第5話

 あっ、夢見てた。

 風邪の時って変な夢見るって言うけど、こんな幸せな思い出を夢で再上映してもらえるなんて。

 というか私、流石に幸せ過ぎない? そりゃあこんなに幸せなら、体を酷使してるのも気付かないくらい駆け抜けちゃうよなぁ。

 ごめんね私の体。魂に追いつけてないのを気づいてやれなかったよ……。

「んん……」

「んんん? ……もう、琉花ちゃんったら」

 覚醒するにつれ体の感覚も起きてくると、幸せな夢を見ていた理由がわかった。

「移っちゃうって言ったのに」

 私にぴったりと寄り添うように、パジャマ姿の流花ちゃんが寝息を立てている。

 この体温や香りこそ、一番の精神安定剤なのだと改めて実感した。

「宮部、起きた?」

「起きたよ。おはよう」

「どう?」

「朝よりは随分楽だよ、ありがとね、琉花ちゃん」

 窓の外では日が暮れていて、尚も氷枕の中は心地よく冷たい。パジャマも変わっているし、汗が気持ち悪いなんてこともない。私が寝ている間も様々な看病をしてくれたであろうことは、すぐにわかった。

「でもダメでしょ一緒に寝たら。琉花ちゃんに移っちゃったらどうするの?」

「移せばいいじゃん。移したら早く治るって言うし。宮部が早く元気になってくれるなら……なんでもいい」

「も~そんなこと言われたら怒れないよ~」

 私とてその言葉や行動は嬉しすぎるわけで。結局は琉花ちゃんを抱きしめて、腕の中でこの愛しい生物を堪能させてもらう。

「宮部、私ね」

 胸に向かって、くぐもった声が響く。なんだろう、珍しい声音だ。

 怒ってるわけでも、悲しんでるわけでもない。

 一瞬でこみ上げた恐怖は――

「宮部のヒモにはなれない」

「っ」

 ――すぐに心臓に嫌な痛みを届けた。

 そりゃ……そうか。こんなに不甲斐ない姿見せたら……不安にもなっちゃうよね。

 でも、でもね、私もっと頑張るから、

「琉花ちゃん、私――」

「――だから宮部、私のお嫁さんになってください」

「…………へ?」

 急にこちらを向いた琉花ちゃんの表情は、今までに無いほど爛々と決意に満ちていて。

 急に高鳴る心臓が、今度は甘い痛みと共に全身に血液を巡らせる。

「ご飯だけじゃなくて、掃除も洗濯も、家計管理も頑張る。パートも辞めないで続けて、宮部を支える」

「……琉花ちゃん……」

「だから……お願い。ずっと傍にいて。こんなになるまで頑張り過ぎないで」

 それは哀願というには強く、懇願というには優しい訴えかけだった。

「今まで宮部にだけ頑張らせてごめんね。私ももっと……頑張るから……!」

「琉花ちゃんが頑張っちゃったら……私はもっともっと頑張っちゃうなぁ」

 でも、そうか。

 この幸福感は……そういうことか。

 私と琉花ちゃんの関係は、ヒモにするという契約から始まった。

 それには私の努力が不可欠で、それは私も望むところだったけれど――

「ねぇ琉花ちゃん、私のこと、好き?」

「……好き、だよ。ってあれ、言ったこと無かったっけ?」

 この子は本当に……私を振り回すのが上手い。きっとこれからも、振り回され続けるんだろうなぁ~。あぁ、寝ても覚めても幸せな夢を見られるなんて……。

 体が動かなくなるまで頑張ってみた価値もあるってもんだ。

「ありません、初めて聞きました」

「そうだったっけ……?」

 きょとんと惚ける琉花ちゃんから一度離れ、部屋に隠していたプレゼントを鞄から取り出す。

「ねぇ、明日からは毎日、好きって言ってくれる?」

「が、頑張る……!」

「ふふっ。そうこなくっちゃ」

 本当はクリスマスのディナーを食べ終えた後に、シャンパンで雰囲気を極上なものにしてから切り出そうと思っていたのに。

「宮部……これ……」

 パジャマ姿の私が、パジャマ姿の琉花ちゃんの左手をとって指輪をはめる。

 給料三ヶ月分、以上。本気の本気の指輪。

 ……事前に好きと言ってくれていなければ、切り出すのにもっと時間がかかったかも……。

「琉花ちゃんも、私のお嫁さんになってください」

「――はいっ」

「…………えへへ。大切にするよ、一生。琉花ちゃんだけを――」

 それから、再び二人で布団に潜って、興奮と微熱を分け合う……つもりが、互いに相乗させて想いは強くなるばかり。

 結局琉花ちゃんが静かな寝息を立ててシーツに沈むまで、私達の聖夜は終わらなかった。

「んっ……宮部ぇ……」

「寝言も可愛いなぁ……。そんな甘い声出して、どんな夢見てるの? 琉花ちゃん」

 これからも大変な事はたくさんあるだろう。

 忙しさのピークはどんどん更新されていくだろうし、いつかまた体の限界を迎えるかもしれない。

 だけど、「ヒモにしかなりたくない」と豪語していた彼女が頑張っている姿を、すぐ傍で見られるなら、見続けられるなら……どんな困難にも立ち向かえるだろう。

「おやすみなさい、私の――かわいいお嫁さん」

 起こさないようにそっと唇を合わせて、おそろいの指輪を重ねて、瞼を閉じて、琉花ちゃんに導かれて、私も追いかけた。

 寝ても覚めない、幸せな夢の中へ――。

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私のヒモになってください! 燈外町 猶 @Toutoma

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