第13話 尾行者
呪詛の刻印を消滅させた少し後、落ち着きを取り戻した公爵様とその執事さんと共にシオン様の私室を離れ、応接室へと向かった。
流石は公爵家の屋敷と言うべきか、応接室には一級品の調度品が幾つも並べられている。絵画や壺、加えてソファやテーブルまでもが全て超高級品。
平民である僕からすると、そんな高いソファに座っていいのか一瞬悩んでしまうくらい。高い物ばかりが置かれた部屋というのは、何とも落ち着かない。
ということも言っていられないので、僕は公爵様の真向かいに腰を下ろし、メイドさんの持って来てくれたティーカップを口に運んだ。
うん、流石に美味しい。淹れ方も完璧なようだね。
紅茶の味に絶賛していると、公爵様が深々と頭を下げられた。
「まずは、シオンを救って貰ったことを感謝する。本当に、本当にありがとう」
「感謝はまだ早いと思いますよ。それに、元々原因解明は頼まれていたことですし、あの場で治療したのも成り行きです。それよりも先に──」
「あぁ。シオンに呪詛の刻印を刻み込んだ者を探さねば」
それが解決しないと、今後もこういったことが起きかねないからね。原因となる種は徹底的に潰しておかないと、安心して眠ることもできないだろうし。
でも、僕が言いたいのは犯人探しじゃないんだ。
「公爵様。先に済ませるべきは、シオン様の魔導書契約を済ませることです」
犯人捜しは別の者に先に進めてもらって、公爵様とシオン様はそちらに専念してもらう方がいいと思う。魔導書と契約を交わし、魔法を扱うことができるようになれば、今回のような事態を自分で解決することができるようにもなるのだ。
しかも、シオン様の魔導書は
固有能力だってあるはずだし。
「僕の推測ですが、今回シオン様に呪詛が仕掛けられたのは、彼女が契約しようとしている魔導書が絡んでいると思っています。何しろ、
「しかし、魔導書のことは誰にも話していないのだぞ? それこそ、知っているのはここにいるゼフスくらいで……」
「旦那様、私もつい最近知りました」
「うむ。それに、あの子に痣……刻印が現れたのは、今から四ヵ月前なのだ」
「……そういえば、そうでしたね」
四ヵ月前から、と考えると最近まで魔導書のことを秘匿していた公爵様の周りの人という線は一旦消える。勿論完全に消してしまうわけにはいかないので、優先順位を下げるという程度だけど。
まぁ、個人的にも外部の方が可能性はありそうな気がするのも事実だし。
「公爵様、過去四ヶ月以前に会食やパーティーなどで接触した家や者を全て調べ上げてください。彼女に接触できる人物といえば、同じ貴族だけのはずです」
「ゼフス」
「承知いたしました」
「うむ。しかし、シオンに接触できるとなると、魔法学校の者達も含まれるのではないか? そうなれば、生徒たちにも疑いの目を向けることになるが……」
「学校の生徒たちは調べなくていいです」
「どうしてだ?」
寧ろ、知らないのか?
いや、公にされていないのかもしれない。公爵様にも内緒で、あの学校長が独断で行っているということも考えられるし、それなら王族貴族の方でさえ知らない可能性も考えられる。今度聞いてみるか。
「学校の制服には、呪詛魔法などの法に違反する魔法の行使を阻害する妨害魔法が施されているんです。生徒たちが若いうちから道を踏み外さないようにと、学校長が言っていましたが」
「そんな効果があったとは……あの学校長は、とことん子供想いらしいな。いや、素晴らしいことではあるのだがな」
「少し過保護すぎる面も見受けられますけどね」
「全くだな。さて──」
ソファから立ち上がった公爵様は、何処か心配そうな顔を浮かべる。
察するに、シオン様のことが気になるのだろう。この人もかなりの子煩悩だよなぁ。ま、命に関わることがあったばかりで、過敏になるのもわかるけどね。
「私はシオンの元に向かうが、貴殿はどうする? 今日は泊まっていくか?」
「ありがたいお話しですが、僕はまだ少しやることがありますので、今日はこのまま帰ります」
「そうか。魔導書との契約の際には、貴殿にも是非立ち会ってほしいので、その時は図書館に迎えを送らせよう」
「了解しましたが、くれぐれも、シオン様の体調が万全になられてから行うようにお願いしますね。契約時には魔力を大量に使いますので、体調が悪い時に行ってしまうと、身体に支障が出かねません」
「わかっているさ。数日は絶対安静にさせるつもりだ」
「お願いしますね」
さて、この屋敷でやることは終わったし、僕は帰るとするか。
やっぱり集中力を使ったから疲れたし、汗でベトベトだから風呂にも入りたい。風呂上りは……今日くらい、冷えたワインで一杯やってもいいかな。頑張ったし。
帰宅後の楽しみを思い浮かべながら、僕は廊下で待機していたメイドさんに連れられてお見送りをしてもらい、屋敷を後にした。
すっかりと暗くなった街中を歩いている時、ふと上を見上げると満月が雲から顔を覗かせ、月光で街を照らし始めた。
白い壁の家々は更に白く光り、地面に伸びる影は身の丈と同程度までの長さに。
僕一人しか外に出ていないのか、水路に流れる水音しか響かず、時折泣く黒猫の鳴き声は建物の間を反響する。
石畳を踏み鳴らす音が、やけに大きく聞こえる。
と、僕は真っ直ぐに帰宅の道を歩いてた足を止め、規則正しく響いていた靴音を中断させて振り返る。
「……魔力反応は、一つかな?」
先ほどから僕の張り巡らせている電磁網に魔力反応が一つ。
怪しげにも僕からは常に死角となる場所をつけているあたり、狙いが僕であるということを暗に告げている。目的は……わからないけど、シオン様の件が絡んでいるとは思う。
と、なれば……。
「敵か」
威嚇も兼ねて僕は全身に紫電を迸らせ、魔力反応のある方向を見据える。きっと、相手側からも僕が臨戦態勢なのは見えているのだろう。
さぁ、どうでる?
勇猛果敢に襲ってくるか、それとも危険を感じて逃げ出すか。
どちらを取ろうと、僕にとっては収穫しかないので構わない。魔力反応の記録はできたし、用済みであることに変わりはないのだ。
そのままにらみ合い(?)を継続すること五分。
魔力反応は僕から離れて行き、やがて電磁網の外側へと消えていった。
魔力は既に記録できたので、今後先ほどの人物が近寄ってきた場合、すぐに判断することができる。まぁ、その内特定できる日が来るだろうから、その時まで気長に待つとしよう。
再び歩みを再開させ、僕は月明りに煌めく水路の傍を歩いて行った。
◇
「危なかったな」
セレルが臨戦態勢に入り様子見をしていた者は、彼の尋常ならざる気迫を感じ撤退。その先の物陰に背中を預け、先ほどの光景を思い返していた。
身体中から発せられる濃密な魔力に、迸る雷。
とても前情報で聞いていた魔導書の位階を持つ者とは思えない程だった。少なくとも座天書持ちと同程度の強さを感じたのが、この者の正直な感想。
尤も、セレルは智天書を持つ魔法士と対等にやり合える実力を持っていることを、この男は知らないのだが。
「しかし、これは心してかかる必要がある。あの男がいる以上、あの計画は破綻しかねない」
小さな呟きは誰かに聞こえることなく、夜の街中へと消えていく。
そして、この者はその後何を言葉にするわけでもなく、ただ口角にやりと不敵に吊り上げ、闇が広がる路地裏へと消えていった。
丁度、セレルが向かった下宿とは反対方向に。
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