第26話 クソ野郎

 政治家は常に、殺人的なスケジュールで予定をこなすというのだが、京極も例には漏れずに、昨日午前様まで『エデン』で内縁の妻の奈美恵と共に人様には決して言えぬ変態的な行為に及び、講演会があると朝早くに出かけて行った。


 広い家で、奈美恵は家事をそこそこにして、梶原にLINEを送る。


『ねぇ、いつになったら奥さんと別れてくれるの?早く慰謝料を渡しなさいよ、マスコミにチクるわよ』


 この女、外面は大物政治家の内縁の妻で、気がきく奥さんと周りからの評判なのだが、裏に回ると不倫相手の梶原に、慰謝料を請求するという外道。


『その事で話があるんだ、今日の午後、旦那さんと一緒に会えないか?』


 カジーと表示されているLINEのアイコンを見て、奈美恵は顔をにこりと、しかし醜く引攣らせる。


『幾ら出すの?』


 世の中金だと言わんばかりに、奈美恵は慰謝料の額を請求する。


『そちらが要求する額を出してやる』


 (そうねぇ、一億円で勘弁してやるか……!)


 奈美恵はまるで、一月分、腸内に糞が溜まったものが一気に出し終えたかのような開放感に襲われて、京極に電話を入れる。


「ねぇあんた、梶原の馬鹿野郎がとうとう折れたわよ!今日の午後時間取れないかって。私たちと会って話がしたいみたいよ」


「がはは、そうか!よっしゃ、午後の予定をキャンセルして家に帰るわ!てかどうせ、ピンサロに通うだけだからなぁ!じゃあな!」


 (やれやれこの男は絶倫だわ、どうしょうも無い糞野郎ね)


 仮にも内縁の夫の口からピンサロの言葉が出る時点で別れ話になるのは確定なのだが、この夫婦は性に関してはオーラルな為か、それとも金だけの繋がりなのか、お互いの性生活に関しては干渉はしない。


 (ふふふ。楽しみねぇ、一体幾ら貰えるのかしらねぇ!)


 奈美恵はククク、と笑い、テレビに映る昨日の国会中継の録画を見る。


 そこには、社会福祉制度の充実を掲げる春日に噛み付くように反対意見を述べる京極の姿があった。


 ☆


 政治家の秘書は常に、一触即発の政治家の先生の相手をする為、精神障害を発症する一歩手前まで追い詰められるという――


「おら、遅えよ、早く飛ばせ! 」


 後部座席で我が物顔で座る京極は、運転を行っている秘書の飛島の頭を叩く。


「俺が総理大臣になったらてめえはクビだからな! 覚えとけや! てめぇのような低学歴のクソ野郎を雇ってやっただけでありがたいと思え!」


「はい」


 (このクソ野郎の世話ももう今日限りで終わりだ、今日までの事は全て車に隠したボイスレコーダーに取っておいてあるし、家にもそのデータはある。クマさんに言われた通りにやった、後はこれをクマさんに持って行くだけだ……!)


 この飛島、という男は家が裕福な方ではなく、両親が経営をしていた町工場が倒産してしまい、借金を返済する為に進学が決まっていた大学を辞めて、高校の進路相談の先生の勧めで政治家の秘書になった。


 気まぐれな政治家の相手をする秘書の労働時間は過酷な程であり、統合失調症一歩手前まで追い詰められている飛島に、ある日クマが訪ねて来て、「君の親の借金5000万円を肩代わりする代わりに協力してほしい事がある」と持ちかけられた。


 それが、ここ一週間の京極の様子をボイスレコーダーで録音してくれというものである。


 (これでこのクソ野郎に仕返しができる)


 飛島は京極の罵声を浴びながら、車を走らせる。


 ☆


「……よし。これで準備は万端だ」


 クマは、録音録画したデータが入っているSDカードを見て、ニヤリと笑う。


「このカードは3枚ぐらいコピーしてあるし、準備は万端ね」


 ミカドはふふふ、と笑いながら缶コーヒーを口に運ぶ。


「オオカミ、天狗、お前らの出番が来る、準備しておけ……」


「え?準備?」


「京極は、不良集団ジャックとの関わりがある、自分に不利益をもたらす人間を影で潰す悪い連中だ……」


「そうだ、あいつらは皆格闘技経験がある連中の集まりだ……」


 天狗とクマは、口々に健吾にそう伝え、ハンガーにかけてある背広に袖を通す。


「行くぞ、これから、大物政治家さんを潰しにいくぞ」


 (うん!?)


 クマ達の後ろ姿が、健吾には大きく見える。

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