第8話 可能性

「ありがとうございました!」


小一時間ほど二人について勉強を教えた後、シセラとリーロは僕にお礼を告げてくれた。ちゃんとお礼が言えることは感心すべきところだね。


「理解が深まったのならなによりだよ。またわからないところがあったら、いつでも聞いてね」

「はい!」

「あー、実技の方は……」

「流石に範囲外だからね」

「そうっすよねぇ……」


残念そうにするリーロ。

う~ん、流石にシセラにだけ教えるのもあれだからなぁ。人には平等に接しないといけないし。


「ちょっと今仕事が立て込んでる……というか、優先的にやらないといけない仕事があるから、それが片付いたら相手をしてあげるよ」

「本当っすか!?」

「図書館では静かにね。けど、司書の仕事もあるし、朝早くになっちゃうけど」

「大丈夫っす。いやぁ、ようやくセレル先生に稽古をつけてもらえる。言い続けた甲斐があったっすっね!!」


そこまで喜ぶようなこと、なのか?

まぁリーロがここまで僕に稽古をつけてもらいたがっていたのは、彼女が主体として扱う魔法が僕と同じ雷系統のものだからだろう。特に細かい制御を苦手としているところがあるし、そこを教えてもらいたいんだろうな。


「でも、すぐにはできないから、その辺りは了承してくれよ?」

「勿論っす」

「ん。なら、そういうことで」


シセラとリーロは再度頭を下げたから勉強机に戻っていった。

ふぅ。彼女たちはかなりの頻度で図書館に来ているけど、毎度毎度よく頑張ってるな。成績もかなり上の方だと聞いているし、これはあの教師陣に一矢報いることができるかも。その内一位とか取ってくれると嬉しいな。


さて、教え終わったし、僕は自分のやるべきことをやるとしよう。

まだまだ読まなければならない文献はたくさんある。期限はもうあまりないのだし、どんなに小さな手がかりでもいいので、見つけ出さないと──カウンターに手が置かれた。

見ると、片手に魔法教本を持ったシオン様がにっこりと微笑んで僕を見ていた。

どうやら、質問に来てくれたみたいだ。


「セレル様、今はお時間ありますか?」

「えぇ。大丈夫ですよ。何かわからないところがありましたか?」

「はい。その前に一つ──」


シオン様は五階の机で勉強をしている学生たちの方をみやり、問うた。


「先ほど一緒にいたお二人と随分仲良さげでしたが……あれは魔法学校の?」

「そうですね。二人共学校が終わってから毎日のように図書館に勉強をしに来るので、顔馴染みになりまして。今も、彼女たちがわからないところを教えていたんです。春休み明けには三年生になりますから、気を抜いていられないんでしょうね。普段以上に熱心に取り組んでいます」

「そうなんですか……三年生というと、やはり実技分野が?」

「それも気にしているみたいですが、ここは図書館です。僕が教えることができるのは座学のみになります。上級生ともなると、座学も相応に難しいものになりますからね」


魔法式構築理論、系統別魔力作用の法則、転換効率など、様々な分野が入ってくる。より詳しくは高等部で学ぶので、浅く学ぶ程度だけれど、それでもテストでの得点率はかなり低い。大半の生徒がその分野の問題を落とすのだ。

将来魔法学者になりたいと考えている子たちにとっては完璧に理解しないといけない範囲なので、酷であるなぁ、とは思うけどね。

僕はしっかりとその辺りも理解しているので、質問に来た子たちには教えてあげることもできる。それでも、僕に聞きにくる子たちは身分をあまり気にしない子たちだけなんだけどね。

親の教育か、身分差別が身に着いている学生は結構いるのだ。

まぁ、僕が教えてあげた子たちが成績上位を独占しているのが現状なんだけど。

ざまぁみろ。


「シオン様も、いずれは学ぶ範囲になりますので、予習されておいても損はないですよ。と言っても、今の範囲で手一杯だと思いますが」

「そうですね……余裕ができて、魔導書との契約もできたら、学びたいと思っています」

「まずは魔導書との契約のためにも、病気を治さないといけませんからね」


シオン様は痣のある部分を片手で押さえる。

辛いだろうなぁ。同年代の子たちはもう魔導書との契約を済ませている人が多い。明らかにスタートでは遅れているし、今のシオン様は座学だけでも身に着けようと必死になっているのだ。

その意気やよし。

ならば僕も、彼女の努力が報われるように頑張らなければ。


「ところで、わからない問題は何処でしたか?」

「あ、そうでした。ここなんですけど──」


そう言って彼女が示したのは、中等部二年で習う『特定系統魔法接触時における魔力抵抗増幅作用』についての問題だった。

シオン様がわからないのは……なるほど。計算問題か。しかも、魔力抵抗の定数を用いる効率の応用問題。

ここは躓く子が多そうだなぁ。そもそも計算問題を苦手としている子が多いから、テスト前になると質問に来る子がたくさん来そう。


「そうですね。まずは計算式ではなく、言葉の意味から復習していきましょうか。特定系統魔法接触時、というのはどういう意味ですか?」

「特定の二つの系統を持つ魔法同士が衝突した際、他の組み合わせよりも抵抗が増幅して、反発し合う現象のこと、です」

「そうですね。抵抗の大きさにかなりの差はありますが、一番大きな抵抗増幅を持つ組み合わせは、闇系統と雷系統です。この二つは衝突した際、ほとんど交じり合うことなく反発します。この問いでは光と雷が用いられていますが。前者の抵抗は後者の七十倍にも上ります。つまり、闇魔法で攻撃を受けた際には雷魔法で、雷魔法を受けた際には闇魔法で防御をすることで防ぐことができます」

「防御魔法を使えばいいのではありませんか?」

「防御特化の魔法は、軒並み消費魔力が多いですからね。最小限に抑えるべき時には、こういった特性を利用して防ぐ方が効率的なんです」


防御魔法は基本的に自身の周囲に展開するものがほとんど。そのため、無駄な魔力を使う。しかしその点、こういった特性を利用して攻撃そのものを相殺してしまえば、最小限の魔力で済むというわけである。


「話が逸れましたが、この抵抗増幅作用には基礎公式が存在していて、それが……これですね。定数ρは魔法系統ごとの固有定数ですので、そこは暗記するしかありませんが、他の数値は問題に記されているはずです」

「あ、求めるものではないんですね」

「はい。炎系統なら六の三乗。水系統なら四の二乗という感じに。これを覚えるのは大変だと思いますが、そこは頑張ってくださいとしか」


計算問題は正直説明している方もされている方も疲れるので苦手だ。

僕が理解していることが他者には理解できないというのはざらにあるので、その辺りを子供たちにどう伝えていくのかが難しい。

シオン様は呑みこみが早いので、僕の説明だけで理解してくれているみたいでよかった。


「ありがとうございます。何だか、解けそうな気がしてきました」

「それは何より。次年度の範囲ですから、今の内に理解を深めておくと、後々有利になると思いま──」

「? セレル様?」


シオン様が呼ぶけれど、僕はそれに返事はせずにジッと参考書の文字列を眺める。

魔力抵抗増幅作用……その中で大きいのは雷と闇の二つの系統の衝突。

そして、闇系統の魔法というのは世間一般では──ッ。


咄嗟に僕はシオン様の痣がある鎖骨部分に目を向けた。

不意に脳裏を掠めたある仮説。

もしも僕の推測が正しいのならば、これは問題だ。大問題だ。

いや待て。まだ公爵様に知らせるわけにはいかない。もっと自分の中で確信に近づいてからでないと、余計な混乱を──。


「あの、セレル様~?」

「──ッ、すみません。少し考え事をしていました」

「大丈夫、ですか? お疲れになられているんじゃ」

「平気ですよ。さ、勉強の続きをなさってください。僕もこれから調べものが──」


と、その時。


『平民は口を開くなッ!!!!』


そんな差別的な発言が図書館内に響き渡り、館内を一時静寂に包んだ。

一体誰だ? 僕が司書を務めるこの図書館で、そんなゴミのような発言をする輩は……。

カウンターから出て、僕はシオン様を連れ添って下を覗く。

そこにいたのは、高そうな派手な服装をしている一人の少年だった。小太りな体型で、お世辞にも恰好いいと表現することはできないな。後ろには、取り巻きではなく護衛かな? 数人の者が控えている。


「あれは……貴族、ですかね」

「あ」


どうやらシオン様は知っているようで、不快そうに顔を歪める。

優しいこの子がここまで嫌がるってどういう奴だよ。


「知り合いですか?」

「一応……。あの、昨日私が会談に行かなかった理由を、覚えていますか?」

「勿論。苦手な貴族──あぁ、なるほど。そういうことですか」


シオン様が嫌がるわけだよ。

フィオナも言っていた通り、あれでは嫌われても仕方ないな。僕も結構イラッときているし。


「つまり、あれが伯爵家の御子息ですか」

「えっと、はい、そうです」


問題の伯爵家。

そいつが到頭ここに来てしまったようだ。

面倒だなぁ。でも、問題になっているっぽいし……数人の女子学生ともめているのは見過ごせない。ここは静かであるべき図書館なのだし、他の子らにも迷惑がかかってしまう。


しょうがない。ちょっと止めてきますか。

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