第20話 二人きりでの語らい
その日の昼過ぎ。
まだ一緒にいる! と駄々を捏ねていたフィオナを必死に説得して王宮に置いてきた後、僕らは図書館へと向かった。
僕は仕事をするためだけど、仕事と言っても王宮に提出する書類が溜まっているだけなので、机に向かっていればいいだけ。
僕が書類作成をしている間、シオン様は魔法書を読んでいるとのこと。
これまでは魔法理論などの文献や学校から配布されていた課題に向かうだけだったけど、魔導書と契約を交わした今は魔法書を読み込み、己の糧とすることができる。それが嬉しいのか、魔法書を手に取った時はとてもいい笑顔を浮かべていたな。
分からない部分があればすぐに質問できるように、僕も書類仕事を図書館内の椅子で行い、シオン様の対面に座っている。
彼女が今読んでいるのは水系統の初級魔法書。基本的に魔法書はどんな系統から学んでも構わない。初級魔法はどんな系統でも扱えるようにしておくものなので、どれから始めようとも成長速度は変わらないんだ。
で、どうしてシオン様は水系統からにしたかというと。
「お母様が水系統を得意としているので」
とのこと。
得意系統は遺伝しやすいので、その判断はある意味正しいかもね。
一度魔法書を開くと、持ち前の集中力を発揮してシオン様は本へと没頭してしまった。それに、読む速度がとても早い。一・二分もすれば頁を捲り、次の内容へと移ってしまう。これは将来有望。
っと、僕も集中しないと。
書類にペンを走らせ、次から次へと終わったものを重ねていく。
経費や納本したものの種類、自動的にカウントされる合計来館者数等々。様々な事柄について詳細に記載、チェックしていく。
これくらい王宮の経理担当にやらせればいいと思うけど、生憎あちらも手がいっぱいとのこと。だから僕が自分でやらなくちゃならないんだ。
と、集中して幾らかの時間が経過した時、少し魔法書から目を離していたシオン様がポツリと呟いた。
「セレル様は……」
「はい?」
僕も書類から顔を上げてペンを動かしていた手を止め、彼女の方を見やる。
「どうしました?」
「セレル様は、どのように魔法を学ばれたのですか?」
「どうやって学んだか、ですか」
「はい。
「う~ん……」
興味深そうに目を輝かせて聞かれても……正直どう返せばいいのか困るな。
僕が
「実戦の記憶、といえばいいですかね」
「実戦の記憶、ですか?」
首を傾げたシオン様はいまいちわかっていない様子。そりゃそうだ。一発でわかる人なんてほとんどいないと思う。
「簡単に言えば、実際に魔法を使って戦うことですよ。数多の人と模擬戦を──それも実戦に限りなく近い戦いを行うことで経験が積み重なり、判断力や魔法技量、身体能力も自然と向上していくんです。まぁ、これは本当に稀な訓練方法ですが。シオン様のような将来を担う魔法士の卵には、絶対にやらせることはできません」
「でも、その訓練方法であれば、セレル様のように強い魔法士に──」
「シオン様」
手を組み、僕は一拍空け彼女に伝える。
「実戦に限りなく近いということは、容易に死ぬような環境なんです。お互い本気で相手を殺すつもりでいるわけですからね。隙を狙って仕掛け、防御の上から捻じ伏せるように強力な魔法を繰り出し、疲弊しきった相手にも容赦なく追い打ちをかける。極限の環境に身を置くことで、人間というのは幾らでも強くなれる。けど、一歩間違えれば……いや、道を間違わないからこそ死ぬ。そこで生き残ることができるのは、どこか道を踏み外した人間です。言ってしまえば僕は、あまり褒められない道で魔法を学びました」
「……ごめんなさい。軽率に、そんなことを聞いて」
「いえ、話したのは僕ですから。とにかく、シオン様には絶対にそういうことはさせません。命の危険に晒されるようなことがあれば、全力で僕が守りますから」
魔法を教えるって、約束しちゃったし。
生徒を護るのは先生の役目ってことで。こんなに可愛い教え子に傷がつくなんてことはさせない。
シオン様は何故か僕に視線を固定したまま、笑みを浮かべていた。
「わかりました。私はセレル様に少しずつ、確実に強くしてもらいますね」
「確実に強くなれるかどうかは、シオン様の頑張り次第ですよ。僕はあくまでやり方等を教えるだけにすぎませんから」
「はい。精一杯努力しますよ」
「よろしい。シオン様は素質がありますから、頑張れば近いうちに
現状はイメージが湧かないかもしれない。
魔法士としての力量差を間近で感じているかもしれない。けど、シオン様ならきっと今の僕らが立っている場所まで到達することができるはずだ。それも、そう遠くない未来に。
シオン様は不意に魔法書に栞を挟んで閉じ、一度大きく伸びをした。
「これからは、セレル様と一緒にいる時間がとても長くなりそうですね」
「学校が始まるまでは、そうかもしれませんね。少なくとも、呪詛魔法の件が片付くまでは極力傍にいないといけませんから」
「何だか、フィオナ様に嫉妬されてしまいそうです」
「どうしてそこでフィオナが出て来るんですか……」
こめかみを押さえながら苦笑すると、シオン様はクスクスと笑って言った。
「だって、フィオナ様はセレル様にべったりではないですか。ずっと傍にいるというか、間に入る隙がないというか。私がセレル様のお傍にいるのが安全と言った時、凄い表情をしておりましたし」
「ん~……あの子は、そうですね。ちょっと依存している傾向は、ありますね」
改めて考えなくてもわかってるよ、そんなこと。
でも、きっとあれは恋とかそういうものではないと思うんだ。昔からの顔馴染みで、浅くない関係というか出会いをしたというか、とにかく僕らは一緒にいることが多かった。身分の差もあったし、周囲から色々と言われることもあったけど、そこは国王陛下が融通を効かせてくれた。
だからきっと、フィオナは僕が傍にいることが当たり前となっているんだよ。
「自分の傍にいるはずの人が、他人の傍にいるっていうことが、納得できないんだと思いますよ。玩具を取られたみたいな」
「そう思うのは、特別な気持ちがあるからですよ。でも、私も魔法を習いたいので、セレル様の傍にいることは譲れませんけど」
「公爵様にお願いされていますからね。流石にフィオナもそれは理解していると思いますが……如何せん、護衛が終わった後が怖いですね」
「終わった後、ですか?」
「はい。まぁ、あんまりいうのもあれですけど」
これ以上フィオナのイメージを壊すわけにはいかないから言及はしない。
でも、きっと拗ねに拗ねて図書館に殴りこんでくるだろうなぁ。一日中入り浸るとか、平気でしそう。仮にも王女なんだから、同年代の男のもとに行くことの意味をしっかりと考えてほしいな。
「とにかく、結構面倒くさい子なんですよ。あの王女様は」
「そういうわりに、フィオナ様と一緒にいる時のセレル様は何だか楽しそうにされていますよ?」
「そうですか? 気のせいだと思いますけど……」
個人的には結構大変な思いをしていることの方が多いんだけどな。
でも、第三者から見れば楽しんでいるように見えるらしい。……否定できないのは、実際一緒にいるのが嫌とは思っていないから、なんだろうなぁ。
「シオン様は、あんな我儘王女様みたいにならないでくださいね。あ、でも彼女の優しいところは真似してもらっていいですよ」
「優しいところですか?」
「えぇ。弱っている人に手を差し伸べてあげることができるところとか、さりげなく気遣いができるところとか」
「へぇ、やっぱり、フィオナ様は素敵な人なんですね!」
「そうですね。勘弁してほしいところもありますけど、基本的には良い子です。大変なところも多いですけど」
「ふふ、じゃあ私はセレル様を困らせないような良い子になりますね」
「そうなっていただけると本当に助かります」
どうやら、シオン様は大丈夫そうだ。
我儘な子がこれ以上増えるのは、正直言ってかなり大変だからね。
公爵様の教育もしっかりしているようだし、彼女自身もしっかりもの。良い教え子で本当に安心したよ。
「(……間に入る余地はない、か)」
「シオン様?」
「なんでもありませんよ」
呟いた何かを誤魔化すように首を振ったシオン様は、再び魔法書を開いて勉学に集中する。
僕もペンを手に取るが、先ほどまでの無言での作業とはいかず、僕らは終始雑談を交えながら、各々の作業を進めていった。
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