第7話 不機嫌から上機嫌へ
「……何を話していたのよ」
部屋の中に戻ってきたフィオナは非常に不機嫌そうな表情で僕の横に立ち、僕を見降ろしている。ムスッとしたその顔は、思い通りにならなかった子供が拗ねているようにも見える。
「別に大したことじゃないよ」
「じゃあなんで私は外に出されたの」
「ちょっと生々しい話をしたんだ。具体的には、僕がアトスを真っ二つにした時の、身体の内部の状態とか、臓器の様子とか」
「う」
フィオナは口元を押さえる。
この子はこういったグロテスクな話が苦手なんだ。可愛げがあると思うけどね。
「フィオナはこういう話は苦手だろ? 陛下もそれをわかっていて、部屋の外に出したんだよ」
「……本当ですか?」
確認のためにフィオナは陛下を見やると、グッと親指を立てて、陛下は清々しい笑み。
「おうよ。娘のために気を遣うのは、父親として当然だろ?」
「……娘のためを思うなら、筋トレの際に唸り声を上げるのをやめてください。あれ、王宮中に響いてるんですから」
「いや、重量上げをする時にはどうしてもだな──」
「はっきり言って気持ち悪いです」
あ。陛下が両手を床に着いて崩れ落ちた。
愛娘からそんなこと言われたら、そりゃあ傷つくよね。でも床に手をつくのは……貴方は一応国王なんだから。
「フィオナ。そんなこと言ったらだめだよ」
「だって、筋肉ムキムキの父親が奇声あげてるのは生理的にちょっと……」
「あー、それくらいに。陛下、フィオナも年頃ですし、そういう時期なんです。時間が経てば収まりますから」
「だと、いいん、だけどな」
血反吐を吐きそうな勢いでショックを受けている陛下は何とかソファの上に座り、片手で顔を覆った。
「フィオナ。そんなに俺が嫌か」
「嫌ではありませんが、周囲への気配りが足りないとは思います。それと、世の中には服の下からでもわかる程の筋肉が好きではないという女性もいるのです。私にお母様のような趣味はありません」
「ぐっ……今後は声を上げぬよう気を付ける」
「お願いいたします」
完全に娘に頭が上がらないみたいだね。
威厳もなにもあったものではない。でも、フィオナも少しは遠慮するべきだと思う。幾ら父親が嫌になる時期だとしても、陛下のことを考えてあげてよ。
でもま、親子喧嘩(?)に口を挟むのは野暮だし、話を進めるとしよう。
「それで、陛下。肝心の本題を聞いていませんが」
「っと、そうだったな」
こほんと咳ばらいを一つした陛下は真剣な表情へと切り替える。
こういう切り替えは、流石といったところか。
「単刀直入に。お前ら二人、これから同じ家に住め」
「「…………………はい?」」
言っている意味がすぐには理解できず、僕とフィオナは同時に声を上げた。
今、一緒に住めって言った? 僕とフィオナが? いや、婚姻前の王族が男と一緒に同棲なんてしちゃまずいだろ。
陛下は一体どういう意図でそんなことを……隣のフィオナがテーブルに両手を着き、声を震わせる。
「お、おお御父様ッ!? いきなり何を言われるのですかッ!!!」
「突然言われて驚くのはわかるけどよ、これは必要なことだと思ってるんだが」
「陛下、理由を教えてもらわないと納得しかねます」
はいそうですか、とは頷けない。
僕が納得する具体的な理由を説明してもらわないと。さっきの話の延長線という理由では、僕は頷かないよ。
と、陛下は懐から一枚の紙を取り出した。書かれていた文字は「王宮防御結界強化」。
「これは……」
「これから二ヵ月程かけて、王宮を覆っている防御結界を強化することにした。宝物殿を狙っている輩もいるし、魔人書の件もあるからな。議会で提案があったんだが、先日可決された」
「で、それがどうして一緒に住むことに繋がると?」
「結界を強化する時、内部に人がいると失敗する可能性があるんだ。俺は詳しくは知らんが、セレルならわかるだろう?」
「……理由はわかりました」
結界型魔法は構築する術者の魔力によって構成される。
人間は何もしない状態であっても身体から魔力を随時放出しているので、全く関係のない人物が結界の中にいる場合、放出された魔力が結界構築を阻害する。
かなりの魔力制御ができる魔法士なら、自然放出魔力ですらコントロールできるけど、全員ができるわけではない。
構築阻害を防ぐために、内部にはベテラン魔法士以外は立ち入り禁止にするということなんだろうけど……二ヵ月もかかるものなのか?
「期間が長すぎる気もするのですが」
「折角の機会だから、今までやれなかったことも色々とやっちまおうってことだ。結界の構築自体は二週間程度で終わるが、それ以外にも各部の掃除だとかで慌ただしくなる。俺たちがいると、邪魔だろ?」
「無理矢理じゃないですか?」
「そうでもないと思うが。あぁ、家に関しては既に用意してある」
「陛下はどうなさるのですか?」
「俺は来週から外交だ。で、帰国後は離れの別荘にしばらくいるつもりでいる」
「……フィオナはどう思う? 僕としばらく一緒に住めって……フィオナ?」
隣に座るフィオナを見ると、彼女は両手で顔を覆って俯いている。
が、微かに見える口元には隠し切れない笑みが。
あー、うん。襲われないように気を付けよう。
「で、何で僕も一緒なんですか?」
「護衛の面もある。結界を張りなおしている間は、どうしても普段よりも王宮の守りが薄くなるからな。普段フィオナを遠くから護っている魔法士も、半分くらいは王宮の警護に回される。それに、強い奴が傍に居た方が、安心するだろ?」
「本当にそれだけですか?」
「あぁ。ん? それ以外に思い当たる節でもあるのか?」
「……いえ。いいです」
これ以上言うと変なことを言われそうだ。
あまり追求しないようにしよう。
紅茶を口に含み、僕は最後の質問を。
「最後に、僕は図書館に勤務しているので、半日以上はそこにいるのですが」
「フィオナも一緒にいればいいだろう。何なら、仕事を手伝わせることだってできるだろう? 書類仕事くらい、フィオナだってできる。それこそ人以上にな」
「学校の卒業資格も取得しているので、別に気にする必要ない、と。はぁ、これ以上は言うことはありませんね」
「じゃあ、そういうことで。おい、フィオナ」
「は、はい」
陛下は顔を上げたフィオナに何かを投げ渡す。
慌ててそれを受け取った彼女の手の中にあったのは、一本の銀色の鍵だった。
「御父様、これは──」
「お前らが住む家の鍵だ。図書館の裏手に小さめの屋敷があるだろ。あれは元々うちの所有物だから、好きに使え」
「……あそこですか」
大方わかった。
小さいというけど、陛下が言う屋敷は普通の家の三倍ほどの大きさを持つ。勿論、ベルナール公爵の屋敷からすれば小さいだろうけど、僕の下宿とは比べ物にならないくらいだよ。
お手伝いさんも来るだろうけど、それでもねぇ。
「わかりました」
「おう。まぁ、なんだ。あんまり急ぐなよ?」
「な、なにを言っているのですか御父様ッ!!」
「いやだって、お前あまりにもわかりやす──わかった謝るから超重力球を生成するなッ!!」
照れ隠しにフィオナが生み出した魔法に恐れ戦いた陛下が止める。
仕方ない子だな。と、フィオナの腰をちょんと突くと、彼女は「ひゃん!」と可愛らしい声を上げてソファに腰を落とした。
「この部屋ごと破壊しようとしない。わかった?」
「……ごめん」
「それと陛下。あまり余計なことは言いませんように」
「すまん」
反省している王族二人。
他の人には見せられない光景だね、これ。
「まぁ、とにかく了解しました。襲ってくるような者がいれば、即座に叩き潰しますのでご安心を」
「お前が傍にいれば大丈夫だろう。フィオナも、何かあったらセレルを遠慮なく頼るんだ」
「はい。わかっています」
王女殿下にちょっかいをかける馬鹿はいないと思いたいけど、正直何とも言えないな。シオン様は公爵令嬢だったわけだし、身分関係なく高位の魔導書を狙っている輩がいるとも限らない。
僕の魔導書位階が低いことで侮った奴ら来れば……まぁ、雷の餌食にするけど。
それはさておき、同棲なんてしたことないんだけど、何をすればいいんだろう。
恋愛小説のようなドキドキで甘い物語には、ならない気がする。
……正直、ちょっと緊張している。
「あ、そうです御父様。実は魔法学校の中等部で──」
が、その緊張は二人にバレることはなく、フィオナが切り出した話に僕は喜々として乗るのだった。
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