第24話 捕縛後の謎

「それで、その後はどうなったのですか?」

「グランツ伯爵を捕らえた後は彼を拷も──コホン。尋問しまして。しかし頑なに口を割ろうとしなかったので、仕方なく自白剤を投与して全てを吐かせました」

「せ、セレル様は優しそうなお顔をされているのに、かなり凄いことをされるのですね……」

「必要と判断したので。それに、自白剤が今回かなり役に立ちましたし。やはり、知識は力ですね」


図書館の勉強机に座って魔法書を開いていたシオン様は、グランツ伯爵の事を聞いて口元を引き攣らせる。

そんなにえげつないことはしていないよ。まぁ、ちょっと痛い目にはあってもらったけど、それ以外は別に。自白剤を投与してすぐに意識が朦朧として色々と喋ってくれたからね。自白剤を投与したのが尋問してから二時間くらい? だったかな。それまでの間は薬なしで喋らせようとしたけど、駄目だった。流石は腐っても貴族。といったところかな。


「動機は何だったんですか?」

「下衆な話ですが、聞きますか?」

「大丈夫ですよ。それに、狙われた理由は知っておきたいですから」

「……婚姻が目的だったそうです」

「婚姻、ですか?」


いまいちピンと来ていないのだろう。

呪詛魔法と婚姻には、一見すれば何の関係もないからね。でも、そこにグランツ伯爵の下衆で吐き気がする事情が介入するんだ。


「要するに、伯爵は公爵家との繋がりが欲しかったみたいです。シオン様が魔法を使えなければ、他家との繋がりを持つために公爵が嫁に出すと考えたみたいで、その相手に長子のレベスをと思っていたということです。そのために、貴女に魔法的器官の活動が著しく低下する呪詛をかけたと」

「……腹が立ちますね。そんな身勝手に、私は巻き込まれたということですか」

「そういうことです」


話していた僕もムカついてきた。

幼気なお嬢様をこんな目に遭わせるなんて、どうかしてるよ。この四ヵ月間、シオン様が一体どれだけ苦しまれたことか。尤も、それを画策した本人は地下牢でお灸を据えられ、尚且つ裁判ではほぼ死罪が言い渡されることが確定しているけど。


「一先ず、二度とこんなことを考えることもできないくらいにしておいたので、安心してください」

「セレル様が私の代わりに伯爵に罰を与えてくれたなら、それでよしとしましょう。で、やはりグランツ伯爵本人が私に呪詛魔法を?」

「そうですね。四ヵ月前の会食時、握手をされた時に埋め込んだと。ただ、呪詛魔法自体を組んだのは彼ではないようです」

「術者が他に?」

「はい。どうやら、魔法式を組んだのはグランツ伯爵の専属秘書のようで。その、しかしですね……」

「何か問題が?」


シオン様が小首を傾げる。

う~ん。まぁ、いずれ知ることになるし、危険に晒されている当事者だから教えてもいいか。


「その秘書、現在行方がわかっていないんです。屋敷の中をくまなく捜索しましたが、痕跡すら見つからず。加えて、長子のレベスも同じく見つかっていません」

「伯爵が捕まることを予見して、姿を眩ませたのでしょうか?」

「わかりません。で、妙なことが数点ありまして」

「妙なこと?」

「はい。一つ目に、自白剤を投与した状態の伯爵がその秘書の姿や名前を憶えていないんです。隠すことはできないはずなんですけど……純粋に、記憶にないとしか言いようがありませんね。レベスに関しては、昨日から姿を見ていないの一点張りです」

「……どういう、ことなんでしょうか?」

「こればかりは何とも言えません。その秘書とレベスの行方を追っていますが、残念ながらまだ何も成果がないので」


考えられる線としては、その秘書が伯爵の記憶に干渉して自分に関係する記憶を完全に消去した、ということか。呪詛魔法を使うことができるということだし、対象の記憶に干渉する魔法は当然呪詛魔法にはある。そして、秘書がレベスを逃がした。僕はこの可能性が一番高いと思っているけど、実際のところはどうなのか。


「一応僕も電磁網を張り巡らせているので、知らない魔力には警戒しています。けど、魔力だけではどうにもなりませんからね。事前に秘書の魔力を知っているなら、話は変わってきますが、生憎見たことがありませんので」

「ということは、私の護衛はまだ継続、ということになるんですか?」

「まだ危険は去っていませんからね。公爵様にもそう伝えられています」

「そうですよね!! ふふ、(まだ一緒に居られます)」


魔法書で口元を隠したシオン様は少し嬉しそうだ。

全く、危険が身に迫っている状態だというのに、呑気なことで。


「もっと緊張感はないんですか?狙われている身なんですよ?」

「だって、セレル様が護ってくださるのですよね?」

「それはそうですが……はぁ。いいですか? 一流の魔法士を目指すのなら、自分の危機は自分で対処できるように、心構えをですね」

「それは魔法が上達してから覚えます!」

「……それでもいいですけど」


おかしいな。

魔法技量よりも、心構えの方が遥かに簡単に覚えられると思うのだけど……精神力はそのまま魔法技にも影響を及ぼすし。少し魔法を覚えたら、特別訓練でもした方がいいかも。


「まぁ、とにかくまだまだ警戒を解いてはいけないので、十分気をつけましょう。僕もついているので、大丈夫だとは思いますが」

「その間、勉強を教えてくださいね。たくさん」

「いいですけど……今日みたいに、休館日に図書館に来るということはできる限り少なくしてほしいです」


僕の要望は、笑顔と共に「善処します」の言葉で返された。

一見すると了承しているように思えるかもしれないけど、僕は知っている。この言葉は、無理と同義語であるということを。

なぜなら、普段から僕が無理、却下する時に使う常套句だからね。

はぁ。休日も図書館通いか……。



「伯爵は捕まった……か」


暗い地下に俺の声はよく響く。

あの老人が捕まったのは、想定内であり作戦通り。今頃は自らが画策したことを洗いざらい吐いているだろうな。当然、俺の素性を全く憶えていないということも、相手には伝わっているはず。

だが、それでいい。情報が交錯し、から意識を逸らすことができるなら、それで。

確かあの司書は魔力を広範囲まで探知することができたはず。そして、その種類も記憶するという力も。つまり、奴は


「フッ、実験材料は揃いつつある。が、肝心なものはあと一つ。最も手に入れるのが困難な代物だ。しかし、それが我が手中に入れば……」


今から考えるだけで高揚する。

俺の計画が身を結べば、きっと──じゃらりと、鎖が擦れる音が響く。


「ん? もうお目覚めか?」


立ち上がり、俺はランプを手に眼前の牢屋の中を覗く。

積まれた藁に皹の入った床と壁。灯りなど一切なく、当然ながら寝具などもない。

まるで拷問部屋のような牢の壁から出る鎖に繋がれているのは、太った醜い少年だ。

その表情は恐怖に引き攣っており、猿轡を噛ませた口からはダラダラと涎を垂らしている。汚く、見るに堪えない姿だ。


「んんんんんんんんッ!!!!」

「喚くな、元主人の息子。はぁ、最も手に入りやすかった血がこれとはいえ、正直視界に入れることすらしたくないな」


名は確か、レベスと言ったか。

いかんな。つい数日前まで仕えていた主人の子息の名を忘れるなど、俺もたるんでいる証拠か。もしくはどうでもよすぎたのか。

まぁ、どちらでもいい。何といっても──。


「どっちみち、となってもらうことには変わりないんだからな」

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