第16話 今後の方針
「無事にシオンが魔導書と契約を交わすことができて、なによりだ」
ところ変わって応接室。
僕とフィオナの対面に座ったベルナール公爵は、紅茶の入ったティーカップを一度啜る。隣には、白い簡素なドレスを纏ったシオン様が魔導書を抱きしめて座っていた。
厳かな雰囲気を出しているけれど、僕らがシオン様を褒めているところに体当たりするくらいの勢いで割って入り、泣きながら彼女を抱きしめていたのは記憶に新しい。少しだけ涙の跡が見て取れるしね。
かなりの子供想いなお父さんでしたよ。あの姿は。
「王国で七人目となる智天書の契約者ですからね。将来的には、この国で強大な発言力を持つ御方になられるでしょう」
「国への権威よりも、私としては自分が納得する魔法士になってくれることを願っている」
「そうですね。シオンが自らの力に驕ることはないと思いますし、きちんと成長してくれるとは思いますが」
あの馬鹿伯爵坊のような愚か者になるようなことはないだろう。
あそこまで権力を振りかざすような者は貴族の中でも稀だ。あんなことをしているのが陛下の耳に入れば、即王宮に召喚、事実関係を確認された後に何らかの処罰を下すだろう。陛下はお優しい人だからな。
まぁ、自分の子供──王子殿下や王女殿下──に甘い部分が多いところが玉に瑕だけど。
「シオン様はきっと素晴らしい魔法士になってくれますよ。さて、その話は一旦置いて置きまして──」
「今後の方針についてだったな」
公爵様がこめかみに人差し指を当て、悩まれる。
今後の方針、といえば既に決まっている。
一つ目に、呪詛魔法をしかけた者を炙りだして捕まえる。
二つ目に、それまでの間、シオン様をあまり人と接触させず、出歩く時は常に護衛をつけるというもの。
有能な執事さんが既に過去四ヵ月前後に会談や会食、パーティーで一緒になった者をリストアップしていたけれど、その数はあまりにも膨大。正直、残り二週間程となった魔法学校の始業式までに間に合うかどうか。個人的な見解にはなるけれど、僕としては無理だと考えている。
余程相手の頭が悪く、僕らを襲撃してくるとか、そういうことをしない限りはね。
……期待はしているよ。ちょっとね。
「魔導書を手に入れたとはいえ、シオン様はまだまだ未熟です。それ相応の実力を持った人物を護衛につける必要があります」
「具体的には?」
「フィオナ王女殿下にも申し上げましたが、不審な人物をすぐに察知することができる、実力を兼ね備えている、食事の際に毒物や危険な魔法を事前に排除することができる人物が望ましいです。その観点から、王女殿下には宮廷魔法士団副団長を護衛にお願いすることにします」
「……そう簡単には見つからないと思うが」
「そうですね。宮廷魔法士団には何人かおりますが、内一人はフィオナ王女殿下の護衛についていますので、これ以上人員を割いてしまうと、王宮の戦力が手薄になってしまいますので……」
「で、あるか……」
公爵様は悩まし気に腕を組まれた。
「過去四ヵ月前後にシオンと接触した人数となると、その数は膨大だ。馬鹿正直に問いただしたところで存じ上げませんで終わるであろう。公爵という立場上、様々な方面から恨みや嫉妬は買っているだろう」
「裏を探っていかなければ、犯人に辿りつけないでしょうね。裏を取り、証拠を集めるとなると……どれだけ早くても数ヵ月程かかるかと思います」
「それだけの期間を任せられる実力者となると……早々おらんだろう」
宮廷魔法士だって暇ではないからね。
実力者──それも副団長をフィオナの護衛に回すとなれば、その穴を埋めるために他の者達の仕事が忙しくなる。
つきっきりで、というわけではないけど、せめて外に出歩く時くらいは一緒にいられる実力のある護衛を──。
「お父様。私はセレル様の傍にいることが最も安全だと思います」
「え?」
「な──」
嬉しそうに魔導書を眺めていたシオン様が公爵様に言われたことに、僕はそんな声を零してしまった。隣にいるフィオナも笑みを貼りつけながらも、動きを硬直させていた。
「いや、シオン。セレル殿は仮にも国王陛下から図書館を任せられているのだ。護衛の仕事に就き、あの膨大な資料や文献、魔法書が保管されている図書館を留守にするわけには──」
「私もずっと、図書館にいればいいのですよ」
「なに?」
公爵様が眉を顰める中、シオン様はその優位性というか、納得させるための説得を始めた。
いや、図書館にいるのは別にいいんだけど……怖くてフィオナの方を見れない。視線は感じるけど……絶対に見ない!
「セレル様は図書館にいる人の魔力を読み取ることができます。もしも不審な人物が私に接触しようとしているのなら、事前に感知して対応してくださるはずです。いえ、私に勉強を教えてくださっていれば、一緒にいることもできますから」
「お、恐れながらシオン様。図書館内で激しい戦闘を行うことはできませんので、強襲を受けた際には──」
「強襲を受ける前に、倒すことができますよね? 以前のように」
にっこりと笑ったシオン様には何も言い返せない……。
駄目だ。全部知られている。図書館内外に常時展開している魔力感知の電磁網のことも、図書館内にいる間、僕がどこにでも意識を狩り取るほどの電撃を喰らわせることができることも。
いや、確かに護衛の観点から言えば、彼女は図書館にいるだけで全て解決する。僕が傍に居れば危険な目に遭う可能性はかなり低くなるだろう。
とても合理的だ。
だけど……隣のお姫様が納得いかないみたいだね。
「だ、だったら私も図書館に居た方が安全なんじゃ──」
「フィオナ様は公務で色々な場所に行くことが多いでしょうし、宮廷魔法士団の方が護衛についているのですよね?でしたら、安全だと思います」
「そ、それは──」
「それに私は学校での学年が上がりますので、今の内に少しでも予習を進めたいと考えていましたから、セレル様に教えていただけるのはとても合理的ですよ? 勉強を見てもらって、傍にいるだけで護衛にもなりますから」
「……」
そんなジッと僕を見てもらっても困ります。
これは口では勝てそうにないね。フィオナに公務があるのは事実だし、シオン様が図書館に居てくれると安全なのも事実だ。
今回は君の完全敗北だよ、フィオナ。
「……話を聞く限り、貴殿の傍が安全そうであるな」
「そのようですね。シオン様も望んでおられることですし、僕としては構いません。シオン様には是非とも勉強に力を入れてもらって、学年主席の座をもぎ取ってもらいたいですし……王女殿下?」
「何ですか?」
「……何でもありません」
何でもなくはない。
さっきから僕に向けて魔力の塊をぶつけてきているんだよ。しかも、巧妙なことに魔力を感知されないように背後の壁に一度反射させてから。
痛くはないけれど、拗ねているのはわかる。
今度しっかり慰めないとな。僕のことを手元に置いておきたいのはわかるけど、少しぐらい我慢しなさい。
「わかりました。確かに図書館にいれば大丈夫でしょう。僕の実力に不安があるとは思うので、公爵様が選抜した護衛の方をつけた方が確実だとは思いますが……どうなさいますか? 探知は僕、撃退は護衛の人という方針で」
「シオン。どうしたい?」
「護衛は必要ないと思います」
「だ、そうだ。仕事が終わった後、しばらくはこの屋敷で寝泊まりするといい。客室を用意させておく。色々と迷惑をかけるが、頼めるか? 勿論、相応の報酬は用意しよう」
「わかりました。まぁ、やると言っても、普段通りですけどね」
普通に通常業務をこなし、怪しい人物を事前に探知してシオン様に近づいていく者は気絶さえひっ捕らえる。無実ではいけないので、何かしらの魔法を発動する前兆を見せたら、だけど。図書館内では魔法の発動は原則禁止なので。本を読むのに視力を上げたり、理解力を上げたりしたい時は事前に僕に相談。申し出があった魔法以外の魔法を使っていた場合は、即座に電撃で発動妨害+お説教だ。ペナルティを与えることもある。
「とにかく、護衛の件は承りました。何日後からで?」
「できるだけ早い方がいい。今日は魔導書と契約を交わしたばかりなので……二日後、と言ったところか。魔力をかなり消費したのだろうし、休息も必要だろう」
「お父様、私は今日からがいいです」
公爵様の提案をバッサリと切り捨てたシオン様は、魔導書に視線を落としながら言った。
「少しでも早く、遅れを取り戻したいんです」
「し、しかし、魔力をかなり使っただろう? 今日くらいはゆっくり──」
「一日たりとも無駄にはしたくないのです。疲労もほとんどありませんから、ご心配なく」
「だが……」
「大丈夫です」
笑顔で強硬姿勢を貫くシオン様。
ちょっと怖い。何というか、逆らえない力強さを感じる。
公爵様も最終的(結構早い)に項垂れ、了承の頷きを返した。
「……わかった」
「ありがとうございます。セレル様、本日からよろしくお願いいたします」
「えぇ、こちらこそ」
これからは少し忙しくなりそうだね。護衛に勉強と、やることだらけ。
だけど、とりあえずまずは……拗ねているお姫様を宥めることからかな。
これが一番大変かも。
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