第11話 見捨てることは己の恥

ベルナール家のメイドだという女性からシオン様のことを聞いた僕、即座に図書館を出て屋敷へと向かった。ちゃんと施錠はしました。

身体に雷を纏わせて身体機能を底上げし、その足で全力疾走し街中を駆ける。

迂闊だった。

呪詛が人を死に至らしめることもあるという可能性を失念していたよ。普段あれだけ元気なシオン様を見て無意識のうちに大丈夫だと信じていた自分を殴り飛ばしたい気分だ!


「そ、そこを右です!」


図書館まで来てくれたメイドさんの指示通りに曲がり角を右に曲がる。

全く、公爵様の屋敷に行くには曲がり角が多くて困るよ。急いでいる時に、余計な減速をさせないでほしい。

街の構造に対する不満を脳裏に浮かべた時、不意にメイドさんが僕に尋ねた。


「あ、あの、私、重くないですか?」

「いえ、全然。寧ろ軽いくらいです」


僕に心配そうに言って来たメイドさんにそう返し、直線を紫電を撒き散らしながら一気に駆け抜ける。

髪型が崩れてしまうかもしれないけど、そこは我慢してほしい。君の主人の一大事だからね。


「ま、まさか抱き抱えられながら移動するなんて思っても、みませんでしたよ」

「いや、僕だけ行くわけにもいきませんし、貴女を置き去りにはできませんから」


今の僕は雷で身体機能を上昇させた身だ。強化した脚力の速度に、普通のメイドさんがついてこれるはずもない。しかし置いていくのも忍びないということで、僕はこうして彼女を抱き抱えながら道案内をお願いし、疾走しているというわけである。ちなみにメイドさんは僕と年齢が変わらないくらいの人で、茶髪の可愛らしいお嬢さんです。役得ってこういうことを言うのかもね。言っている暇はないけど。


と、一際大きな建物が見えてきた。多分あれだね。


「屋敷の入り口はそこを左に曲がって、二つ目の角を右に曲がり、更に六つ目の角を──」

「その時間も惜しいので、口を閉じていてくださいね。舌を噛まないように!」

「え? あ、ちょっとうわぁッ!!」


曲がり角が多すぎてうざいので、ショートカットさせてもらう。

大きく踏み出した一歩の着地と同時に大きな紫電を放電させ、僕は踏み込んで跳躍。屋敷の手前に立ち並んでいた建物を一気に飛び越え、噴水のある屋敷の中庭へと着地。石畳を滑りながら減速し、目を回しているメイドさんに案内をお願いする。


「さ、シオン様のところへ」

「む、無茶苦茶すぎますよぉ……こちらです」


すぐに正気を取り戻したメイドさんに連れられて、僕は屋敷の中へと入っていく。

突然屋敷に現れた僕に通りかかった使用人たちは唖然としていたけれど、見知ったメイドさんと一緒に走っているので、客人と判断したのだろう。誰かが何かを言うこともなかった。助かる。ここで屋敷の騎士たちに槍を向けられようものなら、蹴散らして進むしかないからね。


屋敷の階段を一気に上がり、二階にあるとある部屋の前で僕らは脚を止めた。

その扉には花の冠が飾られており、女の子の部屋であることを窺わせる。

そして中からは、数人の焦った声。


「旦那様!! セレル様を御連れしましたッ!!」


メイドさんが大声で呼びかけると同時にノックをすると、すぐに「入れ!」と返答が。大慌てで開けられた中に入ると、ベッドの上には見るからに衰弱しきったシオン様の姿が。荒い呼吸を吐かれ、力が入らないのか脱力し来た手を近くに座る公爵様が握っていた。その表情は、悲痛そのもの。

愛娘の痛々しい姿を見れば、それも当然か。


僕はすぐに公爵様の傍に駆け寄る。

その際、傍にいた秘書と思われる人物が僕を止めようとしたが、傍にいた執事さんに止められていた。ありがたい。


「シオン様の容体が急変なさったと伺いましたが……これはまずい状況ですね」

「セレル殿……娘は、シオンが一体どんな状態にあるのか、わかるか?」

「……まだ確定したわけではありませんが」

「構わん。聞かせてくれ」

「では」


僕は自分の鎖骨部分に指を当てながら、周囲にも聞こえるように説明する。


「シオン様の鎖骨部分に現れた痣は、自然的に現れたものではありません。何者かが何らかの手段で彼女に刻み込んだ、呪詛魔法の刻印です」


誰かが息を呑む音が聞こえた。

まぁ、驚くのは無理もないけどね。貴族の、それも公爵家の娘が何者かに呪詛魔法という禁止されている魔法を使われたんだ。しかも見る限り──。


「私見では、これまで体調事態に変化は見られなかったので、魔法的器官の能力を低下させるだけのものかと思っていました。しかし、今のシオン様の容体を見る限り、明らかに生命力そのものを吸収しているように見えます。呪詛魔法の中でも特段凶悪な、対象を衰弱死させるものでしょう。申し訳ありません。僕ができたのは、原因を特定することくらいでして」

「……では、あれか?」


公爵様が怒りに声を震わせながら、魔法医を睨み殺さんばかりで見る。


「このままでは、娘は……シオンは死ぬ、ということか」

「……」


目を伏せ、シオン様が眠られているベッドの横にいた魔法医は沈黙する。

それは、言葉にない肯定だった。術者が特定できず、尚且つ効力がここまで発現している以上、それは免れないだろう。

それを確認した公爵様は激しく歯を食いしばり、顔を伏せられた。


「呪詛を解く方法は」

「……効力を発揮している呪詛刻印の魔力が切れるか、術者を見つけ出し殺害する。この二つが、呪詛魔法を解呪する方法です」

「前者は論外として、術者を見つけだす、か。魔法医。シオンの命は、どのくらい持ちそうなのだ」


その言葉に、魔法医は即座にシオン様の脈を取り、検診用の魔法を発動する。

一分ほどの時間が経過した後、魔法医は無念そうに首を横に振った。


「恐らく、もう一日も持たないかと」

「……」


一日、か。

そんな短い時間で術者を見つけ出すのは無理だ。現実的じゃない。

呪詛魔法は一度対象に発動したのなら、魔力を追跡することも不可能な魔法だ。故に、どうしても特定には時間がかかってしまう。早くても、一ヵ月、といったところか。そんな時間は、当然残されていない。


「……何故」


公爵様の無念そうな呟きが木霊する。


「何故娘がこんな目に遭わなければならないのだ……。民からも慕われ、人一倍思いやりが強く優しいこの子が、どうして……」


今の彼は、威厳ある公爵としての姿ではない。

愛娘を護ることができない、助けることができない自責の念を吐露する、一人の父親としての姿だった。

目の前にいるのに、手を握ることができるのに、助けることができない。

もどかしさと悔しさと悲しみで、胸がいっぱいになっているのだろう。

同時に、娘をこんな目に遭わせたものに対する怒りも。


「旦那様……」


側近の執事が項垂れる主の肩を手を添え、慰めるように摩る。

室内に漂う空気は正しく重苦しいもの。屋敷の主の一人娘が今この瞬間、生命力を奪われ苦しみの渦中にいるのだ。

空気が明るくなることはなく、もしもこのままシオン様が亡くなられてしまえば、それは更に重苦しくなる。

そんな中、魔法医が机に並べていた道具を片付け始めのが視界に映った。

思わず僕は声をかける。


「お医者さん、何を?」

「……心苦しいが、呪詛となれば私の専門範囲外だ。これ以上、私にできることはない。公爵様、お役に立てず、申し訳ありません」


深く頭を下げる魔法医に対して、公爵様は一度頷くだけ。

完全に気力を消失してしまっているのはわかる。

普通ならこのまま帰っても誰も文句は言えない。専門範囲外のことを任せられてもどうしようもないのは誰だってわかっているのだから。

けど──。


「まだ帰ってもらっては困ります」


言い出した僕に、全員の視線が集まる。

あぁ、言ってしまった以上、後には戻れない。

けど、やるしかないよね。現状やれるのが僕一人だし、何より──未来ある子供をここで死なせるなんて、何もせずに結果を受け入れるなんて、許せない。


「公爵様、少し離れていてもらえますか?」

「何を、するつもりだ?」


どうするつもりだと問う公爵様。

疑念の視線を向けて来る彼を執事さんに言って下がらせてもらい、苦悶の表情を浮かべるシオン様の傍に立ち、僕は帽子と眼鏡を外した。

その手に、微かに紫電を纏わせて。


「お医者さんができないなら、僕がやるしかないでしょう。ここでシオン様を見捨てる程、人として腐っているわけではありませんので。どうしようもないなら──強硬手段に出るまでだ」

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