第14話 情報共有

シオン様にかけられた呪詛魔法を消滅させてから四日が経過した日。

閉館日として来館者のいない図書館、その応接室にとある人物の姿があった。

淡い紫色を含んだ白の髪を輝かせ、蒼の瞳を今はそっと閉じている彼女の姿は何と絵のなることか。相手が僕じゃなかったら、対面しているだけで恋に落ちてしまうかもしれない(本性を知らなければ)。

ソファの前に設置されたテーブルの上に淹れたばかりの熱い紅茶を置き、買い置きのクッキーも更に並べて差し出す。

訝し気に首を傾げながら、僕は彼女の対面に座って問うてみた。


「なんでそんなに物静かなんだよ、フィオナ」


対面に座る美少女──フィオナ第三王女殿下は実に優雅な様子でティーカップを手に取り、ゆっくりと味わうように琥珀色の液体を口に運んだ。

いつものベタベタ甘えてくる感じも、ストレスを抱え込んでいる様子も全くない。正に高貴な身分の御令嬢と言った雰囲気を纏っている。

普段の様子を見慣れている僕からしたら、違和感しかないよ。いや、本当に誰? って感じだ。


カチャっとソーサーの上にカップを置いたフィオナは綺麗な蒼の瞳を開いて僕を見据える。


「流石に、これからベルナール公爵に会うわけだからね。貴方と話しているみたいなフランクな状態では示しがつかないでしょ。切り替えてるのよ。切り替え」

「対貴族状態に入っているってことか。今ぐらいいいんじゃない?」

「今の内から作っておかないとね。それに──久しぶりに、シオンにも会うんだし」

「ちゃんとしたお姉さんってところを見せたいわけだ」

「そういうことよ」


フィオナがここに来ているのは他でもない。

今日はシオン様が魔導書との契約を交わすということなので、ベルナール公爵から僕と共に彼女も屋敷へ来てほしいと言われたため。まだ数日しか経っていないのに大丈夫なのかと心配したけれど、シオン様はすっかり体調もよくなっているとのこと。魔力状態も呪詛を受ける前の健康状態に戻っており、今なら契約を交わしても問題ないとのこと。本人も楽しみにしているみたいだしね。


「別に図書館に来る必要はなかったんじゃない? 王宮で待っていれば、ベルナール公爵様が迎えを寄越すって言ってたし」

「一々遠い王宮まで来させるのは手間じゃない。二人共こっちに居た方が、纏めて迎えに来れるから楽よ」

「それはそうだけど……詳細、通信具で説明しただろ? シオン様の呪詛魔法のこと」


僕が咎めるように言うけど、フィオナは何処か吹く風だ。

シオン様の呪詛魔法を破壊した日の帰り道、夜遅かったけれど連絡は早めに入れておいた方いいと思って、僕はすぐにフィオナに一報を入れた。

出た直後は『なぁによぉぉ」と、とても可愛らしい寝言のような声を発していたけど、次条を説明している間に段々と目が覚めてきたようで、話の最後に『最初のは忘れなさいッ! っていうか忘れてッ!』とかなり恥ずかしがっていた。

思い出すだけで笑みが零れる。可愛らしくて。


「何を笑っているのかしら?」

「おっと、顔に出てた?」

「ばっちりね。何? 私の顔が面白いの?」

「いや、君の寝惚けた声を思い出してさ」

「だから忘れなさいって言ったでしょッ!?」


ガルルッ! と威嚇するように訴えるフィオナの口の中にクッキーを投げ込み、一旦落ち着かせる。いやぁ、からかう材料をそっちから提供してくれるとは思ってなかったね。


「ほら、態度もいつも通りに戻ってるよ」

「……セレルと一緒にいると、どうしてもこうなるわね」

「だから無理しなくていいんだって。ここには僕らしかいないし、扉の前にもルーナさんが待機しているだけだろう? あとの護衛の人は……」

「皆、図書館の外にいるわ。貴方が傍にいるから大丈夫って言っておいたし」

「それでよく了承してもらえたねぇ」

「それだけ貴方が信頼されてるってことでしょ。私としても、貴方がそんな風に思われるのは喜ばしいし」


態度を軟化させて笑うフィオナは、さっきの凛々しい感じよりもずっといいと思うな。元々顔立ちはかなり整っているし、冷徹よりも柔らかい笑みを浮かべている子の方が好ましい。

敢えて言わないけどね。


「それより、僕からは一つ心配事があるんだ、フィオナ」

「なに?」

「シオン様の呪詛魔法に関連することだけど──君にも警戒をしてほしいんだよ」

「?」


首を傾げたフィオナは、何を言っているんだと一言。


「警戒ならしているわよ? シオンが今後同じ目に遭わないように、騎士団の一部をベルナール公爵の元に派遣して──」

「警戒するのは君自身のことだ」


遮って言うと、フィオナは表情を引き締めた。


「どういうこと?」

「まだ推測に過ぎないし、可能性は低いと思うことではあるんだ。けど、もしも呪詛魔法をシオン様にしかけた者の狙いが上級貴族──公爵家以上の者を対象としてるのなら、君も十分に警戒する必要があると思うんだ。それこそ、会談や会食を極力減らす必要も出て来る。いや、それ以上に信頼できる人以外との接触も控えるべきだ」

「また、随分と厳重な警戒ね」

「当然だよ。もしも君に呪詛魔法をしかけられたら、僕は犯人を見つけた時何をするかわからない」


怒りに震え、感情のままに手を下してしまうかもしれないな。

大切な友人……というか、フィオナを失うのは、御免だからね。


「ふぅん……何をするのかわからないんだ?」

「当然だろう」

「ふふ、わかったわよ♪」


何故か機嫌良さそうに笑ったフィオナはクッキーを一つ口に放り込む。

本当にわかっているのか? 自分も危険な目に遭うかもしれないと忠告しているのに、なんでそんなに嬉しそうなんだよ。


「とはいっても、具体的にはどうすればいいの? 人と会うのは極力避けるけど、それ以外には?」

「不審な人物をすぐに察知することができる、実力を兼ね備えている、食事の際に毒物や危険な魔法を事前に排除することができる人が望ましいね」

「そんな人早々いないと思うんだけど?」

「宮廷魔法士団の副団長辺りは、頼めば護衛をやってくれるはずだ。少なくとも、今回の騒動が収まるまではね」

「……まぁいいわ。貴方が私の身を案じて言っているのはわかってるし。本当に、前回の司書とは大違いね」


何気なく呟いたフィオナ。

前回の司書って言ったら、僕は会ったことがないな。


「前々から思ってたけど、前回の司書ってどんな人だったの?」

「会ったことあるのは一度だけで、それもやめる日ね。忙しすぎて頭が回らなかったのか、私を見てもまともに挨拶すらしなかったわ。あぁ、そういえば禁書室の場所は聞かれたわね」

「禁書室の? どうしてだ?」

「さぁ? 多分仕事内容を伝えられた時に禁書室のことも言われたんじゃないかしら。でも、禁書室に入るには上の人間の許可がいるし、司書でも入れないし場所も教えられないって言ったら無言で立ち去って行ったけど」

「不敬で処罰しなかったの?」

「見るからに死にそうな顔している人を処罰するほど私は鬼じゃないわよ」


そりゃそうか。

多忙な仕事を押し付けられて頭が回らない間に処罰。なんて酷いし。その辺り、フィオナは優しいなと思うよ。他の貴族なら平気で罰するかもしれないのに。


「今はどうしているのか、わからないわね」

「失踪、か」

「そうとも取れる」


失踪した以前の司書……何だかきな臭いな。

いや、考えすぎか。以前の司書の話なんて、本当に今偶々話題に上がっただけだし。そこまで気にすることもないだろう。


今はとにかく、フィオナとシオン様の安全確保が第一だ。


直ぐ後、迎えの馬車がやってきたという知らせを受けて、僕らは図書館を後にし、ベルナール公爵の屋敷へと向かった。

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