第4話 苦情

「さて、準備はいいかしら?」

「当然」


面会の受付をこれまたフィオナの顔パスで通過した僕らは、職員棟の最上階にある学校長室前に立っていた。

他の部屋とは違ってとても厳かさで、高級感溢れる扉。流石に学校の長なだけあって、部屋の品格もかなり高いね。生意気な。

僕が拳を固めていると、その様子を見ていたシオン様息を呑み、フィオナに声をかけた。


「あの、フィオナ様」

「なに?」

「一応聞いておきたいんですけど……話し合いに来たんですよね?」

「そうよ。安心しなさい、学校長の面白い姿が見られるから」

「全然安心できないんですけど……どうして魔導書を召喚しているんですか?」


フィオナは右手に天球倍書ガルガリエルを召喚し、扉に左手を翳している。

何をするのか察したシオン様は顔を引きつらせる。

近いと危ないので、僕の傍に居た方がいい。彼女を抱き寄せ、フィオナから距離を取る。


「せ、セレル様!?」

「危ないのでこちらに」

「は、はい……」


若干顔を赤くしながらも、僕の服を掴む。

フィオナはこちらを一瞥して不機嫌そうに口を窄めた。これくらい勘弁してほしいな。君が魔法を放つんだから、シオン様に怪我をさせないようにしているだけじゃないか。


「フィオナ」

「はいはい。わかってるわよ」


再び扉に向き直ったフィオナは魔力を高め、何処か苛立ちを含んだ声音で魔法を発動した。


膨張球ゼフ


瞬間、フィオナの眼前に掌大の空気の球が生まれ、圧縮されていく。

空気を圧縮した球体は瞬く間に小さくなっていき──一定の大きさまで縮小された瞬間、爆弾が爆発したように空気が元の大きさにまで戻り、その力で校長室の扉を一気に吹き飛ばした。

バキッ! と真っ二つに折れて室内へと吹き飛ぶ扉は何処に衝突したのか、何かを薙ぎ倒す大きな音を響かせた後、ガタンと床に静止した。

この威力、本来なら怪我人が出ても全くおかしくない。だけど、この部屋にいるのは王国屈指の魔法士。この程度のトラブル、片手間に回避する力は十分に持ち合わせている、よね?


「邪魔するわよ、べフト校長先生」


扉の消えた入り口から堂々と中に入ったフィオナが言った直後、瓦礫をガラガラとどかす音が響き、次いで悲鳴にも似た抗議の声が響き渡った。


「フィオナ君ッ!! こういう入り方はやめてくれと十八回程言ったのを忘れたのかねッ!!」

「ごめんなさいね。私の脳は必要のない記憶は全て削除してしまう仕様なの」

「どんな便利な脳だね!!」


案の定、予想していた通りの会話が聞こえて来る。

相変わらず変わってないなぁ。彼らしいといえば、彼らしいけど。


「や、やはり御怒りになられています! 謝られた方がよろしいのでは……」

「そうですね。だけど、怒っているのは僕らもなんです。早く謝った方がいいのも確かです。校長先生が」


どうせ扉や中の備品は魔法で修復することができるんだ。

これくらいのお遊び、ほんのじゃれあいに過ぎないだろう。というか、フィオナはまだマシだよ。僕なら雷天断章ラミエルの最大出力を腕に纏わせ、扉を殴り壊し部屋中を感電させていたかもしれない。

まぁ、流石にそれをやるとどんな弊害が生まれるかはわかっているので、流石に本気ではやらないけどね。

さて、そろそろ気づく頃かな。


「ま、待て。フィオナ君がここにいるということは……まさか」

「察しがいいわね。まぁ、そういうことよ」


よし、行こうか。

シオン様を後ろにつかせ、僕はバチバチと紫電を弾かせながら校長室の中に入る。どうして紫電を見せつけながら行くかというと、示すためだ。

僕、かなり、怒ってます。ってね。


「お久しぶりですね、。覚悟はいいですか?」

「は、早すぎるッ! まだ何も説明を聞いておらんぞ!? おこ、怒っているのは見ればわかるが、まずは話し合いをしてからにしてくれませんかッ!」


最後の方は敬語で懇願するように土下座をしたべフト。

自身を名前で、しかも呼び捨てで呼んでいることから、かなり怒っているということを理解したらしい。過去のトラウマが蘇ったのかな?


まぁ僕としても一旦話し合いをしてからというのは賛成だ。

部屋も汚れてしまっているし、色々と片付けをしてから、しっかりと言い訳を聞かせてもらおうかな。


「じゃあ、早く片付けてください。ソファも机も散らかっていますからね」

「は、はい……」


顔を青ざめながらべフトは魔法を行使し、元通りの部屋へと戻していく。

その様を、シオン様は後ろから引き攣った顔で見ていた。


「……無茶苦茶すぎますよ、御二人共」



部屋を元通りに片付けた後、べフトはソファの上に正座した状態で、怯えたよう僕を見つめている。

妖精族の血が混じっている彼の容姿は実年齢よりも若く、小柄な青年のよう。赤い瞳には純粋な恐怖心が宿っているのがわかる。

で、彼の眼には僕が珍しく頭にきている様子が映し出されているのだろう。

いつもよりも縮こまっているからね。何故か両肩にかけられたシルクハットも小さく見える。


「それで、どんな要件なのだろうか」

「お説教ですよ。貴方の教育方針について」

「きょ、教育方針だと? 私は生徒たちの成長を考え、よき魔法士として成長できるような授業を心掛けて──」

「違うわよ」


驚愕するべフトの言葉を遮り、フィオナは告げる。


「教育方針が間違っているのは、教師の方よ」

「教師、だと?」

「シオン様。あったことを」


実際に当事者から聞いた方が信憑性は高い。

この場に連れてきたのは正解だったかもしれないな。べフトも、流石に公爵家の御令嬢の事は知っているようだし。


「はい。今日の放課後に、数人の先生から図書館には行くなと言われたんです」

「図書館に?」

「えぇ。シオン様はそれだけで済んだようですが、三年生のシセラ=エボランス、リーロ=ロレンツは成績を下げるなどの脅迫まがいのことをされたようです。放課後、僕の胸で泣いておりました」

「なん、だと……」


べフトの身体から濃密な魔力が滲み出て、室内の物をカタカタと揺らす。

流石。感情が昂るだけで、ここまで物体に影響を及ぼすとはね。


「その馬鹿どもは……どこのどいつだ?」

「以前僕と揉めた人たちですよ。完全な私怨で生徒たちの成長を妨げるなんて許せませんし、慕ってくれている可愛い生徒を泣かされて、本気で怒っているので今日は来たんです」

「怒るのは当然だろう。現に、私も相当きているからな」


こめかみをトントンと小突きながら、べフトは非常に鋭い視線で天井を見上げた。

まさか、自分の学校の教師たちがここまで腐っているとは思わなかったんだろうな。彼自身、驚きを隠せていない。

実際言えば、べフトは悪くない。成人してしまえば教育どうこうではなく本人の自己責任になる。だが、未来を担う子供を導く存在である教師がこんなことでは、多くの子らに悪影響が出る。


有望な魔法士の芽を潰すような真似をしていることが、僕は何よりも許せないし、べフトもきっとそうだろう。


「これは大問題だな。あのゴミ共……」

「べフト、本音が」

「いいだろう。ここには君たちしかおらん。事実関係を確認……するまでもないと思うが、とにかく明日呼び出し、話を聞くとしよう」

「今後はこのようなことがないように。それと、先ほど話した二人については、教師たちの処遇が決まるまで欠席ということで」

「ん? 奴らは明日から謹慎にするつもりだが」

「それで納得するわけないでしょう。しっかりと処遇が決まり、安心して学校に行くことができるようになるまでは、図書館に来させます」

「授業は?」

「僕が教えますよ」

「……ならば、出席扱いにしても構わんな」

「ええ。そのつもりで。あ、シオン様はどうしますか? 学校が嫌でしたら、図書館に来ても構いませんよ?」


シオン様も嫌な思いをされたのだし、学年は違えど纏めて面倒を見てあげようと思う。けど、シオン様は首を横に振った。


「大丈夫です。友人たちもいますし」

「わかりました。ただ、嫌なことがあったらすぐに言ってくださいね」

「はい」


よし、これで教師に関する問題はベフトに丸投げすることができた。

一安心。次にシセラたちが登校するのは、しっかりと掃除された後の学校だ。


しっかりと後始末をつけてくれるかはベフトによるけど……大丈夫だろう。

相当怒っているみたいだし。


「ところで、フィオナ君」

「何かしら」

「もう学校には来ないのかね? 卒業資格は取得しているが、まだ卒業までの期間はあるだろう?」

「もう学校で学ぶことはないわ。今はセレルの傍にいて、彼の魔法技術を見るほうが成長に繋がると思うし」

「いや、それは……」

「セレルの魔法技量は、貴方自身がよく知っていると思うのだけど?」


青ざめるベフト。

トラウマが掘り起こされたみたいだね。面白い。


その後数十分。僕らは散々ベフトをからかって溜まったストレスを解消させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る