第2話 人間関係の弊害

司書室にやってきた二人をソファに座らせ、紅茶とお菓子を差し出して話を聞くことに。

僕にしがみついていたシセラはとても気落ちしているようで、俯いたままぎゅっとスカートの端を握っている。うぅん、これは重症。少し気弱なところはあるけど、彼女がここまで落ち込み悲しんでいる姿は初めて見る。

何があったのか。

フィオナの隣に腰を下ろした僕は、シセラの隣に座る赤髪の少女──リーロに問うた。


「で、何があったの? シセラがここまで落ち込んでる姿、見たことがないんだけど」

「その前に一つ、いいっすか?」

「ん?」


リーロは僕の隣に座るフィオナに視線を移した。


「自分の目が正常なら、そちらに座られているのは第三王女であらせられるフィオナ王女殿下だと思うんすけど……」

「うん。あってるよ。まぁ、パレードとかで見るような清楚で憧れの的、みたいな感じは皆無だろうけど」

「ちょっと酷いんじゃない?」

「ほら。今は普段の状態だから、気さくに話しかけても大丈夫。緊張しなくていいよ」

「いえ、緊張はないっす。社交界でお会いしたことはありますから。そうじゃなくて、セレル先生のお知り合いなんですか?」


あぁ、そういう疑問ね。

一緒にいることが多いから忘れていたけど、フィオナは僕と一緒にいる……というか知人でいること自体本来ありえないことなんだ。身分が違いすぎる。

でも、身分の差も役職によっては越えられるんだ。


「僕は一応、宮廷司書だからね。普段はここにいることが多いから忘れているかもしれないけど、王宮に仕えている身なんだよ。それこそ、皆が目指す宮廷魔法士と同じようにね」

「当然、王宮に出入りする権利も持ち合わせているわ。だから、私とセレルが顔見知りでも不思議ではないでしょう? 王都にたった一人しかいない宮廷司書なんだから、なおさらね」

「なるほど……つまらぬことをお聞きしました。申し訳ありません」

「全然いいから。それより、シセラはどうしたんだい? 何か、学校でトラブルでも?」


相当なことがないと、シセラはここまで落ち込まないと思う。

新学期早々、クラスの子から酷いことを言われたとか、かな? 学生の問題としてはよくある話だけど、当人の心痛は凄まじいものだろうし。

そうなれば、僕からは彼女が元気になるまで慰めてあげることしかできないなぁ。


リーロが事情を説明しようと口を開きかけた時、隣のシセラが俯いたまま、掠れた声を発した。


「先生に……」

「ん?」


いまいち最後まで聞き取ることができなかったので、耳を傾けて聞き返す。

シセラは一度滲んだ涙を拭い、今度は聞こえるようにはっきりと声に出す。


「先生たちに放課後呼び出されて、もう図書館には行くなって……。成績上位の生徒へ優先的に声をかけているみたいで」

「うん」

「でも、そんなの嫌ですって反論したら……凄い剣幕で怒鳴られて。私、あの人たちの授業を今後受けられる自信がありません。学校に行くのも……」

「……そっか」


事情は大体わかった。

その教師も誰だか、察しはつくよ。僕と因縁のある人たちだろうね、そんな馬鹿みたいなことを言うのは。成績の優秀な生徒はできるだけ僕から遠ざけて、自分たちが育てたと周囲に吹聴したいからかな? はたまた、単純に僕といると悪影響が出ると考えたからなのか。

どちらにせよ……生徒を泣かせ、恫喝まがいのことをするなんて、許せんな。


「セレル。抑えなさい」

「ごめん」


感情が昂ったせいで無意識のうちに紫電が舞っていた。

いけないいけない。仮にも子供たちの前だ。感情コントロールはしっかりしないと。

フィオナが呆れる。


「新学期早々、あの学校の教師陣は馬鹿しかいないのかしら。いや、無駄に優秀なせいでプライドが高くて、一周回って阿呆になっているのね。納得だわ」

「自分も言われたんすけど、何食わぬ顔で嫌ですって言ってたら成績を下げるとか言われたっすね。本当にそんなことされたら、学校長に直接訴えますけど」

「いや、もうそんなことを言われた時点で終わりよ。そして、この事実がセレルの耳に入った時点で、もうその教師たちには天罰が下るわ」

「天罰というか、しかるべき人にお話を通すだけなんだけどね。でも、その前に」


立ち上がり、僕はシセラの傍に立ち、落ち込む彼女の頭を優しく撫で付ける。


「嫌な思いをしたね、シセラ」

「セレル先生……」

「あと、ごめんよ。君がそんなことを言われてしまったのは、僕があの人たちと尋常でないほどに仲が悪いことが原因でもある。あの無能……先生たちは一回死んだほうが……頭を冷やしたほうがいい。本当は僕が殴っ……お話し合いをするべきなんだけど、聞いてくれないだろうから、扱いやす……話のわかる人に直接訴えるよ」

「隠せてないわよ」


いかん。つい本音が。

彼らの顔を思い浮かべると、どうしても破壊衝動というか本音をぶちまけたくなってしまうんだよね。

でも、これでもかなり抑えているんだよ。胸の中では今すぐにでも学校に殴り込んで「可愛い生徒を泣かせてんじゃねぇよ○○潰すぞッ!!!」と怒鳴りたい気持ちが暴れているんだから。


「嫌なら、明日は学校をサボってもいいよ。ここに来ればいいし、僕が勉強を見てあげよう。ただ、今日は傷心したばかりだから、家でゆっくり休むんだよ」

「……」


黙って話を聞いていたシセラは微かに表情を歪め、再び僕の胸元に抱き着いた。

あー、よしよし。こういうときは思いっきり人に甘えたくなるよね。だからフィオナ、そこまで睨まないでくれ。子供を慰めるのは大人の役目だからさ。

大の大人数人に恫喝されたんだから、泣きたくなるのはわかるだろう?


「ありがとう、ござい、ます……」

「うん。嫌な気持ちは溜めこまないように。今ここで吐き出しておくんだ」


背中を摩っていると、リーロがニヤニヤと笑っていた。

なんだよ、その顔は。


「いやぁ、なんだか恋人……というよりお父さんみたいっすね」

「君たちを子供扱いしてるだけだよ。それに、流石にシセラの話を聞いて頭に来ないわけないし」

「安心っすね。こういう時に頼れる人がいるっていうのは」

「君たちがそう思ってくれるなら嬉しいよ。リーロは明日どうする?」

「自分もこっちに来ます。脅迫されたばかりなんで、それを口実にサボれるなら最高っすね。学校の授業は遅れているのでつまらないし」

「了解。学校に行く時間にはここにいるから、その時間においで」


八時過ぎには僕はこの図書館にいるので、十分間に合うだろう。

魔法学校の授業開始は九時からなので。

シセラを慰めながら、不機嫌そうに僕を見つめるフィオナに視線を移す。

後で埋め合わせしてあげるから、今は勘弁して。


「で、いつ行くの?」

「学校長は夜にもいるだろうし、図書館を早めに閉じて今日行くよ」

「賢明ね。さて、彼はどんな反応をするのか……いい? 私の後ろに隠れてるのよ? その方がビビると思うから」

「そうだね。教師を律しきれていなかったんだから、それ相応に怖がってもらわないと」

「あの、セレル先生は本当に何者なん、すか? 学校長って王国トップクラスの魔法士のはずなんすけど」


あー、まぁ世間ではそう言われているだろうね。

でも、別にそんなに威厳のある人じゃないよ。しいて言うなら、面白い人かな。


「ちょっと顔が広いだけの、単なる司書だよ。名実ともにね」

「いや、ただの司書は王族と顔見知りだったり、学校長に怖がられたりしないっすけどね……」

「それはそれ」

「ど、どういうことっすか?」


詳しくは教えません。


胸の中で泣いていたシセラは、いつの間にか泣きつかれて眠ってしまっていた。流石に一人で放置しておくわけにもいかなかったので、ソファに寝かせて毛布をかけてやり、リーロに傍にいてもらうことで、僕は仕事に戻ることができた。


夜は面白いことになりそうだし、元々急いでいた仕事を更に急いで終わらせることにした。

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