第28話 破滅

 ランチェスターの法則、という戦争での法則論がある。


 この法則は、数が同じであれば互角に戦う事ができる。


 燈火公園のホームレス勢は15人、体力のピークが過ぎて、長年の労働で衰えた筋肉、腰と膝に抱えている、痛み、という爆弾。


(こりゃあ、速攻で負けるかもしれない)


 健吾は、学生の時に他校との喧嘩を一度経験した事があった、健吾の素行はお世辞にもよくはなく、テストは赤点、タバコによる停学謹慎処分は当たり前で喧嘩の腕はそこそこ強かったので、死ぬほど喧嘩をしてきた経験を買われて学校のリーダークラスの人間に他校との喧嘩をする事になったのだが、向こうさんは地元でも有名な不良の集まりで、空手道場やキックボクシングジムに通っていた猛者ばかり、瞬殺でやられてしまった。


 気力体力が充実している高校生とは違い、ポンコツの中高年では、ここいらの最強不良集団ジャックで半殺しにされるのは必至である。


 30分後、健吾の思惑は見事に外れた。


「この野郎!」


 スキンヘッドで肩に刺青を入れているチーマの鉄パイプ攻撃をひらりとかわして、腕を掴んで関節を決める。


(ありゃあ、合気道の技かなんかか!?)


「おらあっ」


 まっ金金の金髪のロングヘアーのパンチを避けて、合気道の技をかけるホームレスは60歳の初老。


「な、天狗さん、あのおっさんたちなんでこう強いんだ?」


 隣でチーマーにコマンドサンボの技をかけて腕をへし折り、ぼきり、という音に小気味好い快楽を感じる天狗は、チーマー一人を血祭りにあげたばかりの健吾に、ドヤ顔で口を開く。


「クマさんは合気道をやっていて、体力のピークを過ぎたホームレスさんたちに護身術を徹底的に仕込んだんだ、近所の合気道の道場の月謝を全てを出してあげてな。みんなここにいる人たちは有段者だ」


(これじゃあ、食べ物の取り合いで喧嘩なんかできないな)


 鉄パイプやナイフ、スタンガンで武装した不良数名は、京極から賞金首と言われて来ているのか、キックボクシングインターハイ2位の勝を取り囲んで一斉に攻撃を仕掛ける。


 数秒もしないうちに、彼等は地べたにひれ伏した。


(やべぇ、こいつを敵に回さなくてよかった……!)


 いくら健吾が、空手や柔道の腕前が仮に2段クラスあったとしても、実戦経験はあまりなく、何度も修羅場をかいくぐって来た勝に敵わない。


「はいそこまでだ」


 聞き覚えのある声が聞こえてきて、健吾達は攻撃をやめる。


 そこには、京極とジャックリーダーの水無月輝が、美智子にボウガンを向けて、勝ち誇った顔で健吾達を見やる。


「阿武隈をこちらに差し出せ、差し出さないと、この女を殺すぞ〜おっと、殺すって言ったら脅迫だったな、それなりの事をさせてもらうぞぉ〜水風呂に沈めちゃうし、俺専属の女王様にさせるぞー。いやぁ、こんな可愛い子に、金タマをタワシでこすってもらいたいからなあ」


 美智子は、この変態野郎の常軌を逸した発言に耐えきれないのか、目から涙を流して、たすけて、と、小さな声で健吾達に話す。


(万事休すだな……)


 流石の天狗達も、これには降参をせざるを得ない。


 だが、健吾はすました顔で、ポケットの中から、スマホを取り出す。


「悪いがこれ録音させて貰ったよ。これをネットに流せばあんたの身は破滅だろうな。……俺と取引しないか?俺がこれを差し出す代わりに、美智子を解放しろ。それが交換条件だ」


 水無月は美智子の首からボウガンを離す。


 健吾はスマホを京極に手渡して、美智子をこちらに引き寄せる。


「辛かったよ〜怖かったよ〜……」


 泣きじゃくる美智子の頭を撫で、健吾は美智子を離して天狗に引き渡す。


 水無月の放ったボウガンの矢は、健吾の胸に当たり、健吾はその場に崩れ落ちる。


「健吾! 」


「このクソガキが! 俺を強請ろうだなんて100年早いんだよ!あの世でセンズリでもこいてろ!」


「はいここまでだ」


 京極の後ろから声が聞こえて振り返ると、ノートパソコンを肩から下ろして動画撮影をしているマイコンと、ビデオカメラで撮影をしているミカドがいる。


 その傍らには、警察がいる。


「これ、動画に撮影したからな。立派な証拠だ」


「……」


「凶器準備罪に、傷害罪……だな」


「京極先生、後は署でお話を伺い致します」


 京極は絶望の表情を浮かべて、警官とともに近隣の警察署へととぼとぼと歩いていく、変態野郎の政治家人生、いや人間としての人生はここで終わりをつけた。


「オオカミ!」


 その場で倒れてピクリとも動かない健吾の元へと彼等は近づいてくる。


 ☆


 薄暗い闇の中、三次元の世界なのかそれとも多次元の世界なのか分からない世界、健吾はただ闇雲に、目の前の光の届かない闇の世界を歩いている。


 不思議に、その足取りは風呂上がりのようにかなり軽く、スイスイと歩けて疲れや喉の渇きに空腹はない。


 目の前がぐにゃりと歪み、健吾はお花畑の空の上を赤い物体に乗り、空を飛んでいる。


(ここは一体どこなんだ?黄泉の世界ってやつか?)


 羽の生えた小人のような物体が、健吾の元に来る。


 それは、先ず健吾のいる地球上には存在しない筈の生き物なのだが、不思議に健吾は恐怖を感じてはいない、むしろ、親のようなーー親のいない健吾にとってその表現はおかしいのかもしれないのだがーー危害を加えない、暖かな生命体のようなものに健吾は感じる。



「あなたはまだ死なないから、この世界にはまだ来ないほうがいい……」


 小人の顔は、体毛がなく、一つ目で、YouTubeでたまにみる単眼症の豚のような醜悪な顔つきをしているのだが、不思議に健吾は怖いとは感じない。


 その小人は、女性のような声で健吾にそう言うと、健吾の目の前の風景が歪んだ。


 ☆


「はっ」


 やや燻み、所々に穴の空いた白色の天井が健吾の目に飛び込んできた。


(ここはどこだ?)


 健吾は体を起こそうとしたのだが、左胸に痛みが走り、ベットに横になる。


(ベットがあって、俺の腕には点滴が付いている、って事はここは病室か。確か俺は、ジャックの連中に胸をボウガンで打ち抜かれた、それなのに俺は生きている……?)


 健吾はベッドの横にあるナースコールのボタンを押す、健吾の入院している病室は集団様ご利用の所らしく、隣のベッドにはエロ雑誌を読んでいる中年の男、音楽を聴く初老の男性、パソコンで動画を見る中高年がおり、健吾は彼等に気がついた。


(この人達は俺達仲間のホームレスの方々じゃねぇか!)


「やぁ、気がついたんだな」


 健吾の隣にいる、エロ雑誌を読んでいる中年の男性は、健吾に声を掛ける。


「……岩本さん! 俺は……てか、美智子や勝、クマさんは……ジャックの連中は!?」


「それはな、これから説明してやる」


 健吾の後ろから、声が聞こえ、振り返るとクマ達がいる。


「クマさん……」


「お前は、京極を録音したテープで強請った後にジャックの馬鹿に胸を撃ち抜かれた……」


「……」


「だがな、お前は奇跡的に助かった、何故か分かるか?」


「え……いや何も」


「君は稀にいる右心臓の持ち主だった、それにな、奇跡的にボウガンの矢が肺をすり抜けていた。君は全治二週間程度の軽傷で済んだ……クマさんのいう通りに君はかなりの強運の持ち主なんだな」


 クマの隣にいるドクは、健吾の強運に溜息をつき、そう健吾に告げる。


「……え?俺そんな体なん?」


「それとな、面白いものを見せてやる……」


 クマはマイコンに合図をして、中古のノートパソコンを開き、健吾に見せる。


『燈火公園で帝民党議員京極雅也、ホームレス狩りで一人重傷を負わせる……この京極という男はライバルの慈愛党議員梶原に、自らの内縁の妻、仙波奈美恵をハニートラップとして使い、失脚させようとさせた、傷害罪及び凶器準備罪で逮捕……』


 YouTubeの動画には、京極が美智子を楯に取り健吾達を脅しにかかりボウガンで健吾を撃ち抜く画像が流れている。


「それとね、今度はこれよ」


 ミカドは、マスターベーションをした後のような、恍惚感の溢れる顔で、週間文夏の雑誌の一ページを健吾の元へと見せる。


『地に堕ちた政治家、帝民党京極雅也、ハードなM性癖の持ち主で、ホームレスをボウガンの弓矢で打ち抜き、重傷を負わせる、慈愛党梶原を自分の内縁の妻仙波奈美恵を使い色仕掛けで恐喝、懲役15年、賠償金一億円は確定……』


「な? え? いやこれ、文夏って確か、ドクさんの件でお世話になったとこだよな?」


「ええ、芸能や政治のスクープで有名なところよ、クマさんは録音したテープや、マイコンの動画を持って行ったのよ、案の定喜んで飛びついてくれたわ、やっぱマスコミは皆んなスキャンダルに飢えているのよねぇ〜」


「……いや、美智子や勝は?」


「勝は、梶原さんの秘書になった、もともとあの子は優秀で、パワハラが酷い事で有名な京極の所で二年も耐えてきた経験を梶原さんが買ってくれた、月給20万円、ボーナスは2ヶ月分、その金で勝は暮らす、キックボクシングの世界王者を目指すトレーニングと並行して行う、多分あの子、世界獲れるぞ……」


 天狗は、ニヤリと笑い健吾にそう告げる。



「……では、美智子は?」


「あの子は、弁護士を目指して勉強するみたい、もともと頭良くてね、偏差値60の学校出てるのよ。ただ、金に興味があったからガールズバーにいたのよ。私の知り合いの弁護士事務所を紹介してあげた。多分あの子、将来有望の弁護士になるわ、それと、ネットはマイコンの知り合いに頼んで悪口全部消してもらったわ。やっぱり、悪い事は後々になると駄目だしね。でも、自分がした罪は消えないから、その罪とどうやって向き合って将来生きていくのかが今後のあの子の課題ね……」


 ミカドは健吾にそう告げて、コーヒーを口に運ぶ。


「……そっかぁ、安心したわ」


 健吾は緊張の糸が途切れたのか、深い溜息をついて、スヤスヤと安らかな寝息を立てて寝てしまった。


「やれやれ、運のいい男だ……」


 クマは健吾の頭を撫でて、病室を出て行った。

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