第28話 儀式

腕の中で身を縮こまらせるシオン様の頭を撫で続けながら、僕は今しがたが吹っ飛ばした男──アトスの方へと視線を向ける。

危なかったな。後少し遅れていたら、シオン様は殺されていただろう。全く、子供に刃物を向けるなんてどんな教育を受けてきたんだか。


「普通なら、今の一撃で死んでいると思うんだけど……そこは流石に魔法で防御したみたいだな」


融解した鉄格子に粉砕した壁。

その奥にある暗闇からは、まだ魔力の反応はある。とは言っても、無傷ではないみたいだけどね。まぁ、立ち上がって来るまで待ってやるか。どのみち──逃がす気は毛頭ないし。


「セレル様、怖かった、です……」

「えぇ。痛かったですし、心細かったですよね。申し訳ありません、外部にしか疑いを向けていなかった、僕の落ち度です。でも、もう怪我はさせません」


ギュッと抱きつくシオン様。

まだ十代前半の彼女には、苦しい経験をさせてしまった。帰ってから、たくさん慰めてあげないと。


「貴様……どうやってここが。確かに、屋敷一体に広がる探知魔法は消滅させたはず」

「もしかして、あの魔力の塊のことを言っているのか? だとしたら、見当違いなことをしたな」

「なに?」


ガラガラと身体の上に乗った壁の破片を払いながら起き上がるアトスは、疑問気に僕を見据える。

魔法の知識が浅い……というより、僕の電磁網の特性を知らないからか。


「魔力の塊で消滅させることができる探知魔法は、自身の魔力そのものを放出して感知するものだけ。僕は魔力を電磁波に変換して探知しているから、君の使った方法では消滅させることはできない。魔力を事象に変換した後のものには効果を発揮しないんだ」

「……勉強不足だったみたいだ」

「その不足分を補填する機会は永遠に来ないけどね。まさか、そんなふざけた儀式を未だに信じている阿呆がいるとは思ってもみなかったけど」

「ぇ」


電磁網で拾っていた会話のことを言うと、腕の中のシオン様が声を上げる。


「セレル様、アトスが言っている魔法を、知っているのですか?」

「以前禁書で読んだことがあったので。多分、彼よりも詳しく知っています。知っているからこそ、やろうとは到底思えませんね」


碌なものじゃないよ。

あの儀式は。まさかそれを実行しようとしている者がいるとは、正直驚きでしかない。あの儀式で手に入れた強さは、いずれ身を滅ぼすと知っているから。


「襲撃者にわざと伯爵家の家紋が入った短剣を渡し、グランツ伯爵を捕まえさせたのは、君自身に疑いを持たせないためか」

「ふふ、その通りだ。狙い通り、貴様は伯爵の秘書が外部の人間であると決めつけ、俺を疑うことをしなかった。ちなみにネタばらしをすると、グランツ伯爵の秘書というのも、呪詛魔法で記憶をすり変えただけだ。実際には休みを貰った日に、伯爵家へと行き数度会っただけにすぎない」

「分家から来たというのは?」

「それは本当だ。元々分家に居たが、シオンお嬢様に近づくために呪詛魔法を彼女に埋め込み、護衛を増やすという名目で分家連の中から腕の立つ者を本家に招き入れると読んでいた。正にその通りになったわけだ」

「頭のキレる奴だけど、最後の最後に読み違えたな」


シオン様に一度断りを入れ、彼女から身を離す。

傍に居てほしそうにしていたけど、ごめんなさい。あれを倒したら、気が済むまで一緒にいてあげますから。


「さて、お仕置きだね。どうする? 大人しく投降するなら、動けなくなる程度で済ませてあげるけど」

「ここまできて、引き下がれるわけがないだろう? なに、問題はない。貴様を殺せば全て解決するのだからなぁッ!!!」


魔導書を宙に浮かせたアトスは片手を挙げ、魔法を発動しようと魔力を込める。

呪詛魔法しか使えないわけではないのだろうけど……やっぱり、エゼルとは比較するのも馬鹿らしい。

雷を纏い速度を引き上げた僕は瞬時に彼へと肉薄。


「──ッ」

「遅すぎる」


拳を一気に振り抜き、顔面を殴りつける。

鉄格子を砕いて階層の中央へと飛ばされたアトスは何とか姿勢を戻し、同時に炎の大蛇を召喚。

戦いの素人にしては、いい出来栄えじゃないかな。実戦の最中に冷静さを失わずに魔法を発動できる時点で、凄いことだと思うよ。


大炎蛇メビルム


口腔を大きく開いた炎の大蛇は僕を丸呑みにしようと迫りくる。

近づくと感じる凄まじい熱量。この威力は素直に称賛するけど、速度が伴っていなければ意味がない。

余裕を持ってそれを躱した僕はお返しにと雷で鳥を模り、アトスの頭上からそれを何羽も落とす。雷鳴を響かせながら急降下する雷鳥に慌てて炎の大蛇を戻し直撃を防ぐが、連続して降り注ぐ雷に長時間耐えることはできず、七羽を受け止めた時点で消滅してしまった。

両手を床につけたアトスは、恨めしそうに僕を睨む。


「ぐ──ッ」

「一つの魔法に頼り過ぎ。もっと多彩に罠を巡らせて、相手を翻弄させないと」

「……能天書パワーズの分際で」

「君の魔導書は主天書ドミニオンだったかな? 二つ下の位階である僕にここまで一方的にやれていては、位階の差もあったものじゃないね。固有能力は使わないのかい? いや、今の魔法からして、君の天導の書ハシュマルの固有能力は炎系統魔法威力増幅、かな」

「……」


何も言わないところを見ると、図星みたいだね。

いや、それでも相当強いことに変わりはないんだよ。主天書だし、威力増幅と言っても下位の魔導書とは比べ物にならない程だ。鍛え上げれば、この古城を丸ごと消滅させる程の炎魔法を使うことができるようになるだろう。

まぁ、そこまでの魔法を使うようになるには、相当鍛錬が必要だろうけどね。でも、そこそこの鍛錬でも強くはなれるはずだ。


「自分に実力が足りないのは、鍛錬が足りていないからだ。これでは魔人書へと作り変えたところで、君は何も変わらな──ん?」


アトスの後方にある鉄格子の中に、人型の何かが倒れているのが見えた。

床に広がっているのは……血。

あぁ、そうか。グランツ伯爵の秘書と一緒にいなくなった人物が、もう一人いた。

その成れの果てが、あれというわけか。


「レベス……まさか、こんなことになるとは思ってなかっただろうな」


既に息絶えている彼にかける言葉は何もない。

関わりもほとんどなかったし、シオン様を陥れようとしていたのだから、その報いを受けたと言われれば納得してしまう。どのみち、呪詛魔法に関わった時点で死罪だ。情状酌量はない。

だけど……罪人だからと言って、このアトスが身勝手に殺していいというわけではない。


「ふ、ふふ」


不意に、アトスが床から手を離して立ちあがった。

炎の大蛇で防ぎきることができなかった雷鳥の紫電が微かに彼の身体で放電している。動きが何処かぎこちないのは、身体が痺れているからか。


「あの姿になった彼に、同情するのか?」

「いや、別に。悪事を働いたのは彼だからね。でも、きちんと法の下で裁かれるべきだったとは思う」

「どのみち死ぬ運命なんだ。ただ火葬されるよりは、その遺体を俺が有効活用するほうが彼も報われると思うが」

「その有効活用の方法が、邪道極まりないことっていうのが残念でならない」

「邪道? ……フン、素晴らしさもわからない者が──いや、いいさ。すぐにそんな口を聞けなくしてやる」


と、アトスは片足のつま先で床を軽く数度小突く。

その瞬間、古城全体が地震に晒されたように大きく揺れた。

いや、全体ではない。揺れているのは、僕らが足をつけている床だ!!


「ここは地下一階。となれば、本当に地震が──」

「残念ながら、ここは地下一階ではあるが最下層ではない。この階層の下には、まだもう一つの部屋がある」


大きく亀裂が入った床は、途端にバランスが悪くなる

瞬時に雷を纏った僕は鉄格子の消えた牢の中にいたシオン様の元へと走り、その身体を抱き留める。


「申し訳ありません、少し我慢を」

「は、はい」


けど、その瞬間。


「さぁ、招待しよう。俺の魔導書が生まれ変わる舞台へッ!!」


足場となっていた床が音を立てて崩落し、その先に広がっていた暗闇の中に、僕らは身を落とした。



「く──ッ」


風で身体を包み衝撃を緩和した僕は、シオン様を抱きしめていた腕の力を緩める。

足元に感じるのは、くるぶし程の高さまで感じる水の感触。

天井はかなり高くなり、何故か壁に埋め込まれた蝋燭台に火を点けることで視界を確保する。


「せ、セレル様。ここは……」

「恐らく、昔の貯水場でしょう。今はかなり水が引いているので、これくらいの高さしかありませんが」


上の階層と同じく円状の室内には、低い高さの水が溜まっているのだ。

かなりの年月放置されていたはずなのに、その水は透き通っていて清潔そのもの。恐らく、この貯水場全体に水常に浄化し続ける魔法が付与されているのだろう。

壊してしまって、申し訳ないな。

っと、そんなことより、アトスは何処に──正面から、禍々しい気配が。


「括目せよ。魔導書が、人智を超えた魔人の力を継承する様を」


正面に見えるアトスが自身の魔導書を宙に浮かべ、両手に持ったもう一冊の魔導書と心臓を捧げる。奇妙な魔法式が足元には描かれており、彼を護るように微かに光る光の壁が展開していた。


「本当はお嬢様の智天書で儀式を行いたかったが、貴様が来てしまった以上は仕方ない。あの馬鹿貴族から奪った座天書スローンの魔導書を使うとしよう。智天書は、貴様を殺してから奪えばいいのでな」


言い終えた、瞬間だった。

天導の書に魔導書と心臓が融合し、本の姿が、変化した。

表紙に埋め込まれていた透明な水晶は禍々しい暗黒色に変わり、頁の一枚一枚が紫色に変色。溢れ出る瘴気も毒々しく、とても近づけるような代物には見えなかった。


「これが、魔人の書物……」


感動したように呟くアトスがそれを手にし、直後、彼の身体に異変が起きた。

書に触れた手から肌が病的なまでに黒くなり、両頬に大きな目が開眼。

身体からは黒い煙を拭き出し、元々あった両目からは血涙が流れる。


けど、そんな状態になってもアトスは苦悶の声などは一切あげず、逆に喜々とした表情で魔人書を手に取り僕を見据えた。


「あぁ、今なら、貴様を簡単に殺せる気がするぞッ!!!」


悍ましい殺意。

それを直接向けられた僕はシオン様の頭を一度撫で、雷天断章ラミエルを手に立ち向かった。

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