第17話 要請

「さて、行きますか」

「ちょっと待って」


王宮前に到着した馬車から下りて目的の場所に向かおうとした僕の服を、背後にいたフィオナは掴み、歩みを無理矢理止めた。


「なに?」

「なに、じゃなくて。何で王宮までついていきたのかまだ説明してもらっていないんだけど?」


僕の裾を掴んだままジト目で僕を見やったフィオナは大変不服そう。

別にそんなに不満気にしなくてもいいと思うんだけどな。


ベルナール公爵の屋敷を出た僕たちは、迎えに来た王宮の馬車に乗り込んだ。

当然のように僕は下りるものと思っていたらしく、一度図書館の前に寄ってくれたのだが、僕はそこで下りることなくこうして王宮までやってきたのだ。

目的は一つ。


「僕の友達に宮廷魔法士がいるから、その子に少しお願いすることがあるから、ここまで来たんだよ。一応司書は司書でも宮廷司書だから、王宮に入る権利はあるだろう?」

「そうだけど……何をお願いする気?」

「それは内緒」


笑顔を浮かべながら言うと、フィオナは更に不満気に頬を膨らませた。

本当に、中身は成長していないみたいだよ。昔から。可愛らしさもそのままだけど、ちょっと手がかかるところは成長してほしかったな。

大人になるのは身体だけじゃなくて、心の方も一緒にならないと。


「セレル様。私も何をお願いするのか、気になります」

「……シオン様まで」


最後に馬車から下りてきたのは、僕が護衛をすることとなったシオン様だ。

簡素なドレスに身を包んだ彼女は、歳不相応に大人びているように見える。淑女というか、品があるというか、貴族の令嬢として相応しい身の振る舞いだ。


魔導書と契約を交わしてから、少し雰囲気が変わったように見えるのは、きっと気のせいではない。自信がついたのはいいことだと思う。


「大丈夫です。決してやましいことではありませんから。寧ろ、今後必要となってくることです」

「……危ないことじゃない、わよね?」

「そうだよ。信じられない?」

「私はセレル様を信じます」

「シオン、駄目よ。セレルに関してはまず疑うところから始めないと、平気で嘘をつくから」

「本人の目の前でそういうのは、良くないと思うけど」


言ってほしくないけど、言うなら僕がいないところで言ってほしいな。

と、シオン様が僕を見据える。ちょっと頬を赤くして、照れながら。


「私は命も、人生もセレル様に救っていただきました。そんな方を疑うことなんて、できません」

「ありがとうございます。フィオナとは大違いですね(ちら)」

「私は貴方を信じすぎて昔散々からかわれたからよ。自分の行いを悔い改めなさい。それより、こんなところで油売ってていいわけ?」

「おっとそうだった。早いとこ行かないと」


彼もまた忙しい人なんだ。

悠長にしていたら、すぐにいなくなってしまう。


「では、行きましょうか。シオン様は初めて行かれるかもしれませんが、今後のためにもなるので、よく見ておいた方いいですよ」



王宮の中を移動して到着したのは、宮廷魔法士団の訓練場。

騎士団とは別に作られたこの訓練場は、魔法を専門に扱う集団のためのものだけあって、非常に広く多種多様な魔法を試すことができるように頑丈な造りをしている。天井は空洞で開かれており、天候に応じた訓練を行うこともできる。

雨だからといって訓練がなくなるなんてことはないんだ。可哀想に。僕は絶対に嫌だね。


「この訓練場に来るのも久しぶりね。皆、王国のためにしっかりと訓練に励んでくれているみたいでなによりよ」

「個々で魔法技に対する向上心が高いからね。流石に厳しい試験を乗り切って団員になっただけあって、全員が平均以上の技量を持っているよ」


宮廷魔法士の試験は非常に難易度が高く、就任するのは非常に厳しい。

倍率もかなり高くて、数百人受けて一人が合格するかと言ったところか。国の一大事に対する切り札のような面も持っているから、常人ではなることはできないんだ。魔導書も、確か全員が第五位階である力天書ヴァーチェス以上。

勿論魔導書の位階が全てではないけれど、中級以上の魔導書を持つ強力な魔法士の方が強い魔法を扱いやすいということも関係している。


弱い者よりも強い者を。

そういった考えの元だ。


「内部からは優秀な人は位階が低くても入団させるべきだって言っているんだけど、上層部が頷かないんです。位階重視の古典的な考え方が蔓延しているといいますか。団長も悩みの種だって言ってましたね」

「そうね。上位階の魔導書の方が能力的には上かもしれないけど、下位階の魔導書を持つ魔法士の方が実戦では有能なことだってあるもの。どれだけ強い魔導書を持っていても使う人物が見合っていなければ、宝の持ち腐れね」

「全くその通りだぜ、姫さん」


靴音を響かせながら近づいたその人物はフィオナの考えに同意の声を上げ、呆れたように溜息を吐きながら僕らの前で立ち止まった。

事前に知らせていたわけではないし、僕らの魔力を感知してきたのだろう。でも、僕らは基本的に隠蔽しているんだけど……あぁ、そういえばシオン様がいたか。


「位階で優劣をつけるなら、そこにいるセレルは一体どういう扱いになるんだって話だ。今のところそいつに勝てる可能性があるの、俺を含めて三人しかいないぞ?」


訓練に励んでいる魔法士たちを見やり、やってきた青年──エゼルにフィオナは言った。


「馬鹿を言わないで。仮にも私が認めた人なのよ? 勝てる人なんて誰もいないわ」

「手厳しいねぇ、姫さん。だがまぁ実際、セレルは能天書パワーズってことが信じられない程だからな。正直未だに疑ってるところはある」

「でも見せただろう? 僕の雷天断章ラミエルは能天書だよ。保持能力だって、雷と風魔法向上くらいだし」

「それだけお前の魔法の扱いが上手いってことだよ。いや、膨大な知識も関係しているかもな」

「大袈裟な。それより──あぁ、すみません。紹介がまだでしたね」


親し気に話す僕らの様子を興味深そうに眺めていたシオン様に、僕はエゼルを紹介する。一応、次代の宮廷魔法士団団長と噂されているくらいの実力者だ。知っていても損はない。というか、元々知っているかな?


「彼は宮廷魔法士団に所属する魔法士で、エゼル=フロイジャー。もしかしたら、会食やパーティーなどで会っている、のか?」

「フッ、俺は今までパーティーも会談も謁見も全部サボって魔法の修行に時間を捧げた人間だぞ? 他の貴族との面識なんてほとんどない」

「自慢げにいうことじゃないわよ、エゼル。貴方のお父上が悩みの種って言っているのを昔聞いたわ」

「兄貴と姉貴が行ってたんだ。俺まで行く必要はない」

「いや反省しなさい!」

「痛っ! なにすんだよ暴力姫!!」


フレンドリーといえば聞こえはいいのかもしれないけど、仮にも王女殿下に対する態度じゃないと思うなぁ……。ある意味、貴族の会合に参加しなかったのは正解だったかも。フロイジャー家の信頼というか評価は失墜すると思う。

フィオナはそういうことを気にしない人だから、大丈夫だけどさ。

公式の場ではないので、挨拶も簡単なもので済ませるのが通例。


「は、はじめまして。シオン=ベルナールと申します」

「さっき紹介があったけど、エゼル=フロイジャーだ。宮廷魔法士団第一部隊隊長で、相棒の魔導書の位階は智天書ケルビムね。多分、君もでしょ?」

「え?」


何も言っていないのに。

そう顔に書いているのがわかるほど目を見開いて、シオン様は驚いている。


「あの、どうして……」

「その強大な魔力を全然隠さずにいる時点で、俺にはまるわかりだぜ? 何せ、この王国内でも数少ない智天書が持つ魔力だからな。同じ位階を持つ俺が判別するのは早々難しいことじゃない」

「私には、わからないんですけど……」


困惑気味に僕をいるシオン様。

最初のうちはそうだよ。魔法だって使ったことがないんだから、そうなるのも仕方ない。今後、ゆっくりと覚えていけばいいからね。


「近いうちに、魔力探知の魔法を教えます。多分最初はびっくりすると思いますけど、次第に慣れますからね」

「は、はい!」

「それで、エゼル。今日は君に一つ頼みがあって来たんだよ」

「頼み? そりゃ一体──あー、ちょっと待て」


内容を聞こうとしたエゼルが片手を僕に向けて制止させる。

そのにやついた顔を見るに……何か悪いことを考えているな。その内容は大体察することができるけど。

何よりも自分の研鑽を惜しまない彼のことだ。言われることはきっと──。


「頼みは聞いてやってもいい。だけど、その内容は今は話すな」

「じゃあ、いつ?」

「わかってんだろ? 折角の機会だ。頼みを聞いてほしければ──」


僕にびしっ!と指をさし、エゼルは得意げな顔で僕に言い放った。


「俺と模擬戦をしろッ!!!」

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