妖精族の中でも極少数しかいない特別な種族なんだ」
「特別な種族っすか」
妖精族に関しては、そもそも残っている数が少ない。つまり学校長の種族は特別中の特別、ということになる。
「名は、シルキー。妖精族の中でも希少な種族にして、特殊な力を持つ、魔法に長けた種族だ」
僕は今まで、シルキーの種族はベフトにしか会ったことがない。しかも、彼は純潔のシルキーというわけではないのだ。確か、彼の母親がシルキーとドリヤードのハーフだったかな?父親は純潔のシルキーらしいけど。
「そのシルキーが、学校長の様子が違うことに関係があるのですか?」
「そうよ。妖精族には特殊な能力や性質を持った者が多いのだけど、シルキーの能力は特別。”感情増力”という性質を聞いたことがないかしら?」
三人は首を横に振る。
まぁ、知っている方が少数だろうね。他種族の持つ能力を学ぶ者なんて、ほんの僅かしかいないだろうし。
「感情増力というのは、シルキーが持つ特殊能力であり体質です。とある感情が膨れ上がった際、身体機能や魔法的器官の能力を向上させるのです。感情の度合いによって、身体にも直接変化が現れます」
「あの学校長の場合、怒りに比例して強くなるのよ。その原因は完璧に、問題を起こした教師たちでしょうね。普段は私たちが驚くほどに温厚で、注意することはあってもほとんど怒らないのだけど」
「今回のことはベフトが許せないくらいだったんだろうね。大方、学校長から事実確認をされた際に嘘を吐いたか、言い訳をしたか、はたまた開き直ったか。何にせよ、彼を激怒させてしまったことに変わりはない」
素直に謝ればよかったものを。認めるのはプライドが許さなかったんだろうな。
いやぁ、面白いことになったなぁ。生徒を恫喝するなんてことをするからだよ。因果応報とは言ったものだ。
と、シセラが一言。
「御二人はどうしてそんなに、学校長について詳しいのですか? セレル様は、学校に在籍していた経験もありませんよね?」
「まぁ、それは──」
「失礼する。セレル君はいるか?」
答えようとした時、不意に扉が開かれ、一人の大きな男が現れた。
頭部と両肩にシルクハットを装着し、肩甲骨辺りがとても膨らんでいる。
捲った袖から見える腕には男らしい血管が浮かんでおり、格闘家なのでは? と思わせる。
彼は僕の姿を目に留めると片手を上げた。
「すまないな。急に邪魔をして」
「あぁ、うん。こりゃ一目じゃ誰だかわからないな──ベフト。」
あまりにも変わり果てた姿の友人に唖然とする少女たちに視線を見やり、僕は彼のために大きめの椅子を用意するのだった。
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