第6話 国王陛下
僕らの前に座った国王陛下は、僕の差し出した紅茶を一口含むと一息吐く。
大分疲れている様子だ。眠れていないのか、目元の隈が濃く見える。
魔人書の件で、大分頭を悩まされているのかな。
「フィオナ。セレルと二人にしてくれねぇか」
「何故ですか?」
「少し二人で話すことがあるんだよ。あぁ、部屋の前で待っているくらいは構わねぇ」
「……」
ちらりと僕を見るフィオナに頷きを返すと、彼女は溜息を吐いた後、立ち上がった。
「入ってもいい時、声をかけてください。それと、セレルに妙なことをお願いしたり吹き込んだりしないように」
「わーってるって。安心しろよ」
気安い返事に「本当に大丈夫なのかしら」と呟いたフィオナは、それ以上は何も言わずに部屋から出て行った。
それを確認した陛下も同様に溜息を吐いた。ただし、安堵の。
「ふぃー。全く、怖く育ってくれたもんだぜ」
「国王陛下、その喋り方は大臣等にお叱りを受けるのでは?」
「別に公式の場じゃねぇんだからいいだろうよ。普段からあんな堅苦しい喋り方じゃあ、疲労で死ぬぞ」
「はぁ、まぁ、貴方がそう言われるのなら」
本人がよしとしているなら、特に何も言うまい。
こっちの方が、僕も変に緊張せずに済むし。
「で、どのような要件でしょうか。頼みごとがあるとは事前に伺っていますけど」
「本題に入る前に、厄介な書物について聞きたい」
真剣な表情になった陛下は腕を組む。
本題の前に、魔人書のことを? これが本題じゃないのか?
と思いながらも、うんと頷く。
「魔人書についてでしたら、報告書に纏めましたが」
「あぁ、読みやすくてわかりやすかった。が、やっぱり現場の状況とかは本人に直接聞かねぇとな」
「なるほど。当時の状況、ですか」
「具体的に頼む」
「えっと──」
僕は当時の状況を具体的に、詳細に話した。
魔人書の能力や、乗っ取られたときの状況、アトスの異常な修復機能、制作方法まで。大半は報告書に記載されていることだ。
最後は僕の
現状僕の
「心臓と魔導書を供物にねぇ。悪趣味を極めた感じだな」
「そうですね。貴重な座天書も損失する羽目になってしまいましたし」
「高位の魔導書が狙われるってことは、上位三書を持つ奴らには護衛がいるか?」
「どうでしょう。ほとんどの人たちは自分で身を護ることのできる強さを持っていますからね。例えば、宮廷魔法士団第一部隊隊長のエゼル=フロイジャーなんかは、いい例だと思います」
「あの小僧か。だが、あれは
「それは確かに。一番危ういのは、智天書を持ちながらもまだ未熟な魔法士──シオン=ベルナール様などでしょうね」
未熟だが、高位の魔導書を持っているのは一番危険だ。
普段から僕が傍にいるならいいんだけど、流石にそれは無理だからね。
「シオンか……父親譲りの魔法の才があるといいんだけどなぁ」
「きっと、僕を超える魔法士に成長すると思いますよ。魔法も習っていない状態で、魔導書の固有能力を発動させていましたし。才は十分以上だ」
「お前を超えるって? 馬鹿野郎。図書館の魔法書を網羅する奴を超えられるか」
「知識が全てではないですよ」
「だが、大きな要素ではある」
「……僕のことはいいです。それより、護衛の件では?」
「っと、そうだな。いや、その前に確認か。セレル」
視線を鋭くし、陛下は僕に問う。
「アトスという男に魔人書の情報を与えたやつは、何が目的だと思う?」
「目的、ですか」
「流石に何の目的もない、というのはありえないだろ」
目的、か。
単純に考えれば、戦力の増強という面が大きいと思う。魔人書を持つ手下を増やし、何かを為そうとしている、とか。戦力を増強するのだから、何処かを攻めることが目的か?しかし、この国を狙って攻め込む理由は見当たらない。というよりも、攻めるならまずは小国からだろう。いきなり大国を狙ったところで、周囲の国からの援助を受けて戦力的に不利になる。
……いや、援助もなにも、高位の魔導書を持つ強力な魔法士がいる国を攻撃することは得策ではない。幾らこの国に熾天書を持つ魔法士がいないからといって、智天書を持つ者は他国よりも多くいるのだから。
「高位の魔導書を奪うため、なら説明がつきますけどね」
全面的な戦争をするつもりはない。
ならば、座天書以上の高位の魔導書が多くある王国を狙い、奪い、徐々に戦力を増強していくことが、僕が思いつく可能性か。
そもそも他国が魔人書の脅威に晒されていないとも限らないからな。
「やっぱ、そうなってくるか」
「僕が想像できるのは、この程度ですね」
「悪党の考えることは悪党にしかわからんし、俺たちが頭を捻ったところで意味はない、か。なら、どんなことにも対処できるようにしておくに越したことはない」
「やっぱり、魔法士の全体的な実力向上ですか?」
全員を強くすれば、気にもむことも少なくなるだろうね。
加えて国全体の戦力増強にもなる。
けど、時間的にどうなんだ? 長期的に見ればそれは正解かもしれないけど、いつ脅威が襲ってくるかもわからない中では正直意味が見いだせない。
「それも考えたが、時間がねぇ。やるにしても、王都に入ってくる奴らを厳しく見張るとか、外的要因に警戒するくらいだろう」
「そうですよねぇ……お役に立てずに申し訳ないです」
ここから先は、国に関わる専門家の方々に頑張ってもらうとしよう。
と、ティーカップに手を伸ばした時、陛下は小さな声で呟いた。
「この部屋の声を外部に聞こえないようにしろ」
「?」
その意図はわからなかったけど、
「大丈夫なんですか? 音が聞こえなくなったって、フィオナが突撃してきそうですけど」
「今外には護衛がいるだろ?」
「はい。先ほどルーナさんがフィオナを見つけたのを感知してます」
「なら大丈夫だ。あの護衛は優秀だから、フィオナの扱い方も熟知している」
「はぁ。で、どうして消音魔法を?」
フィオナに聞かせてはならないことがあるのだろうけど、その詳細は?
問うと、陛下は背もたれに腕を回した。
「まー、これはお前たちの問題だから、俺が口を挟むのもあれだとは思うんだけどな? おっさんのお節介だと思って聞いてくれや」
「? それは──」
「フィオナの気持ちには気が付いているんだろ?」
「──」
思わず口に含んだ紅茶を噴出してしまいそうになる。
い、いきなり何を言い出すんだこの人は……。
「き、気持ちって──」
「誤魔化すなよ。あんだけ求愛行動されてるんだから、気づかないのは男じゃないぜ?」
「……」
知りませんで通すには、無理があるか。
ティーカップを置き、一度呼吸を整えた。
「まぁ、そうですね。認識してはいますよ。当然」
「おぅ。で、どうするんだ?」
「どうするって言われても……」
どうしろと?
フィオナが僕に好意的な感情を抱いてくれてるのは理解している。僕も彼女に対してはそれに近い感情を抱いているのかもしれない。だけど……その気持ちに答えることは、難しいんだよ。
「あの子も年頃だし、婚約の申し出は腐るほどきてる。フィオナの意思しだいでは、すぐにでも婚約することは可能だろう。もちろん、相手を選ばなければな」
「でも、フィオナは」
「お前以外に興味はない。あれは妻の血が強くて頑固だからな。絶対に妥協はしない」
「……」
それ自体は嬉しい。一途に想ってくれているわけだし、あんなに可愛い子に想われて嬉しくないわけない。
だけど、僕はあの子とそういう関係になれないのには理由があるんだ。
「僕とフィオナでは、決定的に違うものがあります」
「言っておくが、身分に関しては気にしなくていい。王族故に色々と口を出す奴がいるだろうが、黙らせてやる。王族が平民と婚約を結ぶ例は、世界的に見れば幾つもある。何なら、お前の実力を示せば口も開かなくなるだろう」
「いえ、そこではありません」
首を横に振る。
僕がフィオナと決定的に違うのは、身分ではない。
いや、これはフィオナだけじゃない。この国に住む大半の人が持っているものを、僕は持っていないんだ。
「僕は一体誰の子で、物心つくまでは何処で育ち、何者なのか。人として持っているはずの出自を、僕は持っていません。それを知るまで……僕はあの子と一緒になることはできません」
僕の中にある最初の記憶は……暗い闇の中、僕を見つけ、明るい世界に導いてくれた、連れ出してくれた、あの子の姿。
陛下は目を伏せ、頷きを一つ。
「お前がそう言うなら、無理強いはしねぇ。だが、あの子のことも考えてやってくれ。これは、父親としてのお願いだ」
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