第7話 学生たち

図書館の開館時刻になる前に王宮へと帰ったフィオナとルーナさん。

彼女たちのおかげで、大分気分がよくなった気がする。根詰まったときは、親しい人と雑談でもするのが一番みたいだ。今後も遊びに来ることがあるだろうし、今度はお茶菓子でも入れてあげないとな。


開館時刻になると施錠が自動的に解ける仕組みになっている扉が開くと同時に、図書館には多くの人がやってきた。

その大半は魔法学校入学を目前に控えた少年少女たち。定位置となりつつある五階の席に着くと、それぞれが持参したノートや参考書を開いて勉強に取り組んでいる。熱心なことだ。きっと彼らがこの王国の将来を担っていく人材に成長していくんだろうなぁ。感慨深い。

と、司書のカウンタースペースでその様子を見ていると、こちらに向かってくる人が。へぇ、今日も来たんだ。


「おはようございます、シオン様」

「おはようございます! 今日も勉強しに来ちゃいました」

「みたいですね。公爵様は一緒ではないのですか?」

「はい。お父様はしばらく王都でのお仕事があるそうなので、今日は書斎に籠っています。屋敷にいてもやることがないので、ここに来まして。屋敷の書庫の場所は、教えてもらっていないのでわからないですし」

「あぁ、なるほど」


魔導書との契約もできない今、やることと言ったら病が治った後に魔導書と契約して以降に必要となる知識を身に着けておくことくらいだろう。

それに、一度見たことがあるけど王都にあるベルナール公爵家別邸は広い。王都自体がとても広いので、全体から見れば大したことはないのかもしれないが、それでも一般的な家庭の何十倍という広さだ。そんな豪邸の中にある書庫……きっと、いくつかの魔導書も保管されているのだろう。だから、たとえ娘でもおいそれと場所は教えられない、ということか。

まぁ適齢になれば教えてもらえると思うけど。


「幸い参考書は自室にありますので、それを持って来ました」

「熱心ですね。しかし、申し訳ありません。今日は休館日ではないので一般の人も見えますし、僕も仕事があるのでつきっきりで勉強を見てあげることはできないです」

「大丈夫です。まずは一人で解いてみないと、理解は深まりませんから。けど、その、わからないところは後で──」

「勿論、後程お教え致します。その時は、声をかけてください」

「はい!」


嬉しそうに言って、シオン様は五階へと上がり、席に着いて勉強を始めた。

このカウンターは四階にあるので、比較的近い。そのため、勉強をしている子供たちはかなり気軽に僕に質問をしに来る。

みんないい子たちばかりで、僕が忙しくしていない時を見計らって来てくれるのは本当に助かるんだ。

良い子だから、僕も理解するまで教えてあげる気になれる。win-winの関係って奴だね。


「子供たちの勉強を見てあげられるように、さっさとやること終わらせるか」


博士帽を被り直し、首元のネクタイを締め直した僕は、早々に仕事に取り掛かった。



およそ四時間後。

いつものごとく昼食を取らずに仕事をし続けた結果、午前中で仕事は終わってしまった。しまったというか、終わらせるように頑張ったんだけどね。

シオン様の病について調べないといけない時に仕事に忙殺されて何も進んでいません、なんてことはないようにしなければならない。公爵様に合わせる顔がないから。

今後しばらくはこんな感じで、仕事を早々に終わらせ、午後は情報収集と学生諸君の勉強を教えるという時間になりそうだ。


ふと五階の勉強スペースに目を向けると、そこには参考書だけが残されており誰も座っていない。きっと、皆外の喫茶店にでも昼食を食べに行ったのだろう。館内にいるのは既に昼食を済ませた人しかいないようだし。

それにしても、いいなぁ。喫茶店に食べに行くなんて、僕は無理だよ。

館内に僕がいなくなったら、この図書館はがら空きになってしまうし、責任者がいないのに開放なんてできるわけないからねぇ。

人間関係で悩まなくて済む代わりに、一人っていうのはこういうところが不便だよ。つくづく。


とはいえ腹は減ったな。

一度司書室に戻って軽く何か食べようか。と、椅子から立ち上がった時。


「あの、セレル先生」

「ん?」


僕の名前が呼ばれ、そちらに顔を向ける。

先生っていう呼び方はもしや……案の定、そこにいたのは僕の見知った二人の少女たちだった。


「君たちもいたんだ。シセラ、リーロ」

「春休みとはいえ、勉強しないとやばいっすからね~。特にシセラが」

「リーロちゃん言わないでよぉ……あの、セレル先生、今お時間ありますか? ちょっとわからない部分があって」

「いいよ。勉強熱心な子を見捨てるわけにはいかないし」


胸元に参考書を持っている、淡い水色の長髪をし、同色の瞳と眼鏡をかけている少女はシセラ。確か、エボランス伯爵家の次女だったかな? あまり家のことは話さないし、よくわかっていない。貴族の娘だということはわかっているけど。


そして隣の赤髪をポニーテールで結んでいる少女はリーロ。

武闘派として有名なロレンツ辺境伯の一人娘で、今は家を離れて学校寮で生活をしている。とても頭がよくて、何かとおっちょこちょいなシセラのサポート役という面が強い。


昼食、いや軽食は後で食べるとしよう。

この子たちは恐らくお昼も済ませているので、やる気が復活しているはず。そのやる気がなくなってしまう前に、わからないところを噛み砕いて説明してあげないと。


カウンターの中に二人を招き入れ、余っている椅子に座らせる。


「それで、何処がわからない?」

「えっと、魔法理論にある『魔導書による魔法発動時の円滑魔力伝達』っていうものがいまいちよく理解できなくて」


参考書に記されている項目を読み上げながら頁を見せてきたシセラは、頬を掻きながら疑問を口にする。


「魔導書が魔法発動を補助してくれているのはわかっているんですけど、この円滑魔力伝達はどういうことなのか」

「うーん、そうだね。まず、この言葉の意味はわかる?」

「えっと、アレコアで生成した魔力をスムーズにスケイルに乗せて全身へ運ぶこと、ですよね?」

「それであってる。だけど、ここで重要なのは円滑の意味だよ」


僕はその文字が記されている箇所を指さし、両隣にいる二人に向けて、わかりやすく説明する。ここの意味がわからないって言っていた学生が去年もいたなぁ。


「円滑というのはこの場合、スムーズに流れるという意味ではなく、魔力伝達速度を加速させると捉えるんだ。健康な人は普段から体内の魔力の流れが円滑に進んでいるからね」

「でも、加速と円滑って意味が違うんじゃ──」

「言葉の意味としては全く違う。これは正直ややこしいし、名付けた研究者に文句を言いたいところなんだけど、この場合の円滑っていうのは魔法発動時における魔力伝達を円滑にするっていう意味だ」

「「?」」


う~ん……そうだな。

二人が理解できるように、何か例を出すとしよう。この項目は、頭を悩ませる子たちが結構いるんだよ。命名した名前が悪いとは、ずっと思ってる。これは混乱する子は多くなるはずだよ。


雷天断章ラミエル


僕は魔導書を召喚し、眼前に二つの小さな雷球を生み出した。

勝手に放電することはないように、しっかりと制御は怠らない。本当は図書館内での魔法使用は禁止なのだけど、責任者は僕なので何も問題はなし。そもそも検出デバを使っている時点で、ルールもあったものではないからね。


「この雷球を使って説明するよ。

まず、魔導書を召喚せず、魔法も使用していない場合──つまり通常の状態における円滑な魔力伝達っていうのが、これだ」


人差し指をくるりと回すと、右側の雷球がゆっくりとした速度で時計回りに回転を始めた。

机に触れるといけないので、あくまで小さな円を描く程度に済ませる。


「そして、魔導書を召喚し、魔法を発動しようとしている時の円滑な魔力伝達は、こういうことになる」


もう片方の人差し指を回すと、左側の雷球は右側の数倍の速さで回転を始めた。尾を引いているのが見える程。流石にここまで大げさではないけれど、魔法発動時における伝達速度はこれだ。


「簡単に説明すると、魔法を発動する時にはより速い速度で魔力を伝達させないと、魔法を発動できない。それを補うため、魔導書には生成した魔力の伝達速度を速くする効果があるんだ。魔法発動時に円滑にするっていうのはつまり、体内で全身に送られる魔力の流れを加速させると覚えるといい。本当に、名前がややこしいんだけどね」


今からでも魔法学術会に直訴すれば改名できるんじゃないかな?

名前でここまで惑わされるのは、正直改善すべきことだと思うし。


「なるほど、これは魔力を加速させるっていう意味なんですね……わかりました!」

「理解できたみたいだね。リーロは?」

「自分は元から理解してたっすからね。大丈夫っす。まぁ強いていうなら不安なのは魔法実技くらいなんすけど、そこは流石にセレル先生の範囲外っすからね」

「流石にね。あと、何度も言うようだけど僕は君たちの先生ではないからね?」

「「いや、それは」」


どういうことだよ。

僕は司書だから。先生じゃないんだから。


「あ、後ここも──」


どうやら、まだわからないところはあったらしい。僕はそれを嫌がるでもなく、寧ろ喜んで教える。

人に教えるのって、何だか好きなんだよね。教えること自体は好きなんだけど、先生って呼ばれると……僕のことを毛嫌いしている教師陣を連想させるのでやめてほしいかな。

そんなことを思いながらも、僕は熱心に励む二人に勉強を教え続けた。

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