テニス少年 小野寺悠
「いやー、惜しかったな」
岡島さんが俺に言ってきた。
「いやいや、全然惨敗でしたよ」
久しぶりの黒星で、まだ頭の中の整理がついていなかったので1人になりたかった。
決勝も終わり、賞状を貰って帰ろうと会場を出た。
しかし、俺のことを待ってくれていたのか、応援に来てくれた3人の先輩達が会場の出口付近で座って待っていたのだ。
そして、今の帰り道に至る。
「それにしても、1年生でベスト4ってほんとに凄いな」
「俺はもう引退だけど、最後の最後に本当にいいものを見せてもらったよ」
「狭山さんが引退したら、岡島が部長で潰れる気がしますね」
「んだと、相川。お前がじゃんけんに勝ったなきゃよかったろ。ん?なんなら変わってやろっか?」
「それはごめん蒙る」
「だったら文句なんかいうんじゃねーよ」
「俺がいなくなったら3人てのもやばいね。俺は陰ながら応援してるよ」
「自分は引退だからって他人事はずるいっすよ」
「その代わり俺は受験だからな。まあでもいいじゃん。才能しかない可愛い後輩がいるんだから」
「それもそうですね。小野寺と練習しとけば、僕も来年は県大会ですかね」
「俺も目指すかー県大会」
俺は、疲れたから話しかけないでオーラを出しながらその話を聞いていた。
正直、今にも3人に殴りかかりたかった。
よくもそんなことが簡単にどうどうと言えたものだ。
努力も何もしていない人間が、上を目指したいとかふざけるな。
忘れもしない、自分たちの試合で負けた後に3人でへらへら笑っていたこと。
そんな奴らに上を目指す資格なんてあるわけないし、戦う相手にも失礼だ。
しかし今、1番許したくない相手は、狭山さんだった。
試合前も「持ってるものが違う」などと言っていて、そして今も「才能しかない」と発言をした。
あの人は俺の何を知っているのだろうか。
俺がテニスを始めたのは小学校2年生だった。
父親の知り合いがテニススクラブのコーチをやっていたこともあって、父に連れられて、流れで俺も打つことになったのがきっかけだった。
初めてボールを打った日、それが全ての始まりだった。
「この子は持っているものが違う」
その言葉と共に期待をされ始め、コーチである父親の友達とのマンツーマンレッスンが始まった。
向こうから誘ったからか、スクール代は免除になった。
最初の頃は楽しかった。
上達する度に褒められるのが嬉しかった。
今でも覚えているくらい、初めての試合で勝った時のあの快感は気持ちよかった。
テニスを初めて2年が経った小学校4年の頃だった。
全国大会優勝という成績を残した。
当時は全く知らなかったが、全国のテニスクラブのコーチ達の間で、小野寺悠という名前がかなり知られていたらしい。
その大会をきっかけに、俺に対する大人の目は、淡い期待から本物の期待へと変わっていった。
大会明け初めての練習から、一切褒めてもらえなくなった。
その代わり、怒られる頻度が大会前と比べると、2倍以上になっていた。
辛かった。泣きたかった。それでも堪えてたいた。
いつの間にか俺はテニスが大好きになっていた。
そんな大好きに出会わせてくれたコーチのことを裏切りたくなかった。
頑張る分だけその期待は大きくなっていった。
それでも1度だけ、耐えられずに練習を休んだことがあった。
小学生だったからわからなかった。自分のことで精一杯だった。
だけど、大人たちには練習をサボったと映ったのだろう。
翌日のコーチ達の顔と態度を見て嫌でも気づいた。
昨日のあれが、裏切ったと取られてしまったことを。
それから1年後と2年後の全国大会でも優勝をした。3連覇だった。
「やっぱりあいつは持っている側の人間だ」
テニスを初めてからずっと変わらない評価だった。
中学になってからは、期待のされ方と練習の厳しさが桁違いになっていた。
部活とクラブとの両立。勉強もできる方だった。
学校での俺の立ち位置は、なんでもできる完璧人間だった。
人の期待を裏切るという行為は、あの日から無意識にできなくなっていた。
勉強もテニスも期待をされていた。
だから俺は、友達とも遊ばず、死にものぐるいで頑張った。
中1で全国ベスト8。中2と中3の2年間で2連覇も果たした。
テストでもトップ3から1度も落ちなかった。
最初は、俺の周りにはたくさんの同学年の友達がいた。
全国大会も出場しているから物珍しがったのだろう。
しかし、自分にしか時間を割けない相手と誰が親しくなろうと思うか。
必然的に、俺の周りには同学年の友達がいなくなっていた。
高校に入学してからは、勉強が忙しくなったので、平日はテニスクラブに行っていない。
最初は渋い顔をされたが、赤点を取ってしまったり留年をした場合はテニスを辞めなければならないと言ったところ、話を聞いてもらえた。
そのかわりと思い、居残り練習をしている。
努力の量は、全国の同学年の中でもかなり上位にいると思う。
テニスに、全部の青春を捧げている。
それを全部、「持っている物が違う」「才能」という言葉で片付けないで欲しい。
そんなことを思いながら、歩いていると駅に着いた。
3人の先輩方とは反対方向の電車だったので、俺は軽い会釈をしてから、電車のホームまで繋がっている階段を1人降りていた。
持っている側の人間と才能がある君へ 稲坂 太 @Darumaru
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