第19話 頼み事
「模擬戦だって言ったよね……」
「悪いな、つい熱くなって」
「熱くなった、ってだけで、ここまでやるなよ……」
十数分後の訓練場の大地に横たわった僕は溜息を吐きながら、隣で胡坐をかいて座っているエゼルに苦言を呈した。
頭上に広がる空は青く、浮かんでいる雲も白くて綺麗だ。
なのに……少し視線を下に向けると、映るのは見るに堪えない程荒れてしまった訓練場。建物や壁には幸い影響がない(頑張って防いだ)けれど、地面はボロボロだ。
「なんで斬撃を飛ばすたびに地面を削るんだよ、君は」
「見た目も大事だからな」
「終わった後の見た目を気にしてくれ。これ、修復班がまた苦労するんだろう?」
「そのための修復班だからな」
二回目になるけど、本当に申し訳ないと思う。
次からは……無理だな。そもそもエゼルの戦闘スタイルは周囲に影響がありすぎる。鉱物生成魔法何て作らないければよかったかもしれない。
「全く……しかも、僕のこと殺す気だったろ」
「そういうつもりはないって。言っただろ? お前に合わせた強さで戦うって」
「僕に合わせてないだろ。僕に合わせたら対軍用魔法何てこの場で使うはずないからな」
「それを難なく止めた奴に言われたくないな」
「君ね……」
こめかみを痙攣させながら抗議しようと思ったけれど、やめておこう。
ここで何かを言っても変わるような性格ではないことはわかっているし、今は声が届く場所には僕らしかいない。
シオン様とフィオナがこちらに向かおうとしているのは見えたので、早めに要件は終わらせておくべきだ。
「模擬戦に付き合ったんだから、僕の頼みを聞いてくれるんだよね?」
「あぁ。流石にここまで戦わせたんだから、相応の礼はするつもりだ。俺に何を頼む気だ?」
僕は身体を起こしてエゼルと同じように胡坐をかき、事情を説明する。
「貴族の中に、呪詛魔法を使う者を抱え込んでいる奴がいる」
「呪詛魔法を? なんでまたそんなことが──」
「あそこにいるシオン様が、呪詛魔法をかけられて数ヵ月間魔導書と契約することができずにいたからだ」
「──ッ」
俄かには信じられないと言った様子で目を見開くが、僕が一度頷けば顔色を変えて神妙に唸った。
「実際には会ったことがないし、呪詛魔法何て現代に使う奴がいることに驚きだな。で、彼女にかかった呪詛は、お前が?」
「治療方法や解呪の方法は探ったけど、全く駄目でね。色々と探している間に、シオン様の生命力が呪詛に奪われていったから、僕の雷魔法で強制的に消滅させた」
「雷魔法でって……相当キツかっただろ。ちょっとでも魔法操作ミスったら即死体だぜ?」
「でも、あの時は僕しかやれる人がいなかったし。それに……大変だったのは、僕よりもシオン様の方だよ」
身体に走る雷が齎す苦痛は計り知れないものだ。実際、あの時僕が流した電流は拷問に用いられる強さと同等。十数分とはいえ、耐えきった彼女には本当に称賛しかないよ。尋常ならざる精神力と忍耐力を持っているのだから、今後どれだけの壁にぶち当たったとしても乗り越えてくれると思う。
「そうだろうな。しかし、雷魔法で呪詛を消すことができるなんて聞いたことがないが」
「試した人なんて極僅かだろうし、記録が残っていないんだろうね。でも、理論上は不可能じゃないし、実際僕はやったわけだ」
「そうだな。大事なのは結果だ。過程なんてくそくらえだし」
「その考えもどうかと思うけどね。過程で得られるものも大きいことだってあるんだから」
「そうともいえるがな。それより、肝心の俺に対する頼みってのは、それ関連か? 呪詛魔法を使った奴を調べろとか、そういう系?」
「似てるけど、少し違う」
当たらずとも遠からずってところかな。
いい線はいっている、というか話の流れからすればそうか。これで全く関係なかったら、今までのはただの雑談になってしまうし。
「そうだね、まぁ簡単に言うと──」
僕の頼みを聞いたエゼルは「なるほどな」と頷き、苦笑を漏らした。
「何というか、姫さんとお嬢様が聞いたら全力で反対しそうな内容だな」
「だろうね。けど、それが一番手っ取り早いんだよ。敢えて懐を見せる、ってところだね」
「俺が手伝ったことで姫さんに大目玉を喰らう可能性は?」
「僕が全力で宥めるから大丈夫。それでだめなら、切り札を使うまでだよ」
「切り札って?」
「怒りを鎮める方法があるんだよ」
内容は詳しくは言えないけど、かなりの確率で成功するものだ。
あんまりやりたいとは思えないけど。
怪しむような視線を向けたエゼルだったけど、最後には溜息と共に了承、納得してくれた。
「まぁ、正直俺がいるかどうかも怪しいことだけど、了解だ。準備はしておくから、安心しとけ。王宮の警備に関しても心配しなくていい。団長が一人いれば、はっきりいって防衛は概ね完璧だし。その時になったら、連絡しろ」
「だろうね。じゃあま、よろしく頼むよ」
話し終えたタイミングで、フィオナとシオン様が荒れ果てた訓練場に下りてきた。
「まー、派手にやり合ったわね。智天書を持つ魔法士として、大人げないんじゃない?」
「魔導書の位階で優劣はつけない主義なんでね。それに、姫さんもセレルが俺に負けるわけがないって思ってたわけだろ?」
「えぇ、当然」
「ならこれくらいで済ませたのを感謝してほしいくらいだけどな。まだまだ全然本気ってわけじゃないし」
「エゼル、これ以上やるつもりなら、僕は今後一切君と模擬戦をしないよ?」
「ってことだし、今後もこれくらいが限度でやるから大丈夫だ。安心しろよ姫さん。お互い怪我もないし」
「怪我がないんじゃなくて、怪我をさせないように気を配っていたんだよ……」
本当に、エゼルと模擬戦をやると疲れる。
位階の差を考えずに固有能力連発してくるんだもん。なしって言ったのに、まるで聞いちゃいない。
対処できるから……というか、僕だからいいんだけどさ。
「全く、もっと綺麗に戦えなかったの? 顔、土埃がたくさんついてるじゃない」
「いや、汚れとか気にしてる余裕は……汚れるよ?」
顔についた土を水で濡らしたハンカチで拭いてくれるフィオナに言うと、「馬鹿ね」と笑って返された。
「ハンカチっていうのは元々汚れを取るためのものよ? 本来の用途で使ってるんだから、問題ないわ」
「そうだけど……ありがとう」
「最初からそう言いなさいな」
「うん。それで、シオン様」
「は、はい!」
何処か緊張した様子のシオン様に声をかける。
まぁ、初めての実戦見学にしては少し刺激が強すぎたかな。
「申し訳ありません。本当はもっと簡単な魔法を使っているところを見ていただきたかったんですが……御覧いただいた通り、彼は少々制御が苦手でして」
「おい、俺だけのせいかよ」
「ちょっと黙ってて。当たり前ですけど、最初からこのレベルに魔法を扱えるというわけではありません。ゆっくりと、着実に成長していけばいいですからね。智天書と契約を交わすことができた貴女です。きっと、エゼルを超える魔法士になれると思います」
これは御世辞でも何でもない。
彼女の器量や成長性は素晴らしいものだ。潜在内包魔力も多いし、何より勤勉だ。呑みこみもとても早い。
将来有望なことに間違いはないよ。
「……凄かったです」
ぽつりと呟かれたシオン様は、僕らに羨望の眼差しを向け、輝かせた瞳で感想を口にした。
「魔法士の方が模擬戦をされている場面を見たことは何度もありましたけど、ここまで迫力があって、高レベルな模擬戦は初めてです! 見たことのない魔法も、見たことのある魔法でも初めて見る使い方をされていて、とても勉強になりました。私もいつか、いつか御二人のようになりたいです」
「あー、申し訳ありませんが、シオン様にはエゼルのようにはなってほしくないです。もっと加減ができて、常識を身に着けてもらってですね」
「おい! これでも名家の生まれだぞ!」
「生まれだけで、品格が伴ってないから言ってるんだろう」
「ケッ!! 酷い
そっぽを向いたエゼルに苦笑し、再びシオン様に向き直る。
「まぁ、人間性はともかく、魔法の実力に関しては王国トップクラスですので、時間がある時にでも教えを受けてもいいと思いますよ。勿論、僕も同伴してですが」
「はい!」
「シオンにはいい刺激になったみたいね。これは将来有望だわ」
「そうだね」
未来の王国を担うこの魔法士の卵が、エゼルのようなノリと勢いで行動するようにならないように、僕はしっかりと導いてあげよう。
大丈夫だとは思うけどね。
その後、訓練場に駆けつけた修復班の人がエゼルにひとしきり苦情を述べ、訓練場の地面を直していった。
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