第8話 同棲
国王陛下からフィオナとの同棲を言い渡されてから、小一時間後。
「あー、急展開すぎるんじゃないかな……」
広い室内に置かれたキングサイズベッドを前に、僕は腕を組み天井を仰いだ。
陛下が司書室から退室された後、僕は鍵を片手にウキウキしているフィオナに連れられ王宮を後にした。
ぎゅっと僕の腕を抱きしめて先導するフィオナが向かった先は言うまでもなく、陛下から与えられた屋敷。流石に荷物を取りに帰らせてほしかったし、色々と準備をしたかったのだけど、問答無用で連行された。
門と扉の鍵を開けて屋敷内に入ってすぐ、屋敷の中にいた数人のメイドに寝室は何処だと尋ね、教えてもらった部屋に入り今に至る。
あぁ、フィオナの護衛なら僕らから離れた場所にいたよ。こちらに気づかれないようにこっそりと。流石に電磁網を張り巡らせている僕は気が付いたけど、フィオナには気づかれていなかった。
「ふふ、ふふふ、色々と過程を飛ばしているような気もするけど、念願の同棲よ♪」
「あー、フィオナ。あくまで期限付きってことは忘れないようにね?」
「わかっているわよ。でも、二ヵ月よ。二ヵ月もあるのよ?」
ベッドにダイブし、枕に顔を埋めていたフィオナは僕に視線を向けた。
「それだけあれば、色々なことができるわ。何したい? 二人でしかできないことはたくさんあるわよ。一緒に買い物?王都に買い物に行くのもいいわね。あ、毎晩二人でワインを嗜むこともできる──」
「浮かれすぎだよ、フィオナ」
少し声を低くして、テンションが上がりっぱなしの王女殿下に静止をかける。嬉しい気持ちはわかるけど、ちょっとはしゃぎすぎだよ。
一旦落ち着かせるために言ったのだけど、フィオナは絶望したような表情を浮かべ、目元にうっすらと涙を滲ませた。
「え? もしかして……セレルは私と一緒にいるの、嫌なの?」
だからこの子は……。強気が最後まで持たないというか、見せかけの虚勢というか。ちょっと突くだけですぐに崩壊するんだから。
僕はベッドの端に腰を下ろし、泣き出しそうになったフィオナにおいで、と言い膝枕をする。
「わかってる? 魔人書という新たな脅威が生まれた以上、上位三書を持つ魔法士は常に危険に晒されているも同然なんだ。君の魔導書の位階は?」
「
「だろ? 今後は護衛がいるから、王女に手を出す馬鹿はいない、なんて理屈は一切通じないんだ。君の身分に関係なく、純粋に魔導書を持つ魔法士として狙われる可能性もある。無防備にデートとか、それこそ狙われるよ」
「で、デートって……狙われたとしても、セレルが負けることなんてあり得ないと思うけど?」
「いや、狙われることがそもそも駄目なんだよ。護衛の人たちにも迷惑になるし──」
と、そこでフィオナが悪戯を閃いたような笑みを浮かべた。
「第一位階の
「ちょ──ッ」
慌てて部屋の扉へと視線を向け、電磁網で人の有無を感知。幸い、使用人さんは部屋からは遠い場所にいたので、今の言葉を聞かれたということはないだろうけど……いきなり何を言い出すんだこの子はッ!
冷や汗を拭い抗議の視線をフィオナに向けると、彼女はクスクスと口元を押さえて笑い、いつのまにか片手に持っていた魔導書を掲げた。
「ちゃんと消音魔法は発動してあるわ。万が一にも、聞かれてないわ」
「……勘弁してくれ」
「ちょっとからかっただけじゃない。慌てるセレルって新鮮だし、面白かったわよ?」
「僕は全然面白くないんだけど」
「当然じゃない。私が面白いと思うことをしているだけなんだから」
全く、自己中心的な。
出会った当初から我儘なのは変わっていないけど、年々横暴が追加されている気がするんだよね。親しい人以外には猫を被って、清楚で優しい女の子を演じているからそういう噂は流れないけど。あと、フィオナに恋心を抱く人も少なくない。
「まったく、僕にも知らない人に接するときと同じくらいの優しさを向けてくれればいいのに」
「何言ってるのよ。知らない人には壁を作っているからこそ、愛想を振りまいているんじゃない。仮面をとった状態の私を見れるんだから、光栄に思いなさいよ♪」
「仮面を取ると横暴になるから嬉しいとも言えない」
「じゃあ、とっても優しくて清楚で愛想がよくて初対面の人から大抵求婚される完璧美少女の方がよかった?」
「その内後ろから刺されるよ? あんまり思わせぶりな態度を取ったり、誰にでも優しくすると後悔することになると忠告しておく」
「……思いっきりブーメランになっている自覚はあるの?」
「え? 僕はそんなことしてないけど?」
「あぁ、そうね。無自覚が一番問題なのよね、貴方の場合」
溜息を吐いたフィオナは非常に額に手を当て、開いていた魔導書──
何に対する溜息だ。僕は君と違って妙な愛想を振りまいたりはしていないぞ。
「全く。自分が周囲の女の子からどう思われているのか、わかってるの?」
「あー……シオン様に関しては、察したというか、なんというか」
「その辺りは鈍感ってわけでもないのよね。で?」
僕の前髪に触れながら言うフィオナ。
で、って言われてもなぁ。
「一過性のものだと思う。魔法学校には同年代の男の子たちだっているし、そういう気持ちは移って行くだろう」
「目の前で命を救って貰った相手から、そう簡単に他の子に移ると思ってるの?」
「恋に恋する年代と言うしかないだろう。悪いけど、僕にとってはまだまだ子供みたいなものだからね。護る対象さ。だから、本来なら君の護衛はエゼルに任せて、僕はシオン様の護衛に回るべきだと思うんだけど……」
「国王陛下直々の申し出なら、仕方ないわよね♪」
「そうだね。まぁ、普段は学校にいるし、放課後は図書館に来て勉強をするだろうから、警戒するべきは半日くらいかな」
図書館の閉館後、護衛が手薄になる時間帯は要注意。
念のため、ベルナール公爵には言っておくべきだろうね。アトスのような前例があったばかりだし、十分以上に警戒はしてくれると思うけど。
「確かに、あんまり危険な橋は渡らないほうが良さそうね。万が一にも貴方の力が露見するようなことがあれば、大変だもの」
「そういうこと。あんまり気楽にもしていられないよ。アトスのように魔人書を作ることを目的とする輩の狙いは高位の魔導書と魔法士の心臓だ。一度撃退しただけで何も解決していない現状、自重した方がいい。というか──」
フィオナの髪を撫でながら、僕は目を細めて彼女を見据える。
「僕は普通に図書館で仕事があるし、出かける時間は本当に少ないからね?」
「……(ぶっすー)」
頬を膨らませて不満気にするフィオナ。
きっと、色々なところに買い物に行ったり一緒に過ごしたりということを考えていたのだろう。でも、残念ながらそんなことをしている暇はほとんどない。
護衛とか危険以前に、単純に仕事が忙しすぎるんだよね。
「別にいいわよー。御父様が言っていたように、私も図書館にいるから」
「……図書館でも、多分一人でいる時間の方が多いからね?」
「でも、貴方と同じ建物の中にいるわけでしょ? 近くにいるって感じられるわけでしょ? だったら、我慢するわ」
「へぇ、随分と聞き分けがいいね。もっと駄々を捏ねると思ったんだけど」
「事情はわかっているもの。で・も!」
勢いよく僕の首に腕を回したフィオナは正面から僕と目を合わせ、若干赤くなった表情で言った。
「夜は一緒に晩酌。休日も可能な限り、私の要望に応えて。これは命れ……お願いよ。駄目?」
「いいえ。王女殿下の仰せのままに」
しばらくは、この可愛らしい王女様の好きにさせてあげよう。
微笑を浮かべながら返事をした僕は、彼女が満足するまで一緒にいることにした。
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