第3話 馬車内
そして陽が沈んだ、午後七時。
図書館の戸締りを済ませた僕は正面玄関に手配してもらった馬車の中に乗り込み、魔法学校へと向かった。
夜の街では相変わらず酒を片手に楽しく騒いでいる人々が大勢おり、大通りを活気づかせている。仕事終わりの大人の遊び、という奴だろう。無駄なトラブルを起こさないのなら、適度に騒ぐのもいいだろうね。
「それにしても、王家も簡素な馬車は持っていたんだね」
カタカタと振動する馬車の壁に背を預け、僕は正面に座るフィオナに言った。
この馬車は普段貴族が乗り回しているような豪奢で煌びやかな装飾が施されたものではない。ごく普通の、それこそ街でよく目にする簡素な馬車そのものだ。商人が使用する荷車に似ているとも言える。
こんなの、横暴な貴族からすれば所有すること自体恥だとかいいかねない代物だ。
僕の言葉を聞いたフィオナは大仰に肩を竦める。
「これは私の個人的な持ち物よ。あんな無駄にキラキラして目立つ馬車、公務以外で乗りたくないわ。私の趣味じゃない」
「なるほどねぇ。確かに、豪奢な馬車で移動してたら目立ちまくるし、学校長へのサプライズにもならないか。僕としてもありがたいかも」
「それに、セレルはこういう馬車の方が好きでしょ?」
「そうだね。素朴な方が、個人的にも好みだ」
あんまり高級感溢れるものは、正直好きじゃないんだ。
一流シェフが作る目と味で楽しむ料理よりも、そこらの屋台で食べる作法も何も気にせず食べられる串焼きの方が好み。一般市民に親しみがあるものの方が、しっくりくるんだよね。
と、馬車の外に再び視線を戻そうとした時、フィオナではない、この馬車の中にいるもう一人の少女が声を上げた。
「あの、ではセレル様は、服装もあまり派手でない方がお好きなのですか?」
声を発したのは、先ほどの司書室での一幕の時にはいなかった子だ。
見ると、視線をこちらに向けて興味津々と言った様子。
そんな彼女を、フィオナはジッと半目で見据えた。
「……なんで貴女が付いてくる必要があったのよ、シオン」
そう。
今この場にはシオン様がいる。服装は学校の制服で、背中には教科書などが入った鞄を背負っている状態。
どうしてここにいるかと言うと、何故かベルナール公爵と共に図書館へと顔を出した彼女が一連の事情を聞き「それなら私も言われたので、一緒に抗議をしに行きます」と告げたのである。
どうやらシオン様も似たようなことを言われたらしく、少々鬱憤が溜まっているようだった。
いや、止めはした。流石にシオン様がついてくるような場所ではないからと一度は止めたんだけど、一緒にいたベルナール公爵が「面白い。これも良い経験だろう」と言い、シオン様も一緒に連れて行ってくれと頼まれたのだ。
一体どんな経験を積ませるつもりなんだよあの人は。と思ったけど、言われた以上は断れない。
かくして、三人で学校長の元に行くということになってしまったのだ。
想定外だよ。本当に。
「私も一言言いたいので。それ以上に理由はありませんよ。御父様の許可も下りましたし」
「だからってねぇ……。はぁ、以前までの大人しくて謙虚な貴女は何処に行ったの?」
「別にそこまで変わっていないと思いますけど……強いて言うなら、フィオナ様の前では強気でいることにしました」
「え? なんで私の前でだけ?」
「それは……」
ちらりと僕を見たシオン様は、すぐに顔を逸らしてしまった。
その表情は見えないけど、内腿を擦り合わせてもじもじしている。
それが一体どういう意味を持っているのか大体察しはつくけど……まぁ、年齢が年齢だからね。すぐに冷めると思う。
が、フィオナは愕然と目を見開いて口元に手を当てた。
「あ、貴女まさか……本当に??」
「も、黙秘します」
顔を背けたままそう言うシオン様。
うん。僕が気まずくなるからその手の話はここではなしにしてもらえると非常に助かるよ。
「シオン様」
「は、はい!」
「貴女は具体的に、教師たちにどのようなことを言われたのですか?怖い思いをされたとか……」
ここでシオン様が脅迫じみたことを言われているのなら、僕は校長室を吹き飛ばす勢いで魔法を使うことになるだろう。あの学校長だ。死にはしない。大泣きするだろうけど。
「えっと、放課後にちょっと呼び出されまして。もう図書館には行かない方がいい、と」
「恫喝されたりとかは?」
「特には。私はきっぱりと断りましたから」
「流石に公爵家の令嬢にそこまで強く言える輩はいないでしょうね。その教師たちが腐っているとはいえ、貴族の権威は怖いでしょうし」
ここで家柄がものを言ったか。
しかし、シセラもリーロも貴族の子なんだけど、どうして教師陣は彼女たちには強く言えたんだろう。性格……かな。うん、多分そうだな。シセラは大人しい子だし、いけると思ったんだろう。馬鹿だなぁ。
「シオン様。学校長には貴女の口からも直接言った方がいいです。当事者がいると、やはり説得力が違いますからね」
「では、あの二人の先輩を御連れした方がよろしかったのでは?」
「二人には休憩が必要だからさ。もう、帰って休ませた方がいい」
これでトラウマになって学校に行けなくなったら、どう責任を取るつもりだろう。辺境伯……相当怖いって聞いたことがあるんだけど。
「全く。中等部がここまで腐っているとは思わなかったわ」
「中等部の教師たちね。いや、原因は僕にもあるけどさ」
「いいえ、セレルは悪くないわ。子供染みた嫌がらせをしようと画策している教師の質の問題よ。これは、ちょっと御父様に話して教師への教育強化を促してもらわないと」
「国王陛下まで動かすおつもりですか……」
「シオン。こういうのは徹底的にやらなければならないのよ。露出した汚れは微塵も残さずに拭き取るべきなの。その後の汚れが生まれないように、原因となるものも排除して」
「いや教師を汚れって言うなよ」
「腐っているのだから、汚れにも等しいわ」
フィオナは少々過激すぎる。
この子がまだ高等部に在籍していることが不思議だよ。あぁ、卒業資格は取ったから籍を置いているだけだったか。
「それよりも、フィオナ様が行かれる意味は?」
「一応、魔法学校は中高一貫よ。つまり、私が籍を置く高等部の校長でもあるの。そんな人が教師に対する教育を怠ったとあらば、誰が彼を調きょ……教育するの?」
「今よからぬ言葉が聞こえてきた気がしますけど……セレル様は、学校長とお知り合いなんですよね?」
「えぇ」
「どういった経緯で知り合ったんですか?やはり、王宮で?」
「いえ、違います」
当時のことを思い出しながら言う。
「僕が学校長と会ったのは、彼が突然図書館に突撃してきた時ですね」
「出会い方が大分個性的な気がしますが」
「その時に一方的に伸びきった鼻と自信をへし折られて、すっかりセレルに会うのがトラウマになってしまったのよね。で、恐怖の対象だから、セレルの言うことは大抵聞くわ」
「初対面で何をしているんですか?」
シオン様は口元を痙攣させながら、若干引いている。
困ったな。あの時は僕も子供だったし、若気の至りだと思っているんだけど。
「いや、ついですね。僕としても、あの時のことは反省しています」
「いいじゃない。便利な手駒ができて」
「手駒ではなく友人と言ってほしい」
「そこは友人ではなく舎弟ね」
「あっちのほうが僕の何倍も年上だけどね」
と、そんな話をしている間に学校へと到着した。
正門の前で一度馬車が止まり、フィオナが窓から顔を出して警備の兵士に一言告げると、それだけで彼は門を開けた。
流石は王女。顔パスだけで入れるとは。
「さ、催し物の会場に到着したわ。楽しみね」
「楽しまないでくれよ。別に戦争しにきたんじゃないんだから。ちょっと話をするだけだよ」
馬車の窓から見える校舎を一瞥しながら、僕は何処か楽しそうにしているフィオナに忠告するのだった。
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