第12話 破壊
「君がやる、だと?」
公爵様は何を言っているのかわからないと言った様子で、僕を呆然と見やる。
周囲の使用人の人たちも唖然とした様子だ。
まぁ、突然現れた何処の馬の骨ともわからない若造がそんなことを言い出せば、そんな反応もするだろうな。
僕は本気だけどね。
「治療方法が、あるのか? 君は先ほど、術者を殺す以外に方法はないと言っていたが」
「正確には、治療方法でも解呪の方法でもありません。魔法理論に基づいた……所謂、戦いをするんですよ」
うん、余計わけがわからないと言ってるのが目に見えてわかる。
大事な娘さんだから、何をやるか明確にしてもらわないと許容できない、と言った気持ちも強いのかな。
納得のいく説明をしないと。
「魔法学校の中等部で習う事柄ですが、魔力抵抗増幅作用を利用するんですよ。呪詛魔法は闇系統に属しますので、最も魔力抵抗が大きくなる雷魔法を用いて、シオン様の中に刻まれている呪詛の刻印を相殺、消滅させます」
「それはつまり、シオンの中に雷を流す、ということか?」
「そういうことになります。勿論、人体に影響がないギリギリの威力で行いますので、目覚めた後のシオン様に後遺症などはありません。ですが、これはかなりリスクが高いことだということはご承知いただきたく」
「そうでしょうな……」
頷いたのは魔法医だった。
流石に人間の身体に雷を流すということの危険性は、十分に理解しているようだね。
「もし、もしほんの少しでも貴方が雷の制御を誤れば、お嬢様は即座に亡くなられるでしょう」
「ッ」
「しかも、貴方が制御していたとしても、ぶつかり合った呪詛が何か異変を起こす可能性も零ではない。正直、賭けだと思います。貴方の雷魔法が勝つか、呪詛の闇魔法が勝つか」
それを聞いた公爵様は悩まれる。
悩む気持ちはわかるよ。これは危険な賭けなんだから。今すぐに娘さんが死ぬか、生き続けるかという、究極の賭けだ。
けど、僕としてはここで悩む公爵様に苛立ちを覚えないでもない。
この局面に来て煮え切らないのは公爵として──いや、一人の父としてどうなんだ。
「お、父様……」
不意に、掠れた声でシオン様が公爵様を呼ばれ、うっすらと目を開いた。
声も掠れている。きっと、今も彼女の身体は苦痛に苛まれていることだろう。
公爵様は慌ててシオン様の顔を覗かれ、心配そうに声をかける。
「シオン……私は──」
「大丈夫、です。お父様……、私は、怖くありません。もし、駄目でも、覚悟はできています。それに……信じて、いますから」
「──ッ」
それが何を示すのかは、わかっているのだろう。
娘は既に、僕の治療を受けることを受け入れている。覚悟もできているし、何より信じてくれている。
だというのに、親である公爵様は中々煮え切らない。
受けさせるべきなのかもしれない。けど、失敗したら。それよりは、一日の猶予がある中で動くべきなのでは。そんな葛藤をしているのがわかる。
……ここは、無礼を承知で言うべきだな。シオン様の覚悟を、無下にするわけにはいかないから。
「公爵様。一つ、無礼な発言をすることをお許しください」
「……許そう。言って見よ」
「では──」
僕は未だ葛藤の最中にある公爵様の背中から、彼に投げかける。
決して公爵という立場にいる方に言うべきではない。しかしこの場で言わなければ間違った判断をしてしまう。そんな思いから、僕は躊躇などない。
「娘の覚悟を間近で見て、聞いて、それでも煮え切らない今の貴方は父親失格だと思います」
「──ッ、何だと!!」
怒りに顔を染め、僕の胸倉を掴んで来た公爵様をしっかりと見据え、一喝。
「父親なら、娘の覚悟を信じてくださいッ!! ここでやらなければ、シオン様は確実に死んでしまう。それは分かっているだろうッ!!」
「──」
「今、この場で彼女の呪詛を破壊できる可能性を持っているのは僕だけです。なら、その可能性に賭けてみてください」
「……もし、失敗したら?」
「その時は、そちらで何なりと処遇を決めてください。どんな罰でも受け入れましょう」
「……」
しばしの睨み合いの末、視線を逸らしたのは公爵様だった。
同時に掴んでいた胸倉を離し、一度頷く。
「そう、だな。すまない。少し血が上っていたようだ」
「こちらこそ、失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした。この罰は後程。まずは──」
「あぁ。シオンを、我が愛娘を、よろしく頼む」
決まった。
ならばやることは一つ。彼女を蝕む呪詛の刻印を消滅させるまで。
虚空より雷天断章を召喚し、それを宙に浮かせ、横たわるシオン様に近づいた。
そして頭を撫で、安心させるように言う。
「シオン様、大丈夫です。必ず成功させますから」
「は、い。お願い、します」
微かに笑みを浮かべてくれたシオン様は、再び瞼を下ろした。
今は、リラックスしていたほうがいい。これから、決して短くない時間、彼女の身体に苦痛が訪れるのだから。
失礼しますと断りを入れ、彼女の纏っている衣服の胸元を少しだけはだけさせ、鎖骨部分を露わにする。呪詛の刻印は先日までの痣ではなく、しっかりとした陣を描いていた。
一見すればあまりわからないと思うが、僕から見れば一目瞭然。
両手の人差し指に紫電を纏わせ──刻印の左右から挟み込む形で、雷を流した。
「く──ッ、ああァァッ!!!」
苦悶の悲鳴を上げるシオン様は、公爵様が握られている手に力を込め、耐えられる。その様子を見ていた使用人が僕を止めに近づこうとしていたが、別の使用人にそれを止められていた。
辛いだろう。人体に問題はないとはいえ、それはあくまで機能の話。十分に苦痛は感じるだろうし、これは拷問の際に用いられる雷と同等の強さ。
寧ろ衰弱しているとはいえ、暴れていないだけで大したものだ。
「頑張ってください、シオン様」
最大限の集中を切らさずに彼女を激励し、僕自身も自分を心で激励する。
大丈夫だ。信じろ。僕は雷系統魔法で宮廷魔法士団の実力者とも渡り合う実力があるんだ。こんな呪詛ぐらい、どうってことない!!
心中では叫びつつも、緊張で手が震えそうになる。けど、そうなったら最後だ。
絶対にミスは許されないプレッシャーはあるけれど、僕よりも辛いのはシオン様なんだから。
限界ギリギリの出力で繰り出される紫電は少しずつ、しかし確実に呪詛の刻印を削っていく。一体どれだけ経過したのかはわからないけれど、既に刻印の大きさは半分ほどにまでなっていた。
やはり、闇魔法には雷魔法が効果的。改めて実感するよ。
シオン様は苦痛を堪えられなくなってきたのか、僕の左腕を掴み、血が出る程爪を立てて握りしめる。しかし、痛みは感じない。感じている余裕なんてない。
「後少しです!! 頑張ってッ!!!」
既に消えつつある刻印。しかし最後の最後まで気を抜かず、慎重に、それでいて確実に削る出力を維持しつつ、雷を流す。
そして──刻印は完全に消滅した。
「成功したのかッ!!」
「まだですッ!!」
僕が雷を止めた途端に脱力したシオン様を見て、公爵様が高揚した気持ちで聞いてくる。しかし、まだ終わっていない。
シオン様の体内に留まれないと理解した呪詛の刻印は、彼女の身体から靄となって脱出した後、別の人間を求めるように彷徨い始め──最も近くにいた、僕の身体に乗り移った。
最後の最後、消える前に手応えがなくなったと思ったらこれか。
「セレル殿!?」
「中々面倒ですね。こいつ、残った僅かな残滓でシオン様の身体から脱出した直後に大気中の魔力をかき集めて、僕の身体に乗り移りました」
「そ、それでは貴殿がッ!!」
「しかし!」
遮り、拳を力強く握る。
左手の甲に乗り移った呪詛だが、それが運の尽き。
先ほどまで微弱な雷しか流すことができなかったのは、シオン様の身体であったから。けれど僕の身体なら、彼女の何百倍もの雷であろうと耐えることができる。
この雷は元々僕の魔力だ。
自分の魔力で生み出した雷で死ぬわけがない。
「
瞬間、左手に迸る雷は室内を一瞬紫色に染め上げる。
──ギィアアアアアアァッ!!!
金切声のような断末魔を上げた呪詛は、木炭の屑のようになり果て、僕の体内で完全な消滅を遂げた。
意思を持っていたようにも見えたけど、今はそれよりもシオン様だ。
「……無事に終わりましたね」
疲れ果ててそのまま気絶するように眠るシオン様からは、もうあの刻印は消え去っており、綺麗な白肌が覗いている。
娘の無事な様子を確認した公爵様はその場に膝を折り、「よかった……本当に」と、喜びの嗚咽を上げていた。
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