第21話 回復
クマ達が告発を行ってから一週間後の事だ……
真知子と明彦は、リハビリがてらに燈火公園に来て、初夏の日差しを受けながら、二人で手を取り合って歩行訓練を行っている。
健吾と天狗は、いつも通りにロードワークから帰ってきて、組手の練習をし、ミカドはここら辺の水商売の女と連絡を取り合っており、マイコンはネットで何かを検索している。
そんないつもの光景をかき消すかのようにして、黒塗りの外車が公園へと停まった。
「何だあいつら、天狗さん、またよからぬ連中か?」
「いや、ありゃあ、クマさんの客人だ」
黒塗りのスーツを着た男に連れられた、外車から出てきた、初夏の25度の日差しにも関わらずグレーのスーツを着ている初老の男に健吾は見覚えが無かった。
「誰だありゃあ?」
「自愛党の春日さんだ、お前テレビ見てないだろう?覚えておけ……」
「んな、知らねえよ誰だよそのおっさんは……」
天狗は健吾にぼそりと、「次期首相と噂される人だ」と呟いて、クーラーボックスの中からポカリスウェットを取り出して、健吾に手渡す。
クマは、にやりと笑いながら、春日の元へと足を進める。
*
「いやあすいませんね、わざわざこんな所まで来て頂いて」
クマ達が暮らすテントから少し離れたベンチに、黒のスーツの男は日傘を差し、春日はその日傘でてきた陰で涼みながら、クマを微笑みながら見る。
「いえいえ、こちらこそお時間をいただいてすいませんね」
「いえいえ、どうせ私達等、国民からのおこぼれで食べているだけのろくでなしですから」
クマは自虐的に春日にそう言って、缶コーヒーを口に運んだ。
「いえ、先日は、宇多田の事を告発して頂いて有難うございます」
春日は、クマに深々と頭を下げる。
「いえいえ、私もあの男は気に入らなかったのです、国を任せられる器ではありませんでしたから……」
「先生、そろそろお時間が押しています」
黒のスーツは時計を見ながら、春日にそう告げる。
「そうでしたね、阿武隈さん、本題に入りますが、国会で議論させていただいている法案なのですが、まだ暫くお時間がかかりそうなのです、なにせ、実弾が幾らあっても足りないのです」
「そうですか、実弾ですか……なら、これではどうですか?」
クマは、指を3本、春日の前にあげる。
「3千万ですか、そうですね、それだけあれば何とか……」
「いえ、それではありません、3億、です」
クマの発言に、黒スーツと春日は目を丸くする。
「え、それだけの額があれば、私は政界でトップを取れる事が出来ます!」
「いえいえ、一流の脳外科を紹介させて頂いたお礼ですから、その代わり、法案の方を宜しくお願い致します」
春日は立ち上がり、クマの手を固く握りしめる。
「あなたの思いに必ず答えます!」
その様子を、健吾達は物陰で見ていた。
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大手の死神総合大学病院での医療ミスが猪狩により仕組まれた事と帝民党の生え抜きの宇多田が賄賂を贈っていた事は瞬く間にニュースになり、宇多田は辞職、死神大学病院は倒産する流れになり、真知子と明彦の留飲は下がった。
更にいい事は続き、和哉の手術は成功した。
昴病院に明彦は鏑木に呼ばれて、院長室にいる。
「一条寺さん、改めてお願いしたい、是非とも昴病院で働いて欲しい。死神大学病院の情報は入ってきてはおります、誰よりも患者を思っていたと。その腕を是非、振るってほしい」
「ええ、喜んでお願いいたします」
明彦は迷いのない顔で、鏑木のオファーを受ける。
「有難うございます」
鏑木と明彦は、固く手を握り締める。
「言い忘れましたが、風間は首にしました、裏口入学をしようとしたり、患者からの評判も良くなかったので。副院長が不在なのですが、出来ますか?」
「え? いいんですか!? 是非やらせてください!」
明彦と鏑木のやり取りを、クマは部屋の傍で微笑みながら見つめている。
*
『手術成功おめでとう』
和哉はベットに横たわり、格安SIMスマホのラインを見ている、健吾とラインの交換をしたのだ。
――脳腫瘍の手術をしてから一月が過ぎており、レントゲンの結果は全ての腫瘍が除去できており、軽く歩行に障害が残るが、クマの計らいで身体障碍者手帳を受給できるようになり、今後障害年金を受け取って暮らすか、障碍者就労継続支援施設で働くかどうするか真知子と相談をしているのだ・
『有難う、てか、約束は?』
健吾と交わした約束――手術が成功したら、彼女を紹介してやるとの約束を和哉は心待ちにしている。
『今から紹介したい女がいるからな、そっちに行くわ、てか、もうそっちにいるんだよ、お前のすぐそばに』
「どこ!?」
和哉は体を起こして、周囲を見やる。
「よう」
健吾は部屋の隅から、背が若干高い同じ年ぐらいの女の子を連れて出てきた。
「あれ? 来ていたんだ。てか……」
「俺が呼んだ。やっと探したぜ」
女の子は、和哉の前に姿を現す。
「ごめんね、和哉、親から付き合うなって言われたけれども……私親と絶縁したの。どうしても、和哉と一緒に居たいの、こんな私だけれども、もう一度付き合ってほしいんだけれども、駄目かな?」
「いや、いいよ、てか、もう一度付き合いたい、いいよ」
健吾は彼等のやり取りを見て微笑みながら病室から立ち去っていく。
「オオカミ」
和哉の声を、健吾は聞き、後姿のまま立ち止まる。
「有難うな」
健吾は後ろ向きのまま、和哉に手を振った。
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