第27話

 この街で一番高級のホテル、『VIP』の中にある喫茶店は、味は確かに一流の豆を使っていて美味いのだが値段は高く、コーヒー一杯が900円もする。


『相手は一流の政治家だ、足元を見られないようにしろ……』


 健吾はクマの言いつけ通り、青山で購入したスーツを着て、ロングヘアー気味の髪の毛を美容院に出向いてツーブロックにしてポマードでオールバックにしている。


 クマも三つ揃いのスーツを着ており、天狗も紺のジャケットを羽織り、ホームレスの身分をばらさなければ、上場企業の重役の貫禄を感じさせられる。


 その隣には、顔色が悪い梶原がいる。


「話というのはなんでしょうか?」


 彼等の目の前にいる京極は、彼等を見下した表情で口を開く。


「単刀直入に言います、梶原さんの一件、手を引いていただきたい……」


 クマはマイコンに顎で合図を送り、ビデオカメラを京極の前に見せて、再生スイッチを押す。


『気持ちいいー!』


「な!?」


 クマは停止ボタンを押して、ICレコーダーを取り出して、ボタンを押す。


『ぶっ殺すぞてめえ!』


「え!! な……」


「このビデオとICレコーダーは、私の仲間と、貴方の秘書、飛鳥勝君に頼んで録音してもらったものだ、これを世の中に出して欲しくなければ、手を引いて貰いたい」


「京極先生、私はもう貴方にはついていけません。今日限りで辞めさせて貰います」


 勝は京極に静かにそう告げる。


「てめえ! 借金があるんだろ! 」


「それは、ここにいる阿武隈さんに全て肩代わりして貰いました、もう貴方の下では勤めたくはありません。今までお世話になりました」


 勝は一礼をして、その場を立ち去って行った。


「京極さん、これはゆすりでもなければたかりでもありません、公正な取引です、貴方が梶原さんの一件から手を引けば、このデータはマスコミにはバラさない。どうなさいますか?」


「……分かったよ、手を引くけえな! 覚えとけやお前ら!」


 京極は吐き捨てるようにそういうと、地面に唾を吐いて出て行こうとしたが、目の前に勝がいる。


「何だ?」


「忘れものだ」


 勝はそう言うと、京極の顔面を思いきり殴り飛ばして、そそくさと逃げて行った。


 ☆


「よし、後はこれをマスコミにバラすだけだ」


 マイコンは編集した画像や録画データをSDカードやUSBに何個もコピーする。


「そうねえ、しかしあの勝って子、やるわね、あんなクソ野郎に復讐だなんて」


 ミカドは笑いながら、ジュースを口に運ぶ。


「ああ、あの子は相当京極に腹が立っていたようだったからな、俺が借金を返済する代わりに、一週間の京極の言動を録音してくれと言ったら喜んで受けてくれたよ、あの京極という男は本当に人望が無いんだな……」


 クマは、スマホを操作して、何処かに電話を掛ける。


「もしもし、……ああ、やはりそろそろ来たのか。君の力を借りる事にするよ、これで、俺達の貸し借りはちゃらだからな、君は自由に生きていいからな」


「オオカミ、京極の逆襲だ、あいつ、ジャックの連中を出してきやがったからな」


 天狗は、健吾を見やり、グローブを手渡す。


「分かった、てか、ひょっとして、あの勝って奴は格闘技でもやっていたのか?」


「ああ、お前勘がいいな、あの勝って子は、キックボクシングのインターハイ2位だ。将来を有望視されていたのだが、親の借金で進学が出来ずに、燻っていた、いいジムを紹介してやったから、今度はそこで活躍するかもな」


「ああ、道理であのパンチが速かったわけなんだな」


(喧嘩なんかしたら、俺なんか秒殺なんだろうな)


 健吾はそう思いながら、天狗と共にシェアハウスの外へと出ていく。


「さてと、俺達は、この証拠をネットにばらすだけだな」


 マイコンは、録音したデータが入ったUSBを、パソコンに差し込む。


「え?ってか、このデータをばらさない代わりに京極は手を引くんじゃなかったのか?」


「ど阿呆、口約束は約束の内には入らないんだよ、それにな、仮に約束した所で、俺達のみの安全は保障はされてはいない、このデータは新聞社さん等のマスコミに思い切りばらす。その連絡は今日してあって、ジャックの連中が邪魔しに来るのは分かっているから、その邪魔を俺達で排除してから、安全にクマさん達が新聞社やらネットにばらすんだよ」


 天狗は、健吾の頭を軽くごつんと叩く。


「行くぞ」


「あ、ああ……」


 知的障害並みの頭の回転の健吾は、クマ達の計画に呆気を取られながら、天狗と共に部屋を出た。


 *


 夕暮れの燈火公園は、普段の日ならば格好のデートスポットで、デートの帰りに遊びに来るカップルがいるのだが、今日は普段とは打って雰囲気が違っている。


 公園の入り口には、勝がTシャツとスリムフィットダメージジーンズをはき、眉間に皺を寄せて、辺りを警戒している。


「勝君」


 天狗と健吾は、グローブをはめて、勝の元へと来る。


「天狗さん」


「そろそろ来る感じなのかな?ジャックの連中は」


「ええ、さっき、斥候らしき奴がこの公園をうろついていたので、一応絞めておきました」


「そうか、うちの若い衆とはえらい違いだな」


「おい。タバコ吸うか?」


 健吾は、このいかつい自分と同年代の若者とコミニュケーションを取ろうと、ヘブンスターを差し出す。


「あぁ、有難う」


 勝は健吾が差し出したタバコに火をつけて、美味そうに煙を空に向けて吐き出し、やや灰色がかった夜の靄がかかり、星がちらほらと光り輝いている空を見つめる。


「あんた、キックボクシングで有名だったらしいが、これからどうするんだ?」


「さぁな。俺高卒だし、正社員で働いてもブラックしか待ち構えてないだろうからな、気ままに単発派遣でもやりながらジムにでも通う事にするよ」


「そっか……」


(俺達底辺の高卒程度の人間では、運良く正社員で入れてもブラックしかない、行き着く先が派遣か、最悪俺のようなホームレスまがいの商売しかねぇんだ……!)


 健吾は、空を見つめて、煙を吐き出して溜息をつく。


「……」


(こいつ、勝に同情しているのか? 似ているような立場だな。だが、キックボクシングしか取り柄がない勝よりも、こいつには、凄まじい強運が生まれついてある。その運がまだ、覚醒してはいないんだ……)


 天狗は、自分の現状に憤りを感じる健吾の身を案じている。


 自衛官時代、教官をやっており、しごきがきついという事で何人も脱走者を出した自分のトレーニングを文句を言いながらもすました顔でこなす健吾を見て、自分の息子の様な感覚を健吾に感じているのだ。


「天狗さん、喧嘩かい?」


 ぞろぞろと、公園を根城にするホームレスの集団がバットなどの凶器を持ちながら、天狗達の元へと足を進める。


「あぁ、クマから聞いてるだろ?俺達がここは食い止めるからお前らは逃げておけよ」


「馬鹿言え、こんなにいい憂さ晴らしはあるか。俺たちも参加するぞ」


 前歯が折れた、50代ぐらいのホームレスは、普通のホームレスの感覚ならば逃げるのだろうが、今回の喧嘩に自分から進んで参加する旨を天狗に伝える。


(こんなバイタリティあるなら、とっとと社会復帰すればいいじゃねぇか!)


 健吾は彼等の様にバイタリティ溢れているのに、社会復帰せずにずっとここで暮らすホームレス達が理解できないでいる。


「……! おい、来たぞ!」


 仲間のホームレスが指差す先には、目が血走って柄の悪い連中達が20人ぐらい、ゾロゾロと健吾達の方へと足を進めてきている。


 ☆


 クマ達が根城にするシェアハウスの一室、クマ達は先程のデータを新聞社やマスコミにパソコンやFAXで送付している。


「これで、準備は万端だな……」


 ふぅ、とマイコンは大きな溜息をついて、タバコに火をつける。


「これで、後はこの国が変わるのを待つだけか……」


「そう簡単には変わらないんじゃないの? 政治家の先生は嘘つきばかりだし」


 ミカドはマイコンにそう言って、USBを指で弄ぶ。


「だが、それをなんとかする」


 クマはタバコに火をつけて、ポケットから封筒を取り出す。


「これ……俺の身にもし何かあったら、オオカミに渡してくれ」


「え、ええ、分かりました」


 いつになく、いや、普段よりも増して真剣な眼差しでマイコンを見つめるクマを見て、彼等はただならぬことでもあるのかと思案に駆られる。


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