第5話 我儘王女様の愚痴

約一週間が経過した夕暮れ時、僕は久しぶりに宮廷司書としての正装に着替え、王宮内を歩いていた。

正装といっても、普段と特別変わったところはない。指定の黒いローブ、ネクタイ、スラックスにワイシャツを着用し、開いた魔導書の形をしたブローチを装着。頭には黒い博士帽。

図書館で過ごす時よりもしっかりとした服装だけど、王宮内にいるからきちんとした服でないと色々と言われてしまうんだ。胸につけたブローチは、宮廷司書の証。


今日は書状に書かれていた国王陛下との謁見の日。

ほぼ使っていない宮廷司書室で待っていろという指示なので、そこを目指している最中というわけだ。

普段王宮にいない僕を見かけることは珍しいので、すれ違った何人かの知人が立ち止まって声をかけてくれて、多少の世間話に興じる。

皆いい人で、ついつい僕も長話をしてしまいそうになる。けど、国王陛下を待たせたとあらば失礼どころではない。程々に済ませ、早々に切り上げて司書室へと真っ直ぐに直行。

厳かな扉を開錠して中へと入り──肩を落とす。

予想していなかったといえば嘘になるけど……実際に現実になれば、こんなリアクションしかできないね。


「これを君に言うのは何度目かもわからないんだけど……なんでいるの、フィオナ」


僕は扉を閉めながら本棚の前で本を開いて読んでいる王女殿下に声をかける。

彼女は全く悪びれる素振りも見せずに本を閉じて元の場所に戻し、僕の方へと振り向いた。


「ここは司書室とはいえ王宮。王宮とは、王族の住まいでもある。だったら、私がここにいても何ら不思議はないと思うのだけど?」

「いや、だからってさ。大体どこから入ったの?鍵はかかっていたけど」

「ん」


フィオナが指さしたのは、窓。別段変わったところはないけれど、僕の電磁網にはそこに他より濃い魔力がついていることを感知している。

つまりは、そういうことだろうね。


「仮にも王女なんだから、窓ガラスを粉砕して侵入するのはやめようね」

「な、直したじゃない!」

「直すからいいってものじゃない。見ず知らずの人に後で治すからって言って、重傷を負わせてもいいと思うのかい?」

「……」

「それと同じだよ。別に司書室の前で待っていてくれれば、それでいいんだからさ」

「いや、今日はそれじゃ駄目だったのよ」

「? どういう──」


言って、僕は気が付いた。

いつも一緒にいるはずの専属護衛ルーナさんが、今日はフィオナの傍にいないことに。王女殿下を御護りしますと何処へでもついて行く彼女がいないとは……なるほどねぇ。


「ルーナさんに気付かれないようにしたってことか」

「……偶には、私だって一人で行動したいんだもん」


拗ねた口調のフィオナはぷいっとそっぽを向く。

いやまぁ、気持ちはわからないでもないんだけどさ。


「立場を考えてあげなよ。君は王族で、何かあったら大変だろう? 君のためを思って護衛してるんだからさ」

「で・も! 毎日いられても嫌なの! プライベートの時くらい、一人でいさせてほしいのよ!」

「我儘だなぁ、君は」


紅茶を淹れながら、僕はフィオナの愚痴を聞いてあげることにした。

カチャっと机の上に二人分のカップを置き、ソファに座る。

僕の隣に腰を下ろしたフィオナは肩に頭を預けた。


「王族だからって、過剰に護りすぎなのよ。私だって魔法士よ? 自分の身くらい自分で護れるわ」

「そうだね。君は強いよ。とても」

「でも、王族はたとえ強くても護衛をつけられるのよ。例え、それこそ熾天書セラフィムを持っていたとしても。おかしいわよね。護衛って、護衛対象より強くないといけないはずなのに」

「別にそういうわけでもないと思うよ。ある程度の強さがあれば」

「でも、護衛対象の方が強かったら、そいつが外敵を倒せば終わりじゃない」

「外敵が護衛対象よりも、護衛よりも強かったら? 多少の時間稼ぎにできるじゃないか」

「だとしても、別に王宮内で護衛はいらないでしょ?」

「そうかもね。で、本当に言いたいことはそれなの?」


護衛の在り方について文句を言いたい、わけじゃないんだろう?

と、問うと、フィオナは僕の肩から離れ、叫んだ。


「私だって一人でいたい時があるのよッ!!!!」

「続けていいよ」

「何? 王族は一人になる時間も与えてもらえないの?それとも一人でいると死んじゃう兎と同等の生物だとでも思われているのかしらッ!?」

「兎は基本的に単独行動をする生物だよ」

「わかってるわよッ!!! とにかく、私が言いたいのは偶には一人で出歩かせてってこと! どうしても誰かと一緒じゃないと駄目なら、人を選ばせてほしいのよッ!!!!」


うんうん、溜まってたんだね。

ひとしきり叫んだフィオナは肩を揺らしながら荒い息を吐き、徐に僕に抱き着いてきた。


「もう嫌。私に心休まる安寧は訪れないのかしら……」

「よしよし」


背中をポンポンと叩きながら慰めるしか、僕にできることはないよ。

大変だね、王女っていう立場も。この子に憧れている王都の民が今の姿を見たらどう思うだろうか? 幻滅? それはないな。精々可愛いくらいだと思う。

あと、大変だねぇ、程度?

何にせよ、相当ストレス溜まってるみたいだし、何処か発散させなきゃ駄目だね。これは。


「国王陛下にお願いしてみたら?」

「一人にしてくださいって? 許可されるわけないじゃない。何かあったらどうするんだって。筋トレばっかして柔軟な思考ができなくなってるのよ」

「父親とはいえ、そういうことを言わない。でも、護衛を選ぶことくらい認められると思うんだけど──」

「それを断っているのはどこの誰かしら?」


ずいっと顔を近づけ、満面の笑み──目は笑っていない──で詰め寄られる。

あぁ、うん。ごめんだね。


「し、仕方ないだろ?? 僕は司書なんだからさ。近衛とか、宮廷魔法士とか、色々といるじゃないか」

「私はセレルがいいってず~~~~~っと言ってるわよね? 女の子からの誘いを断り続けるのはどうかと思うわよ」

「だから、役職があるんだよ」


図書館を放ってなんておけないし、何より僕が護衛になったところで反対する人が大勢出て来る。最低でも位階は主天書じゃないと、とかさ。絶対に言われるよ。

それが僕だけならいいけど、フィオナにも見る目がないとか、身分を考えろとか言う輩も出るかもしれない。

そうなったら、僕は熾天書の力を開放してそいつらを平伏させるかもしれない。

こんなこと言ったらからかわれるのはわかっているので、言わないけど。


「ったく、本当にセレルは堅物ね」

「ごめんって。で、ルーナさんは??」

「今頃王宮の中を走り回っているんじゃないかしら。訓練よ、訓練」


酷いな。心配して探し回っているルーナさんが気の毒だよ。

まぁ、この子の性格は十分承知しているだろうし、遠くに行っていないことは分かってると思うけど。


「一応書置きは残してきたのよ」

「なんて?」

「『私を探して見なさい。見つけ出さないと、貴女自慢の槍は空の彼方に消えることになるわ』って」

「うーわ」


虐めの域だよ。

これをきっかけにして彼女、護衛を辞めるんじゃないか? ……ないか。フィオナを大事にしている人だし、これもいつものお遊び程度に捉えてるかもね。

けど……フィオナの両頬を挟む。


「うにゅ」

「帰ったら謝るんだよ? 大変な思いをしてるかもしれないんだから」

「わ、わかってるわよ。でも、偶にはいいじゃない。じゃれてる程度なんだから」

「まぁね。酷いことはしちゃ駄目だからね」

「はいはい。大丈夫よー。あーあ、本当に、貴方が私の護衛になってくれたらいいのに」


頬に添えていた僕の手と自身の手を絡ませる。

いいのに、とか言ってるけど、眼光には諦めなど一切ない。僕が首を縦に振るまで、今後ずっと勧誘し続けるんじゃないか? これ。


「勧誘は程々に。ルーナさんが落ち込まない程度にね」

「ルーナは全く落ち込んでないわよ。私が口に出しても、「セレル様は頷かれませんよ」って返してくるくらいだもの」

「そうなんだ」

「でも、貴方が引き受けるって言ったら落ち込むかもね」

「じゃあ、落ち込ませないために僕は断り続けようかな」

「なんでよッ!!!」


と、その時。


「おぅ、待たせたなセレル」


ガチャッと無遠慮に部屋の扉が開き、一人の男性が部屋に入ってきた。

服の下からでもわかる隆々とした筋肉に、愛想の良さそうな男前の顔の彼は、僕とフィオナを目に止めると屈託のない笑みを浮かべた。


「お、なんだよお前ら、相変わらずラブラブじゃねぇか」

「チッ、もう少し遅れてくればよかったのに」

「だからそんな態度取らないの。あぁほら、若干へこんでしまってるじゃないか」


フィオナに舌打ちされた彼は若干悲しそうな表情を作って項垂れた。

全く、この子は……もういいや、なかったことにして挨拶をしてしまおう。

僕はソファから立ち上がり、一礼する。


「お久しぶりでございます、国王陛下」

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