第21話 裏での出来事。
短いのでもう一本上げます。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「なぜ呪詛魔法がそうも簡単に解呪されるのだッ!!!」
陽が沈みかけている時間帯の部屋に、聞き触りの悪い怒声が響き渡った。
全く忌々しい。どうせ叫ぶのなら、俺のいない場所で騒げばいいものを。
しかし、それだけ今回の件が想定外だったということだろう。自らにかけられた呪詛をどうにかするならまだしも、魔導書との契約すら済ませていない少女のものを第三者が解呪するなど、人間業ではない。
「あれは魔法的器官の働きを阻害し、魔力操作を不可能にするものだ!! しかも、外部から判別ができぬように態々痣に擬態するような魔法式を組んだというのに!!」
椅子を蹴り飛ばし、その先に置かれていた高価な瓶が音を立てて割れる。
順調に進んでいると思われていた計画がたった一晩で失敗の文字にひっくり返ったのだ。こうなっても仕方あるまい。
はっきり言って、俺にとっても想定外だ。
あの呪詛魔法は魔法的器官の働きを阻害するだけのものではなく、生命力そのものを吸収するという呪詛の中でも解呪が困難な代物。例え解呪したとしても、新たな苗床を求めて付近のものに憑りつくという性質も併せ持っているものだ。
しかし、呪詛の魔力は完全に消滅している。
あの公爵令嬢の身体から別の人間の身体に乗り移ったことは感知していたが……どうやら、乗り移った先でこれ幸いと消滅させられてしまったらしい。
これでは、計画に支障が……既に出ているか。
……ここは一つ、この愚か者を利用するか。
「まだ諦めるのはお早いかと──グランツ伯爵」
「何か策でもあるのか」
今しがた破壊した壺を踏み躙っていた腹の出た男──グランツ伯爵はこちらに視線を向ける。血走った目には焦りと、怒りが見て取れた。
一度計画が躓いたからといって感情に身を任せて我を忘れるとは、滑稽でしかない。しかしそれを表に出すことはなく、俺は頭の中で思い浮かべた二次作戦を告げる。
「今一度、公爵令嬢に呪詛を埋め込めばいいのです」
「もう一度、だと? 方法でもあるのか?」
「勿論でございます」
懐から一枚の魔法式が描かれた紙を取り出し、伯爵の前に置いてあった机の上に滑らせる。
それを手に取った奴はそれを広げ、訝し気に眉を顰めた。
「何の魔法式だ?」
「当然、呪詛魔法でございます。しかも前回よりも解呪が困難になるよう式を改良したもの。伯爵の式を少し弄らせていただきました」
「ほぉ。して、これをどのようにシオン殿に?」
「これは前回のように会食の際に十分近づき、埋め込むものではございません。離れた位置から視認し、発動するだけで呪詛を再び彼女に効果を発揮します」
「なるほど。いや、素晴らしいッ!!」
途端に上機嫌になった伯爵は肉のついた顎を撫で、式を眺める。
よし。これでこいつは再び公爵令嬢に仕掛ける。もうひと押しか。
「しかし、一つどうしても見過ごせない障害がございます」
「障害だと?」
「はい。調べてきた情報ですと、現在公爵令嬢には一人の護衛がついているとのことで」
「……まぁ、用心して護衛を用意することもあるだろう。特に家柄が家柄だからな。その護衛の素性は?」
「王都の図書館で司書をやっている男とのこと。位階は
「司書ッ!! そうか、奴かッ!!」
何処か歓喜したように笑う伯爵は、置かれていた赤ワインボトルに口をつけ、呷る。どうやら、知っているようだな。
「あの小僧が護衛についているとは都合がいい。奴は先日、我が息子に狼藉を働いてくれたようだからな。貴族を貴族と思わんその姿勢が非常に気に喰わなかった。あれは我々貴族にとって害虫に等しい。ここで纏めて始末することができるのなら都合がいいなッ!!」
上機嫌そうで何より。
そして、奴を軽視し、襲撃に乗り気であるならこちらにとっても都合がいい。
「しかも能天書だと? とるに足らんッ! こちらの襲撃部隊は全員
「力天書以上ですか。しかしそうなると、人数が限られてくるのでは? 集めるの容易ではありません」
「十人もいれば容易い。力天書程度なら何処にも仕えていない魔法士がいるであろう。金を見せてやれば、乗って来るものだ」
「承知いたしました。作戦に関しては、彼らに任せても?」
「よいぞ。そもそも戦略や作戦を練るのは、私の性に合わないのでな。戦闘の心得があるものが行った方がよいだろう」
「では、そのように」
頭を下げながら、笑いが止まらない。
こんなにも扱いやすい貴族何て、そうそういないだろう。こっちの思惑通りに動いてくれる忠実な駒はお前の方だ。
さっき司書の男が脅威ではないと言ったが、そんなものは嘘だ。
あいつははっきり言って……化け物でしかない。
位階に間違いはなさそうだが、魔法士にとって最大の差ともいえる魔導書の位階を持ち前の知識と魔力量、そして機転を持って埋めて来る。いや、差を埋めるどころか、実力において更に高みへと上っていく。
恐らく襲撃は失敗に終わる。
だが、これでいい。寧ろ失敗してもらわなくては、俺が困るのだ。
と、そこで部屋の扉がガチャリと開かれた。
「御父上、お呼びでしょうか」
入ってきたのはグランツ伯爵の愚息であるレベス。
親子揃って似たような体格をしているため、たまにどっちがどっちかわからなくなる。
「おぉレベス。朗報だ。お前をこけにした図書館の司書だが……このたび粛清されることが決まった。喜ぶといい」
「本当ですかっ!! ぐふふ、俺を侮辱した罰がついに」
「あぁ、貴族に対する敬意を持たぬ者は皆こうなるのだ。当然の報いだ」
「となれば……シオンの件も、ですか?」
「あぁ。白紙になるかと思ったが、準備は済ませておくようにな?」
「勿論ですっ!! ぐふふふ、とうとうあの美貌が──」
下衆な顔まで似ているとは、滑稽というか珍妙というか。
俺がこれ以上ここにいる意味はない。利用対象とはいえ、こいつらと同じ空間にいることは、非常に不快で耐え難い。
「では、私は兵を集めてまいります」
返答を聞かずに一礼、踵を返し、俺は部屋を後にした。
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