第10話 禁書室
そんな騒動があってから数日後の夜。
とっくに図書館の閉館時刻を過ぎている時間だったけど、僕はまだ図書館の中で一冊の本を手に司書室のソファに座っていた。
窓から見える空は既に暗く、明日の準備もすでに終わらせてある。
帰宅する準備は完全に整ったけれど僕がまだ帰らないのは、今日は少しやろうと思っていることがあるから。
「やっぱり、そうなるよな」
机の上に置かれた本。開かれた頁を読み終えた僕は呟き、思わず天井を仰いで溜息を吐いた。
いや、予想はしていたんだ。今までの特徴や断片的に入手した情報を元にして考えられることが、これだっていうことは。
でも、はっきり言って、これを公爵様に伝えれば大問題になる。いや、既に大問題になっているんだけど、下手をすれば疑わしい貴族の首が全員吹っ飛ぶことになる。厄介だ。あぁ、本当に厄介だッ!
「でも、やっぱりあれは闇系統の特徴で、一般的に闇系統となると……呪詛魔法」
先日シオン様の体内に蓄積された魔力を放出するために行ったマッサージ。その際、あの痣があった箇所に電流が流れた時、流れを阻害、弾かれたのだ。
もしかして痣の箇所に蓄積していた魔力量が多く、突然強めの電流を流したので抵抗が増幅し弾かれたのかと思った。
けど、よくよく考えればそれは違う。体内にある魔力はまだ系統に変化する前の代物で、系統変換された魔法に対する抵抗力は持たない。
つまり、あれだけ強力に弾いたということは、何かの系統に変換された魔力──つまり魔法だということになるのだ。
更に僕が疑いを深めることになったのが、シオン様が持ってきた問題。
系統による魔力抵抗増幅作用。
闇と雷の組み合わせが最も抵抗を生むというのは周知の事実だったけれど、シオン様の痣に電流が弾かれたのは正しくそれだ。
けれど、その推測が正しければ、彼女の中にあった呪詛は少なからず弱くなってるはず。抵抗が強く反発し合う二つの系統は、衝突すれば互いに相殺される。
……明日にでも、シオン様に痣の状態を確認した方がいいかもな。
この疑念を確信へとつなげるために──。
「これを使うわけだしな」
僕は右手に持った小さな鍵に視線を向けた。
これは図書館裏口の鍵ではなく、先日フィオナから預かった大切で貴重なもの──この図書館にある、禁書が保管されている扉の鍵である。
禁書室の場所は一般人は絶対に知ることはなく、王宮に勤めるものであってもその場所を知っているのは極僅か。唯一知ってるのは、王家と公爵家クラスの家くらいだろう。これはトップシークレット。外部に知られては、瞬く間にそれを狙った者たちが襲撃に来るだろうね。
けど、僕は仮にもこの図書館の司書で、管理を任されている身。
口外厳禁の契約を交わし、その在処を教えられている。
「入るのは、久しぶりだな」
以前入ったのは、確か三ヵ月前だったかな。
定期的に瘴気を放つ禁書を管理するために、僕は禁書室に足を踏み入れることがある。その時は、見届け人として王女のフィオナを連れて。
最初は大丈夫なのかと思ったけど、仮にも彼女は
強いお姫様だ。
司書室を出た僕は気流を生み出し、一気に十八階へと上がる。
着地と同時に図書館全域+館外の一定範囲に張ってある電磁網から不審な人物がいないかどうかを確認し、目的の場所──歴史文献が置かれている場所の、とある本棚へと近づき、片手を置いて魔力を流す。
すると、登録されている僕の魔力を感知した本棚は独りでに浮き上がり移動し、先ほどまで本棚が置かれていた床に刻まれた魔法陣を露わにした。
起動するには特定の人物の魔力を流さないといけないこの封印は、ただ強引に本棚をずらしただけでは浮かび上がらない。
古来より代々受け継がれた魔法陣を用いている、古代魔法なんだ。
その魔法陣の中心に僕は立ち、再び魔力を込め起動させる。
その魔法陣の効果は、転移。
行き先は当然、僕の目的地である禁書室だ。
入れ替わった周囲の景色は先ほどまでの図書館ではなく、遺跡のような風景だ。壁には掘られた壁画と思われる絵や文字がずらりと並んでおり、一体どれだけ前のものなのか想像もできない。
僕はその中をランプを片手に進んでいく。一本道なので道に迷うということはないけど、暗すぎてかなり不気味だ。
しかも、禁書室に近づくに連れて漏れ出した濃密な魔力が身体を覆うため、並大抵のものでは立っていることすらままならない。
僕は慣れているから、別に平気なんだけど。
やがて到達した禁書室の前。
厳重な石の扉でできたそれには小さな鍵穴が一つあり、そこにフィオナから預かった鍵を差し込み、時計回りに回す。
瞬間、扉に描かれた無数のレリーフが一斉に明滅を繰り返し始めた。
これは、開錠しているという印。このまま中に入らずに数分程すれば、自動的に施錠される仕組みになっている。どんな魔法式を組んでるのかは不明だけど、そこは流石古代文明というしかない。
重たい扉を開けて中に入れば、そこは可視化できるほど濃密な魔力が充満した、石の本棚が連なる禁書室。
納本されている本には軒並み鎖で拘束が施されており、その鎖にも封印の効果があるものだ。
本棚は危険度別に納本されている物が分けられている。
危険度の低いものであれば、本が内包している魔力によって読める者が限られる程度だけど、危険度の高い本であれば、触れた瞬間意識を乗っ取られるような本もある。そういうものは大抵魔力量が尋常ではないものか、もしくは精神支配耐性が強力な者が読めるだけ。
ただ、僕が求めている本はそういう類のものではない。
闇系統──所謂呪詛魔法について記された本だ。
呪詛魔法について記された本は正確に言えば危険ではないのだが、呪詛魔法そのものが使用を厳しく制限されているため、図書館に来る者たちの目に触れないようにここに保管されているのだ。
呪詛魔法は凶悪極まりないものばかりなので。
僕は目的の本がある本棚──禁書室の奥へと進んで歩く。
ランプの光を反射する靄は、全て本から漏れ出した瘴気。耐性のないものが浴びれば、瞬く間に意識を失ってしまうほどのもの。
その靄を手で払いながら進み、僕は目的の本棚に到着した。
「呪詛魔法は……本棚二つ分だけか」
やはり流布している魔法よりも数が格段に少ない。今では使い手などほとんどいないし、禁止されている魔法ばかりだから自然と廃れていったのだろうな。
危険なものばかりで、悪趣味なものも多い。ま、少ないのはいいことですかね。
一冊ずつ手に取り、速読しながら次から次へと内容をチェックしていく。
検出を使わない理由は、ここが禁書室だから。ここであれだけの魔法を使ってしまうと、禁書たちにどんな影響が出るかわからない。
だからここでは基本的に魔法を使うことは禁じられてるし、特別な時以外は絶対に使わないようにしているんだ。
調べ始めてから数分後。
実に三十冊目という中々の好成績で、僕は目的の本を発見することができた。
内容としては、人間の体内に呪詛を埋め込むことによる効果と、その魔法式が書かれたものだった。
徐々に衰弱させる。身体機能を一つ奪う。魔力を暴発させる。そして……魔導書との契約を断つ、もしくは契約できなくする。
最後のものは現在シオン様がかかっている状態と同じだ。
けど、魔法的器官に障害を残すということは明記されていない。ここに書かれていないとなると、呪詛魔法を専門とする魔法士が作り上げた固有魔法か。
「固有魔法だとしても、シオン様の痣が呪詛魔法による刻印の可能性は高くなった……けど」
問題は、呪詛魔法だったからこそ、のものだった。
呪詛魔法という魔法の効果が切れるのは、基本的には埋め込んだ呪詛に込められていた魔力が尽きるか、術者が死ぬことのみ。
それ以外の解呪方法は……一つだけだが、あまりにも危険度が高く、卓越した技量が必要となる術なのだ。
実質的に、効果が切れるのを待つしかないのだけど……そんなことを待っていたら新学期を迎えてしまうし、何よりあの呪詛にどれだけの魔力が込められているのかがわからない。
残された選択肢は一つ。
「術者を炙りだして、命を奪うことだけ、なんだけど……」
どうやって探すか。
今のところ手掛かりは何一つとしてない。今すぐに始めたとして、一体どれだけの時間がかかるのかもわからないし……こうなると、新学期までにというのは諦めた方がいいのかもしれない。
幸い僕が定期的に蓄積した魔力の放出を手伝えば、命に関わることはないだろう。
本を元の場所に戻した僕はそのまま禁書室を後にしようとし、一度振り返る。
視線の先にあったのは、無数の鎖が無造作に床に身を投げた状態で放置されている、とある部屋。その中央に置かれた台座の上には何も置かれておらず、壁に刻まれていた魔法陣も亀裂が入り、今は輝きを失っている。
見れば、かつて何かがあったのだろうと理解できる部屋。
僕はそこを一瞥し、特に何かを言うわけでもなく禁書室を後にした。
◇
図書館に転移してきた僕は本棚の場所を元に戻し、顎に手を当てながら階段を下りる。
とにかく、呪詛である可能性を明日にでもシオン様と公爵様に伝えて、何らかの対策を取らないと。いや、呪詛を使うこと自体今では犯罪となっている。ここはフィオナの耳にも入れて、情報収集を。
と、階段を下りきり司書室に入ろうとした時、ドンドンと図書館正面入り口の扉が強くノックされるのが聞こえた。
「なんだ?」
この時間に来客なんてあり得ない。
けど、なんだか焦っているようにも感じるし……電磁網でその人物の魔力を確認するけど、少なくとも僕は初めて感じる魔力だ。武器は持っていないみたいだけど、とてつもなく怪しい。
襲撃者ということも想定し、魔導書を召喚しつつ僕は扉の前に行き呼びかけた。
「どなたですか!」
呼びかけのすぐ後に、焦った様子の女性の声で返答が。
「ベルナール公爵家の者です!シオンお嬢様が突然倒れられまして……公爵様より、セレル様をお呼びするようにと!!」
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