第22話 囮

訓練場に行った日から二日後。

シオン様の護衛中は早めに図書館を閉めることにした僕は、戸締りを済ませ、ベルナール公爵家の馬車にシオン様と二人で乗り、屋敷に向かっていた。

窓の外から見える街は既に夜の暗闇に落ちており、街灯の周囲には蛾が群がっている。歩く人たちは仕事終わりなのか、仲間たちと談笑しながら酒場へと入っていくのが見受けられた。

騒いで一日の疲れってとれるのかな。

すぐにカーテンを閉め、対面に座っているシオン様に尋ねる。


「今日は勉強、捗りましたか?」

「はい! 系統別の特性や相性について、詳しく勉強できました。早く実際に試したいなって、思ってますけど……」

「まずは体内の魔力操作からですよ。そんなにすぐ魔法が使えるような人はいません。いきなりやると、それこそ体内から必要以上に魔力が捻出されて、暴発することになります。本気で死んでしまいますよ?」

「ですよね……。はぁ、早く御父様もびっくりされるくらいになりたいです」

「そう焦らずとも、シオン様ならすぐに強くなりますよ」


今日は一日机に向かっていたようだけど、その集中力もさることながら、理解力も凄まじい。一度読んだことは大抵理解してしまい、わからないところも僕が少し捕捉をしたり噛み砕いて説明してあげると、すぐに自分の力として吸収してしまうのだ。これなら二年生の範囲を先行して学習させて、学校での授業は復習程度に見てもいいかもしれない。

ふふ、残念ながら魔法学校の教師たちには精々ハンカチを噛んでいてもらおうか。


「あの、セレル様?」

「あぁ、すみません。けど、新学期までまだ三週間程ありますから、今週一週間を座学、二週目を魔力操作、三週目に軽く実技を行ってもいいかもしれませんね。新学期が始まる前に、実力をつけておきましょう」

「本当ですか!?」


途端に表情を輝かせるシオン様。

現金な子だな。まぁ、確かに座学だけでは飽きるし、退屈だろう。

楽しみながら学んでもらわないといけないし、何よりノルマがないと緊張感がない。ふむ、ここは一つ課題を出してみるか。


「シオン様。一つ課題を出しますね」

「課題、ですか?」

「はい。といっても、別に達成できなかったからといって罰はありません。シオン様が更にやる気を出してもらうために行うだけですからね」

「はぁ、それで、内容は?」

「簡単なことです。新学期が始まる前までに、初級魔法を三つ、完璧に発動できるようにしてください。種類は問いません。魔導書との相性もあるでしょうし、それは一緒に模索しましょう。と言っても、相性がいい系統はすぐにわかるので、それはその時」


初級魔法三つを、三週間。いや、実質的に一週間か。魔力操作がすぐに終われば、もう少し期間を伸ばせるけど。

なんにせよ、かなり難しいことだと思う。本来初めて魔法を学ぶ子が初級魔法を完璧に発動できるまでに習得するには、一ヵ月程はかかるのだ。それを一週間で、しかも三つ。無理無茶を言っているように思えるかもしれないけど、シオン様ならいける思う。そもそも智天書と契約を交わすことができた時点で凄いことなんだ。

天才、才能がある子には相応の課題を。


「一週間で、三つですか」

「相当厳しいことを言っているのはわかっていますが、成長は早い方がいい。それに、達成できたときには相応のご褒美があります」

「そ、それは?」

「貴女自身が決めることです。勿論、できることとできないことがあるのはお忘れなきように」

「私が決める、ご褒美……えぇ」


うっすら頬を染めながら僕をちらちらと見るシオン様。

一体何を要求するつもりなのか、ちょっと怖くなってきたな……。


そうこうしているうちに、屋敷の前に到着した。

扉が開き、メイドさんがお出迎えし、荷物を預かった。


「お帰りなさいませ、お嬢様、セレル様。本日も、何者かに襲われるようなことはありませんでしたか?」

「心配し過ぎよ。ずっと図書館に居たんだし、セレル様も傍にいてくださったんだから」

「特に不審な者も見られませんでしたので、大丈夫です」

「それならよろしいのですが……」


自身が仕える主人の娘が危険事に晒されているため、流石に心配なようだね。

けど、護衛を始めてから別に不審な者を見たようなことはないし、今のところ大丈夫──。


「──」


電磁網の端に、微かにだけど魔力反応が。

西の方角に顔を向けるけど、当然肉眼では何も見えない。あるのは住宅街へと続く道と、建物だけだ。

けど、確かに捉えた。


「予想以上に早い。案外、お馬鹿さんかな?」

「セレル様?」


屋敷の中に入ろうとしていたシオン様が振り返る。

申し訳ないけど、今日は屋敷で勉強を見てあげることができません。

なぜなら──。


「すみません。少し掃除をしてきます」

「え?」

「大丈夫、すぐに戻りますので──」


瞬時に雷天断章ラミエルを召喚した僕は雷を纏い、シオン様の静止の声に耳を傾けることなく駆け出し、住宅の屋根へと飛び乗り疾走。

恐らくあちら側は、僕が一人になったことを好機と見て追ってくるはず。

流石に雷を纏ったまま急に立ち止まり周囲を窺い始めたら、相手側も警戒してくるだろう。


という考えの元、僕は敢えて魔力反応がある場所から見える場所通過し、図書館へと舞い戻った。裏口から入り、あたかも忘れ物を取りに来たようにする。

勿論忘れ物はないので、用事を済ませた後に扉を開け外へ出る。


「で、敢えて人通りの少ない道から帰る、と」


暗い路地を歩きながら魔力反応を探る。

うん、もう至近距離まで来ているね。目的はシオン様を護っている僕を暗殺するためか。流石に屋敷には公爵家に仕えている魔法士も騎士もいるので、襲撃はできない。僕が一人になったことをこれ幸いと、仕留めに来たのだろう。

わかりやすいというか、典型的というか。


何にせよ、都合がいいのはこちらも同じだよ。


「来たか」


歩きながら呟き、左右前方の建物。その屋根から僕めがけて剣を振りかざして飛び降りてきた二人の黒装束。

隠密性能を自身に付与する魔法を使用しているようで、音もなければ気配も感じない。僕からすれば、隠密魔法を発動するために使用している魔力でバレバレだけど。

二人の黒装束の着地地点にいないよう踏み出す足を引き、着地と同時に気づかれたと一瞬焦りを見せた二人へと瞬時に肉薄。

雷を纏わせ捻りを加えた拳で鳩尾を突き刺し、昏倒させる。次いで、別の方向から投擲されたナイフと氷の矢を雷と風で迎撃。

流石にこの二人を回収されるわけにはいかないからね。当然、殺されてやるつもりもない。


「残り……八人、か」


思ったよりも人数がいるな。

まあ、確実に僕を殺すために派遣した人数なら、少なすぎるんだけど。

全員が全員、今しがた見せた僕の魔法や攻撃に手を止めてしまっているし。たかだか能天書パワーズに負けるはずがないとか思ってたのかもしれないけど、こちとら修羅場を幾つも潜ってるんだ。

位階を絶対と思っているような魔法士に負けるわけないだろう。


「よっと」


最初の襲撃者が持っていた剣の刃を半ばから折り、それに雷と風を纏わせ、後方の建物の屋根へと向かって投擲。

二秒程後、苦悶に満ちた悲鳴を上げながら女と思われる人影が地面に落下した。

狙い通り、右足を半ばから切り裂かれたようだ。


そしてそれを皮切りに、隠れていた襲撃者が僕に向かって襲いかかってきた。

それぞれが魔法を紡ぎ、武器を手に取り、僕の命を狩り取ろうと躍起になっている。その姿には余裕など一切見られず、死に物狂いで動いているように見えた。

それを躱し、受け止め、隙をついて反撃する。

三人程気絶させたところで力量差に気が付いたのか、残りの四人は僕から逃げるため撤退を始める。それぞれ別々の方角に、四方八方に散らばっていく。


その判断自体は間違いではない。纏まって逃げるよりも、分散した方が逃げられる確率は向上するから。

だけど──それは既に予想済みで、対策は取ってある。


その証拠に、すぐに各地から悲鳴や驚愕の叫び声が上がった。

怪我はさせてないみたいだけど、どうやって捕らえたんだろう。


「ん? これだけか? もっと沢山いると思ったんだが」


カツカツと靴音を響かせながら姿を見せたのは、エゼル。

僕を見つけるなり、何処か落胆した様子で肩を落としていた。

その理由は大体察しがつくけど、捕らえる手間が増えるから面倒だと思う。


「僕の魔導書位階が低いからって、これだけしか用意しなかったんだと思うよ」

「マジかよ。大半はお前が倒しちまったし……あーあ、ちょっとは手応えがある奴が来ると思ったんだけどなぁ」

「他のは?」

「金属の輪で拘束してある。逃げはしないさ」

「戦ってすらなかったんだね……」

「逃げる気しかなかったようだからな。あいつら」


僕との実力差を見て、だと思うけど。エゼルだったらもっと容赦なかっただろうね。その場で心が折れる程絶対的な力の差を見せつけたはずだ。

まだ反撃する余力があった分、僕は寛大だと思う。


「しかし、模擬戦の後に頼まれてから常に準備はしていたが……まさかこんなに早くに動き出すとはな」

「僕も驚いてるよ。普通はもっと時間を空けて、少しでも緊張が緩んだときに奇襲するものだと思うんだけど、雇い主は相当の馬鹿。は、言い過ぎか」

「いや、そうでもないみたいだぜ?」


口元を押さえ、エゼルは笑いを堪えながら落ちていた短剣を手に取っていた。

別に、何の変哲もない短剣だけど……これは、笑うしかない。


「どうやら本当に阿呆なのかもね」

「あぁ。でも、幾ら馬鹿だからって家紋が入った短剣を襲撃に使うか?くっくっく……マヌケ過ぎて笑えてくる」


エゼルが持っていた短剣には、はっきりと薔薇が描かれた紋章が刻まれていた。

これは王国貴族の中に存在する紋章であり、その家の名前は──。


「グランツ伯爵家。決まりだな」

「孫子の代まで笑われるおおまぬけだ」


こんなにも早く襲撃が来るとは思わなかったし、こんなにも早く犯人がわかるとは思わなかった。

いやぁ、貴族だからって頭がいいわけじゃないんだね。

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