第25話 変態野郎
人間には、誰にでも人には理解できない性癖が一つや二つあると、その筋の人間達は口を揃えて言う。
帝民党ナンバー2に位置する京極宏の性癖は、人には理解できない性癖――極度のMの所謂変態野郎である。
政治の世界の人間関係の過酷さは群を抜いて高く、議員になった人間は大抵が神経をやられるのだが、この京極という男、苦痛の状態になればなる程に快楽を感じる変態的な性癖のお陰で、常人ならば3日持たずに神経が疲弊する政治の世界で今まで生き残ることができたのである。
その日、国会討論が終わった後、夜9時過ぎ、食事をそこそこに済ませた京極は、内縁の妻の奈美恵を連れて、都内にあるSMバー『エデン』にいる。
まだSMという言葉が浸透していなかった昭和の高度成長期に要人の息抜き用に秘密裏に作られたこの会員制のバーは薄いピンク色の灯りが灯す部屋の中、常人が見たら気分を害するのであろう、赤い蝋燭と荒縄、鞭、ボンテージ等、所謂調教に使う道具が置かれており、部屋の中で変態プレイに興ずる男女――常人には理解しがたい光景が、此処にはある。
「ねぇ。あんた政治家って言っても血税で飯を食べてザル法を作っているだけの豚よ、いや、国民の寄生虫ね!」
奈美恵は極度、ではないが、Sの気があり、ボンテージに身を包み、キツイ言葉を荒縄で縛られている京極の尻を鞭で叩き、小便を浴びせかける。
「……いや、まだ感じないぞ! もっとだ、もっとやるんだ!」
――本当に変態ねこの男は、でもまぁ、金持っているし良いか。でも、週刊誌が此処を嗅ぎつけられたらスキャンダルものだけれども、ここは完全会員制だから、まぁいいか。
奈美恵の鞭に物足りずに、乳首に安全ピンを5本程刺せとと命ずる京極に辟易している奈美恵をよそに、壁の中に埋め込まれた監視カメラと、盗聴器は彼等の顛末をただ録音盗撮している。
この機械は、『エデン』に以前勤めており、店長にまで上り詰めた事があったミカドが昔からの知り合いの社員に頼み込んでつけてもらったものだ。
「気持ちいい! もっとだ、もっと俺を痛めつけてくれ! まだだ、まだ物足りないんだ!」
この京極という男、余程の変態なのか、前進が蚯蚓腫れする程鞭で叩かれて、乳首に5本のピンが刺されている等、常人が見たら鳥肌の立つ状態なのにも関わらず勃起をし、大量の精液をそこら中に撒き散らす。
(こんな人を政治家にしちゃって、本当に日本は大丈夫なのかなあ……)
ミカドの昔馴染みの知り合いの店主は、変態そのものを地で行く京極を見て深い溜息をつく。
☆
「もっとやってくれ、もっとだぁー!」
ミカドが『エデン』に設置した盗撮機と盗聴器から流れ出る画像と音声を聞き、健吾は深い溜息をつく。
(仮にもこの国を背負って立つ政治家様がこんな事をしているのか……。俺達はこんなクソみたいな奴らの為に税金を払ってきたのか……! 俺もう投票するのやめようかなぁ、こいつらに票を入れても、この国は変わらないだろうしなぁ……!)
「よし、後はカメラと盗聴器を回収して、取引を行うだけだ。ミカド、ご苦労だったな」
クマは健吾と同じように溜息をつくミカドに労いの言葉をかける。
「いえいえ、お安い御用よ。しかしこの国の政治家ってろくなのいないわね」
ミカドの言葉に、健吾は理解していると言いたげに、うんうんと頷く。
「オオカミ、お前間違ってもこんな変態にはなるなよな」
天狗はそう言うと、笑いの渦が巻き起こった。
¥
6月の満月の夜は肌寒く、健吾は古着屋で購入したカーディガンを羽織り、燈火公園のベンチに座りながら缶コーヒーを口に運び、排気ガスで星空が見えない空を見つめて溜息をつく。
(あんな奴らがこの国の上にいるだなんて、この国は一体どうなっちまうんだよ……!)
「政治家に幻滅しちゃった感じでしょ?」
ミカドに後ろから不意に声をかけられて、健吾はコーヒーを落とそうとしてしまった。
「脅かさないでくださいよ……カメラは回収したんすか?」
「したわよ、さっき。クマさんに渡したわ。ねぇ、美智子って子に貴方惚れているでしょ?」
ミカドの突拍子もない発言に、飲んでいるコーヒーを鼻から出してむせっかえる健吾を見て、ミカドはクスクスと笑う。
「え……んな、そんな事あるわけないじゃないですか」
「そう?女の勘なんだけどねぇ〜」
ミカドは健吾を勘ぐっているのか、ふふふと笑いながら見つめる。
「なぁ、ミカドさん……」
「なぁに?」
「あんた一体何者なんだ?見た所、色々な所に顔が利くし、てか、クマさんって一体何者なんだ?」
「私ねぇ。若い頃にガールズバーやキャバクラ、スナックや変態バーで働いてきたわ。お店の経営もやったかなぁ。ある日そんな暮らしに馬鹿らしくなって辞めちゃったのよ。ここでぷらぷらしてたら、クマさんに声を掛けられたのよ。……あの人が私に課してきたテストったらねえ、一週間で売春をして100万円を手に入れて来いって言う滅茶苦茶なものだったわ。でも暇だからね、やったわ。意外と楽勝だったけどねぇ、資産家さんにたくさん知り合いとかいたしねぇ。でもね、クマさんは本名が阿武隈以外は何も知らないわ、この公園で一番古いホームレスで、色々なホームレス達を社会復帰させているみたいよ、それしか知らないわ」
「そ、そうですか……」
(よくこんなババアとやる物好きがいたものだな……!)
健吾は、中年太りの姿のミカドを見て不思議な気持ちに襲われる。
「ん?」
健吾は、気配に気がつき、目線を入り口の方へと見やる。
健吾の五感は、天狗の自衛隊仕込みの訓練のおかげで極限にまで冴え渡っている、微かな足音と、ここにいるホームレス達とは違う、石鹸の匂いを感じて、ホームレスではない何者かがきたのだなとすぐに察知した。
「ねぇ、あれって、真壁の美智子ちゃんじゃない?」
「あぁ、そうだよな?何故こんな所に来たんだ?」
健吾達は美智子の方へと足を進める。
「美智子さん」
美智子の顔は疲れ切った様子で、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「いやどうしたんだあんた?」
「また家出して来たの。もうね、おじさんのようにロクでもない人と暮らすのは嫌だ! 仮にも政治家なのに、なんであんな人の道に外れたことをするのよ! 不倫だなんて!」
「家出ったって、あんた行く当てあるのか?」
「ねぇ、私を買ってくれないかな?」
ミカドは投げやりな美智子の頬を叩く。
「馬鹿! たかがそんな事ぐらいでなに投げやりになっちゃってるの! ネットとか載ったりとか、おじさんが浮気したとかって何よ! ……あんたね、私達の所に来なさい、クマさんには私から言ってあげるから!」
ミカドは美智子の手を掴み、クマのいるテントへと足を進める、その勢いに健吾は圧倒されている。
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