第18話 位階
「模擬戦、か」
「あぁ。ここ最近は訓練ばかりでまともに身体を動かせてないからな。折角そっちから訓練場に来てくれたんだし、この機会を逃すわけにはいかないだろ」
腕を組みながら言うエゼルは、もう何を言っても聞きそうになかった。
やる気満々というか、ここで断るなんて許さないという雰囲気が醸し出されている。
この戦闘狂が……。
「ちなみに断ったら、頼みを聞いてもらえないのか?」
「そうだな。逆に模擬戦を受けるなら、俺はお前が提示するどんな要望にも可能な限り応えてやる」
「可能な限り、ね」
そこは絶対にと言ってほしかったかな。
ちらっとフィオナに目配せを送るけど、首を左右に振られ、ぐっと拳を握って頑張れのエールが。
こうなるとエゼルがかなり頑固なことを知っているから、諦めたのか。薄情者め。
はぁ。仕方ないか。今日は戦うつもりはなかったんだけどな……。
「いいよ。但し、全力は禁止な。固有能力の連発も、訓練場が破壊するほどの高威力魔法の使用も禁止」
「わかってるよ」
「なら、いいけど。──シオン様」
エゼルが先に訓練場を下りていく後ろ姿から視線を外し、隣で話を聞いていたであろうシオン様に呼びかける。
いきなり戦うとか、びっくりしてるだろうなぁ。
「色々あって、僕は今から彼と戦うことになりました。図書館に行って勉強するのは、もう少し後になりそうです」
「それは構わないのですが……大丈夫、なのですか?」
シオン様は不安そうに眉を寄せる。
何を心配しているのかはよくわかるよ。普通なら、
魔法士の間ではそれほどまでに、位階というものが絶対視される傾向がある。
「大丈夫ですよ。お互い本気ではやりませんし、もし本気だとしても、負ける気はさらさらありません。まぁ、本気を出すことは永劫ありませんが。模擬戦ですし」
「シオン。セレルに心配は無縁よ。見た目は華奢で強そうに見えないけど、私が知る中で一番強い人だから」
「凄い信頼だなぁ」
「信頼してるもの」
真っ直ぐに見据えて言われると、凄く照れるんだけど……。
すると何故かシオン様はムッとされ、僕の手を取られた。
「わ、私も信じています!頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます。では、ちょっと行ってきますね」
去り際に彼女の頭を撫で、僕は訓練場の階段を下りていく。
眼前に見える訓練場の中央では既にエゼルがニヤニヤと嬉しそうに待機しており、先ほどまで訓練をしていた宮廷魔法士たちは全員場外へと退避していた。
何故か全員、息を呑んだ様子。
「なに? 僕って一体なんだと思われてるの?」
「ここにいる奴らの五割は前に俺と戦った時を見ているからな。訓練場を半壊させたくらいだし、とても普通だとは思ってねぇよ」
「若気の至りってやつだ。それに、半壊させたのはほぼ君だろう」
「戦いの末にああなったんだから、お互いに非はあるだろ」
「まぁね」
僕が立ち位置に着くと、エゼルは片手を翳して自身の持つ魔導書を召喚した。
王国に七つしかない、
「──
召喚の瞬間、輝かしく巨大な魔法陣がエゼルの右手を起点として展開され、微風が生まれ紫色の瘴気を周囲に広げる。
濃密な魔力を持つそれは、第二位の位階を持つ魔導書ならではの強大な力を誇示する象徴とも呼べるもの。それより下位に位置する魔導書とは歴然とした差を実感させる。強者の威厳ともとれる、召喚の演出だ。
「……
密かに上がった口角を無理矢理戻しながら、僕も自らの魔導書を召喚する。
全く相変わらず派手な召喚だよ。上位階の魔導書っていうのは。
「言っておくけど、殺すような攻撃はなしだからね。周囲に影響が及ぶようなことも」
「わかってるよ。お前の技量を考えた戦いをするし、被害があってもお前一人になるようにしてやる」
「できれば僕にも被害がないようにしてほしいんだけど」
「それは無理だな。模擬とはいえ、これは戦いなんだからな──
右腕を大きく振り上げたエゼル。
その動きに合わせるように集約した魔力が流動し──僕の身体を真っ二つにせんと銅の刃が出現。直線状に地面を削りながら迫る。
大きさは……僕の身の丈の六倍くらいかな? 見せたかったんだろうけど、無駄な魔力を使ってまで見せる程のものじゃない。他の魔法士なら、驚いて腰を抜かすかもしれないけど……これはただのお遊びでしかないな。
「
全身に雷を纏わせ身体能力を向上──動きを極限まで雷に近づけ、銅の刃を難なく回避。序に刃に雷を流し、回路を確保。
僕の側面を通り過ぎ去っていくそれは、訓練場の端に到達する直前で停止。砂埃を舞い上げながら。
訓練場の外側でおきるどよめきを聞き流しながら、エゼルに尋ねた。
「銅を使うなんて、珍しいね」
「最近習得した魔法だからな。鉱物生成なんて効率の悪い魔法の中でも、こいつは比較的少ない魔力で変換が可能なんだ」
「だからこれだけ巨大な刃をねぇ。そもそも鉱物生成なんて珍しい魔法を使うのは君くらいなんだし」
「仕方ないだろ。俺の新王使書の固有能力は『鉱物自在操作』なんだ。魔導書と相性のいい魔法を学び、鍛え上げるのが魔法士の王道だろ?」
「確かにね」
エゼルの魔導書が持つ固有能力は前述の通り。
既存の鉱物を手足のように自由自在に操ることができる。それは天然物だけに限らず、魔法で生成した鉱物も対象に含まれる。
魔導書を手に入れた当時は鉱物生成という魔法を使えなかった彼に泣きつかれ、仕方なく僕の知識を総動員して作った魔法式が、現在彼が使っている鉱物生成魔法だ。
大変だった。鉱物生成魔法は遥か昔に失われた魔法だっただけに、復元と改良を施すのに数ヵ月もかかったんだから。実質、固有魔法に近いね。使い手は今のところ彼しかいないし。
「それより、まだ俺の攻撃は終わっていないぞ?」
「ん?」
ふと横を見ると、紫電を帯びた流動する銅の刃は独りでに蠢き、形状を無数の槍へと変化させて僕に襲いかかってくる。
身体能力が向上した僕が避けるのは造作もないことだけど。降り注ぐ槍を軽々と避け、合間に生成した球電をそこかしこに配置し、一斉に放電。
「──ッ。なんだッ!?」
激しく放電する球電を警戒したエゼルは咄嗟に槍の操作を手放し、新たに生成した銅で全方位を覆う壁を作りだし、攻撃に備える。間一髪、僕が放った雷撃は壁に阻まれた。
微かに空けられた壁の孔から、エゼルは僕を見据える。
「危ねぇ……相変わらず意味のわからない攻撃してくるな。そもそも身体に雷を纏う技なんて聞いたことねぇぞ。真似したうちの団員が焦げてたし」
「コツがあるんだよ」
「……だが、どうやら銅はお前にとって相性が悪いみたいだな」
笑っているエゼルが言いたいことはわかる。
銅は電気をよく通すため、地面に触れた銅に電撃を与えても地面へと流れてしまい、攻撃は完全に防がれてしまうのだ。こうして雷を流し続けても、エゼルに雷を与えることができないのだ。
それは僕だってわかっている。
けど、何も痺れさせるだけが雷の能力ではないんだよ。
球電が雷を放出し、銅の壁に電気を流し続けている間に、僕は操作を失った銅の槍を手に取り、その切っ先をエゼルに向ける。
「銅っていうのは、僕にとっては相性がいい。というか、そのままでいると死ぬよ?」
「え?」
呆然とそんな声を漏らしたエゼルも、変化に気が付いたのだろう。
確かに一瞬の攻撃を防ぐためなら、銅は効率的に雷を防いでくれるだろう。しかし、僕は持続して雷を流し続けている。
金属に雷を流し続けると、当然熱が発生する。高電圧の雷を持続して流し続けた結果、そこで発生した熱は銅のドーム内に蓄積し、やがて超高温の空間へと成り代わる。
「──ッ、暑いッ!!!」
喉が焼けてしまう程の高温に耐えきれなくなったエゼルが避雷針の役割を果たすように、銅のドームを四方八方に散らせる。
その瞬間に踏み込んだ僕は真っすぐに彼の鳩尾を狙って銅の槍──柄の部分──を突き出す。
が、直撃寸前で銅は液状に変化し、ダメージを与えるには至らない。
瞬間的に槍を手放した僕は勢いを殺さないように一回転し、雷を纏った蹴りを繰り出す。それを潜って回避したエゼルは先ほどの槍を大鎌へと変化させ、横凪に振るう。地面付いていた片足で勢いよく踏み込み、跳躍して刃を回避した僕は風魔法で距離を取り、着地の瞬間に雷の槍を生み出し投擲。
が、エゼルは鎌を振るってそれを逸らす。
「ふぅ、やるな」
「お前もな……ったく、本当に能天書かよ」
「君の鉱物生成魔法を創ったのは誰だと思ってるんだ? 自分で作った魔法に遅れを取るなんてプライドが許さない」
「そうかよ……」
お互い軽口を叩き合いながら、魔法を繰り出すタイミングを見計らう。
近接戦では明らかに僕の不利。中距離戦ではエゼルが不利。
お互いが自分の有利になるように画策。
そして数十秒後。
流動する巨大な銅の刃と、空間を乱舞する雷の鳥が衝突した。
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