やさしいひと

紀伊谷 棚葉

やさしいひと

「俺ってよく『優しい人』って言われるんだけどさ、全然そんな事ないんだよ」

酔っぱらって帰ってきた夫がソファに埋もれるように座りながら言った。

「うーん、そうかなぁ、あなた優しいと思うよ。お土産買ってきてくれるし!」

冷たい水を入れたコップを手渡しながら夫の横に座る。ソファの横にあるテーブルにはプリンが2つ入ったコンビニの袋が置いてあった。私の分は安いプリンではなく、いわゆる『コンビニスイーツ』の部類に入るちょっとお高めのプリンだ。上出来上出来。

 3つ年上の夫は仕事や飲み会で帰りが遅くなると、必ず近くのコンビニでデザートを買って帰ってくる。別に遅く帰ってくることに腹を立てることはないのだが、新婚だからか寂しさは感じてしまう。だから、お土産に買ってきてくれたデザートを2人で食べるこの時間は正直うれしい。『世の既婚男性は必ずこうするべき』だと、SNSで拡散したいほどに。

「お土産っていっても近くのコンビニで買ったものだし、ただのご機嫌取りみたいなもんだよ」

夫は水を一気に飲み干し、軽い伸びをしながら再びソファに埋もれた。

「いいじゃない、ご機嫌取りでも私うれしいよ。ないよりはマシだよ」

『季節限定いちごたっぷりプリンアラモード』をプラスチックのスプーンで少しづつ味わいながら感謝の意を夫に伝える。まずは外側にきれいに盛り付けられたいちごから攻略していこう。

「でもな、『優しい』っていうのはさ、裏を返せば『他人からの評価を良くしたい』とか『自己満足』っていう欲求みたいなものなんだよ。『僕って優しい人でしょー見て見てー』ってな感じで自分のことだけ考えてる、浅ましいもんだろ」

夫はそう言い終わると残っているもう一個のプリン、『焼きプリン』に手を付け始める。夫は『プリンと言えば焼きプリン以外にない』と言うほどの焼きプリン支持者で、結婚して一年経つが他のプリンに浮気しているのを見たことがない。

いちごをすべて平らげた私は弾力のありそうなプリンにスプーンを突き立てる。

「あなたお酒入るといつもネガティブ思考になるんだから、控えた方がいいよ。この前飲んで帰ってきた時も『もう仕事やめてやるー!やってられっかー!』って言ってたし。」

いちごソースのかかったプリンをほおばりつつ、いじけた夫をなだめる。なんと、プリンの下にはいちご大福が隠れていた!恐るべしコンビニスイーツ。夫は焼きプリンの『焼き』部分をただ黙々と食べている。

「うーん、確かにそういう考え方もできるけどさ。もう一回表に返して考えてみようよ。『優しい』ってそんなに浅ましいものじゃないと思うよー」

いちご大福の下には何があるのだろうかと気になりながら食べ進めていく。さながら私はデザート探検隊の隊長様だ。

「表に返すってどういうことだよ」

焼きプリンの底にあるカラメル部分が出てこないギリギリのラインをを攻めながら食べ進めている夫隊員。カラメルは最後のお楽しみのようだ。

「じゃあさ、このお土産のプリンだけど、どんな気持ちで買ってきたの?」

いちご大福の下にはなんと、いちごババロアが隠されていた!これは世紀の大発見だ。

「どんな気持ちって、そりゃ『遅くなってごめんね』みたいな、謝罪の気持ちかな」

夫はカラメル部分を丁寧にスプーンですくいながら味わっている。混ぜて食べたほうがおいしいと思うんだけどなぁ。

「他にはない?謝罪の気持ち以外に。プリン選んでる時とか、なにか思わない?」

世紀の大発見であるババロアはあまり私好みの味ではなかったので、少し残念だったが、トータルバウンティを考えると申し分ない結果であった。

「選んでる時か、そうだなぁ。ああ、お前の喜ぶ姿、考えてた。どんなの買ったら喜んでくれるかなーって。おまえ、いちご好きだろ?」

「うん。それって、すっごく『優しい』ことだと思うよ。『誰かのことを思う』っていうのが根っこにあることが大事なんじゃないかなぁ」

私はそういって夫に微笑み、空になったプリンの容器ふたつとスプーンをまとめて台所へと向かった。

「そっか、そうだな。深いなー『優しい』って」

夫は大きく伸びをして立ち上がり私の後に続く。

「あなたが勝手に浅くしたんでしょ。そろそろお風呂入ったら?お湯張ってあるし、今日は入浴剤あなたの好きなの入れてるよ」

ネクタイと上着を預かりながら、そっと体を預けるように夫の胸によりかかる。

「ありがとう。優しいな、お前って」

「おたがいさまです」

優しく抱きとめてくれる夫にそう、答えた。

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やさしいひと 紀伊谷 棚葉 @kiidani

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